坐禅の仕方と悟り,見性,身心脱落:井上貫道老師の庵 まとめサイト

Dharma Talks of a perfectly enlightened Japanese Zen Master Roshi Kando Inoue 井上貫道老師が、悟りを体現された経験から坐禅の方法や仏道について語られたものを掲載しています web上に散見される魯山貫道老師のことばも引用掲載し、まとめブログとしました ( これは参禅者によるブログであり、公式サイトではありません ) このブログが正師への参禅のきっかけになりますように

座禅初心者

初心者も大丈夫な東京坐禅会withコロナ 2021年開催予定

坐禅会新宿・坐禅会千代田区

2021年1月2月3月4月5月の東京での貫道老師坐禅会は中止です
金曜日夜の渋谷区福昌寺坐禅会は2021年7月まで中止となっています
東京坐禅会の会場など詳細は、
 http://zazen.blog.jp/archives/1073411324.html 
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(上は豊島徹禪師作成 予定が変更もしくは中止になる場合があります)

・初心者歓迎です 

・坐禅はそれまでの経験とは無関係です
 
・坐禅も瞑想も目を開きます 姿勢はやかましく云いませんが、初心の方はきちんと坐った方があとあと楽です 初めてのスポーツで身体が痛くなるのと同じ様に慣れるまでは多少の傷みや窮屈はあります なれれば、半跏趺坐(はんかふざ)や結跏趺坐が身体が安定して、身体が傷みにくいのです 肩を浮き上がらせると坐禅中に上半身が疲れます 両腕は法界定印(ほっかいじょういん)を組んだら宙吊りにならないようにしてください。坐禅の組み方の詳細はこちらです
結跏趺坐宙ぶらりん
↑↑ 腕が宙吊りになっているので肩がこります
黄色の矢印の方向に印を組んだ両腕を下げて脚の上に置きます

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・坐禅を組む時はお尻の下にかならず坐布(ざふ=丸いクッション)か、それがなければ座布団を二つ折りにして敷いてください。そして、両膝とお尻の3点で上半身を支えるのがコツです。膝が浮いていたり、お尻の位置が低すぎると背中がやけに痛くなったり、肩が凝ったり、膝が痛くなったりします。
坐蒲(坐禅用の丸いクッション)の下には、普通の座布団を敷きます。その座布団から両膝がはみ出ないようにできれば尚良いです。
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・畳に両膝があると少しずつ身体が滑るので坐禅にはなりません。座布団がない場合は、摩擦のある布を畳や床の上に置いて、その上に坐蒲(坐禅用の丸いクッション)か二つ折りの座布団を置きます。
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・中身が大切です 我流は坐禅になりません

・しかも世の中で正しく坐禅を教えているところがほとんどありません(有名なところ、由緒ある寺院や専門僧堂でもです 「厳しい」お寺でもです)

・坐禅に一般の人とか僧侶とかの区別はありません 今の時代一般人(在家)の人の方が本当の仏道に熱心です

・「今になり切る」「今に徹しろ、今を離すな」「一つになれ」「坐禅中身体をねじって雑念を切る」「菩提心が足らない」「雑念・煩悩を滅する」←全然違います 悟っていない僧侶の言葉です 世間で「老師」と呼ばれていても本物という意味ではありません

・「呼吸を見る」、「呼吸を数える(数息観)」←これも忘れて下さい

・ですので、今までのやり方を混ぜないでください 他の似て非なる指導者にも要注意です 飯田欓隠老師門下だから、井上系統の指導者だからといって皆悟っているわけではありません  僧侶でもです

・最初から正しい坐禅を身につけたい人はおすすめです

・正師(しょうし)の坐禅会に出たら正しい坐禅の仕方をよく聞いて理解してください 分からなければ質疑応答や独参(個別質問)で遠慮なくお尋ね下さい

・他にZOOMオンライン禅会も実施中です 
井上貫道老師オンライン禅会(提唱と質疑応答のみ、坐禅なし)、

松本自證老師オンライン禅会(松本自證老師の坐禅会は、正確な言葉を駆使した坐禅の適格な指導があるのでおすすめです 他に提唱・口宣(くせん)・質疑応答があります)  松本自證老師とは


【注 意】井上貫道老師オンライン禅会では坐禅の時間がありません ご自分で前後に坐禅して下さい 坐禅の仕方をしっかりオンライン禅会で習ってくださるようお願いいたします そこが最重要です

東京坐禅会の会場

東京坐禅会の会場など詳細は、http://zazen.blog.jp/archives/1073411324.html  ※
感染状況などで再度中止の可能性もあります このブログではお知らせが追いつかない場合もありますので、開催状況は※のURLの記事に記載の主催者へ直接ご連絡ください。



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「坐禅は習禅にはあらず」・坐禅はトレーニングではない  坐禅は本当に何もする必要が無かった 呼吸にも集中しない 



「修行は「思い」ではないんです。

『こうやればいいんだ』
って方程式を立てておいて、それに沿ってやることではないです。」
― 井上貫道老師

坐禅の形・組み方(目・手・脚・口)―井上貫道老師 はこちら


以下は、Sさんのブログからの引用です  
3日間ぶっ続けに坐禅できた体験談です
本当に坐禅できるようになるとはこういう事だということが述べられています:


[ 事実に触れる体験前ページ参照 のあとです ]


帰宅後、近所のファミレスで禅の本を読んでいると、「坐禅は習禅にあらず」という道元禅師の言葉が目に入りました。

「うわぁ、そういうことか・・・本当にそうだった」


さっそく家に帰って坐禅すると、本当に何もする必要がありません。


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壁に向かって坐禅の足を組む前から、もう壁が壁そのままです。


「なんだ、坐禅はトレーニングじゃないんだ。」

「禅の初心者が最初の日に足を組んだその時から、もうちゃんとこうなってるじゃないか。」

「なーんにも練習も努力もする必要がなかったじゃないか。」


新人が先輩に仕事を習うとき、「まず俺のやることをただ見てろ」と言われたら、わけなどわからず、ただ横に立って見ているだけでいいんです。

下手に手出しをすると怒られます。そんな感じでしょうか。


   *   *   *

幸福感に包まれて、3日間ぶっ続けに坐禅した

そんなこんなで、とにかく気持ちがいい。

「リアル極楽浄土とはこのことか・・・」

鳥肌が立つような快感と幸福感に包まれながら、3日間ほど続けて坐禅ばっかりしていました。


そうこうしているうちに買い置きの食材もなくなったので、買い物に出かけました。




帰ってきて車から外を見ると、雑草が風にゆれています。


ジョギングをしているおじさんが目の前を走り過ぎていきます。

「草も木も、みんな、昔から、ずっと一緒に、このとおりいてくれたじゃないか・・・」

涙が少し出ました。


「もしかして、悟ったか!」

そう思ってしまうほどのものでした。


[自身が、ブログに「以上は坐禅の誤りに気づいたということであり、悟ったということではありません。」とブログの冒頭にコメントを付加されています]


ということで、1月の坐禅会にて老師に確認してもらうことにしました。[下に一部分 引用しています]
   
   引用元:http://ameblo.jp/hamamatsu-zen/entry-11254771638.html




老師の点検

私 [ Sさん ] :
先月のクリスマス坐禅会以降、また気づいたことがいくつかありますので、だらだら長くなりますが…。


掛川の老師:
どうぞ、どうぞ。(笑)

私:
老師から「坐禅をやめたらどうですか」と言われたんで、坐禅をやめて街をブラブラしてました。
で、地下道から地上に出た時、ふと見上げるとビルがあるんです。

その時に「あれっ、これじゃないか」と気づいたんです。


どういうことかというと、坐禅や仏法に出会う前から、いつでもこのビルを見たらこういうふうに見えてたじゃないか、昔からの平凡な自分の感覚のまんまでいいんじゃないかと気づいたということです。


本当か?と思ってしばらく確認しながら歩いてたんですが、交差点に来ると赤信号がある。
待ってると青信号に変わる。

渡り終えると向こう側に渡っている。

なんだ、やっぱりこれじゃないか、と。


「坐禅を始めて2年半、俺はいったい何を見当違いのことをやっていたんだろう」とがっくりきて、
笑いがこみあげてきました。


嬉しくなってさらにブラブラしてたら、
10分ぐらいして「なんだ~これらは全て出てきちゃったものじゃないか。
出来上がってるんじゃないか。

結果として表れてきたものであって、
自分はそれに手の付けようがなく、
ただ立ち会っているしかないんだな」と気づきました。

で、家に帰って普勧坐禅義を読み返していたら、
「坐禅は習禅に非ず」という言葉が目に入って、
「ああ、そういうことか!」と本当に意味が分かりました。

坐禅の形に足を組んで、あとはもうすでに表れている昔からの平凡な自分に立ち会うというか、確認するというか、一緒にいるというか、それだけでいいんだ、と。


坐禅の初心者が最初に座ったその瞬間からちゃんと坐禅できてるじゃないか、と。

あまりに気持ち良くて、
そのまま3日間ほど坐禅やってたんですが、
買い物に出ようとして外に出ると風に草がなびいている。
おじさんがジョギングしている。

「な~んだ~、昔から今までみんなずっと一緒にいてくれたんじゃないか」と気づいてウルウルしました。

というところまで気づきました。


引き続きこんな感じで坐禅を続けていきますが、続ける上でさらにご指導ありましたらお願いします。



掛川の老師:
そのまま坐禅を続けてよいです。

ただ…今話を聞いている様子では、やっぱり、そういう様子っていうものをこっちで見ている。
どうしても「教え」と「自分」というものがあるね。

それ、それだけ。


観察しないこと、眺めないこと、事実にいるだけ。
見る人がいなくなって事実だけになります。

そうやって座ってください。

まあ、今おっしゃったとおり、どうするこうするということがなくなってるからいいじゃないですか。

    全文を読む




「今のありように本当にこう、いてごらん。他で見つかることはないんですよ。

「他の時間帯で」「どっか他所で」「何か」。そんなことはないです。今の様子の中にあるんだから、いつでも。

一番厄介な問題なんですよ、これ。坐禅して。
一番厄介な問題でしょ。

一応、形を作らせて止静を入れて、坐禅始めますよってって、一応そこに坐ってるけど、
鐘が鳴って、経行ですよとか、抽解があって止まって、
また坐るんです。

だけど坐ってる時のありようはどうあったらいいかっていうことが、一番問題なんでしょ。」― 井上貫道老師





坐禅の形・組み方(目・手・脚・口)―井上貫道老師 はこちら

大切なのは、どのように坐禅するかということです

井上貫道老師は、今の自分自身の様子(「事実」)を本当に見届ける(悟る・見性する)ための坐禅を教えておられます

体験談をすべて読む



上のボタンをクリックすると井上貫道老師参禅者の体験談がすべて最初から読めます。



【投稿後記】
Sさんは、井上貫道老師に参禅されている修行者の一人です。
(浜松の老師にも参禅されています)

すでにSさん自身が自分のブログに詳細に体験談を書かれていますが、すでに過去の記事となってしまっており、それを見つけにくいのでここに引用をさせていただきました。

3日間ぶっ続けに坐禅したときは、ご飯一回炊いたままでそれを食べていたと確か言われていました。

大変真摯な姿勢で修行に取り組んでおられることが分かります。
分からないことはそのままにせずに、老師に質問をし、体験があれば、老師に確認を求めておられます。

そこでお願いです。
Sさんのブログにコメントをして質問されることはご遠慮ください。Sさんに要らぬ負担をかけることになります。
Sさんはまだ修行者の一人です。法の上の質問は、師つまり仏道を体得し終わった人にするのが修行者としてのただしい尋ね方です。ですので、くれぐれもよろしくお願いをします。



ここに記載した・これから掲載する参禅者体験は、1年を経過しているものを選んで投稿しています。
投稿者は、インタビュアーやレポーターではありませんので、その後、その人がどのようにされているかは存じていませんし、その後の修行をインタビューしていません。

上記Sさんのように、個人を知っている人であってもできるだけ個人を特定できないように余分な情報は書かないようにしています。使用した人名のアルファベットは、その人の本名とは全く関係がありません。ZからAまでを逆順に使っていきますので、まずはYさん、Wさん、Uさん、Tさん、Sさんという順番になります。



ちょっと待ってください。このままブログを閉じずに、↓↓

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