坐禅の仕方と悟り,見性,身心脱落:井上貫道老師の庵 まとめサイト

Dharma Talks of a perfectly enlightened Japanese Zen Master Roshi Kando Inoue 井上貫道老師が、悟りを体現された経験から坐禅の方法や仏道について語られたものを掲載しています web上に散見される魯山貫道老師のことばも引用掲載し、まとめブログとしました ( これは参禅者によるブログであり、公式サイトではありません ) このブログが正師への参禅のきっかけになりますように

大悟した禅僧

大原の孚上座が、宿泊僧のアドバイスで坐禅に励み、何日も経たないうちに太鼓の音で大悟

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説教師・孚上座が大悟するくだりのあらすじ

夾山[かっさん]の典座(てんぞ=台所係り)和尚が、雪に阻まれて予定外に或るお寺に宿泊をした。

その寺院では、孚上座(ふじょうざ)が大乗経典の一つ涅槃経(ねはんぎょう)の講釈をしていた。それに列席した典座和尚は、講義の途中、思わず失笑してしまった。

それを見逃さなかった孚上座は、その旦過の典座(てんぞ)和尚を部屋に呼び、どこがおかしかったのか、どこか間違っているのかを尋ねた。するともう一度そのくだりを講釈させた。
間違いではないけれどあなたは本当に意味が分かってそう説いているのかそれが問題だ。真意が知りたければしばらく講釈は止めて10日間ほど坐禅に専念したらどうですかとアドバイスをした。

そう言われた孚上座は正直に坐禅に励んだ。するとある夜、坐禅が思わず深夜まで続き五更(午前3-5時)の明け方になった。すると太鼓が鳴った。禅宗僧侶なら毎日聞いている太鼓である。。。

正法眼蔵梅華「夾山の典座に開発せられて大悟せり」

[夾山かっさん=寺のこと 中国では寺院は山にあったので◯山と言えば寺院の名称ということになります 転じてその山の住職の名前にもなります 日本では、山号としてそれを留めています 例:嵩山少林寺 禅宗僧侶の道号として◯山と言われることも多いです 例:魯山貫道、夾山善会(かっさんぜんね)]
[典座てんぞ=禅宗寺院の台所係]
[ 「上座」は僧侶の位(現在の曹洞宗や臨済宗の僧階とは位置づけが異なります) 
「孚」が僧侶の諱(いみな)2文字の下の文字  宗源そうげん なら 「源」さん と呼びます  ここでは僧侶は◯孚 という諱だったと思われます
曹洞宗には下の1文字だけで僧を呼ぶ習慣はなくフルの2文字で呼びますが、臨済宗に下の1文字で呼ぶ習慣が残っています 
江戸時代のある時期以降、元々面壁だったのを対座に変更するなど(これは明代に日本に来た黄檗宗の僧侶の影響)ことごとく古式を改変してしまった臨済宗に残っているのは不思議です]


井上貫道老師正法眼蔵梅花提唱

その孚上座の事が、所謂夾山[かっさん]の典座に開発せられて大悟したという因縁のものが、補注に出てます。475頁の補注です。
正法眼蔵梅華「夾山の典座に開発せられて大悟せり」

孚上座はもと、とあります。ざっと見てみると、「大原孚上座、揚州光孝寺にありて涅槃経[ねはんぎょう]を講ず。」「孚上座はもと講者なり。」とありますように、涅槃経の講釈、内容を講義をしてる人だったと言う事ですね。

旅をしていた夾山の典座(てんぞ)和尚が寺に一泊する

「游方の僧あり即ち夾山の典座なり」ですね。旅をしているお坊さん(夾山の典座)がおられて、たまたま、涅槃経を話している時に、そこに足を止められた。それは雪が深くてですね、雪にはばまるとあります。寺にありて、だから雪が深くなったもんだからしょうがない、そこに泊まる事になった。


その僧、涅槃経(ねはんぎょう)の席で講釈を聴く

そして泊まった時に丁度、この孚上座がですね、涅槃経の話をされていたので、ご自分もそこに連なって、お話を聞いたと言う事です。それで、話がどんどん進んで行く。「講すること三因仏性、三徳法身」そう言う所に、涅槃経のそう言う所になって、その講釈をしておられるのでしょうね。「広く法身の妙理を談ず」。

典座和尚、講釈を聴いて失笑

「典座忽然[こつねん]として失笑せり」孚上座が話をしているのを聞いて、思わずこの夾山の典座という方がですね、失笑だから、笑ってしまった。人が真面目に話してる時に、クスって笑うって言うのは、凄いまあ失礼な事かも知れない。或いは喋ってる方としては気になるね。もの凄い気になる。「孚、乃ち目顧して」目で顧みて、その笑った方ちょっと見たんでしょうね。

終了後典座和尚呼ばれる

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お話が終わって、その夾山をお呼びになった。「講罷りて禅者を請ぜしむ」まあ、何処からお見えになったとかって言う様な事で、お話になるのですね、向き合って。その中で問うて曰く、「某素智狭劣、文に依りて義を解す。適来講次、上人失笑せらる。某必ず短乏せらるる処あるべし。請ふ、上人説かんことを。」

私は話をしてるけども、本当は大した者じゃない。かろうじて、そこに言葉があるから、その言葉を解釈をして話している。そうしている中で、あなたが笑われたから、私の話を聞いて笑われたから、きっと何か私の話している中に、問題点があるんだろうと思うんで、どうぞ、そう言う間違った処があったら教えて貰いたい、指摘をして貰いたいって言って話してます。

偉い人ですね。普通、話をした人は、人がそんな事言ったら、黙って聞けって言う位、怒りとばすかも知れないけど、自分の事よく知っておられる。

典座和尚、なぜ笑ってしまったのかその理由を答える

 それで典座曰く、「座主問わずんば敢えて説かじ。座主既に問ふ、即ち言わずんばあるべからず。某実に是れ座主の法身を識らざるを笑ひしなり。」私は別に失礼な事をした訳じゃない。あなたが話した、法身の話を色々解釈されているのを聞いていて、全くこの方は法身というものを知らないなあって言う事があって、それでつい笑ってしまったって、こう言ってます。

あなたがその様に私を、私が笑ったのを見て、こうやってお招きして、それが私のどこに非があるかって聞かれるから、そこまで言われるんだったら言いますけど、って遠慮しながら言ってますね、夾山。

大原の孚上座、自分の説法が間違っている理由を問う

それに対して、「此の如く解説するに、何れの処か不是なる」私はあの様に話を、法身の内容を説いたんだけど、何処があなたが指摘するよう駄目な処、過ちがあるんでしょうかって、あくまで法に対して親切な勉強ぶりですね、大原の孚上座。

それに対して夾山と言われる典座職をしていた方、「請ふ、座主更に説くこと一遍せよ」もう一回話してください。孚曰く「法身の理は、猶ほ太虚のごとし。竪に三際を窮め、横に十方に亘る。八極に弥綸し、二儀を包括す。縁に従ひ感に赴く。周遍せずといふこと靡し。」って再び説いたんですね。

典座和尚の答え

典座曰、「座主の説不是なりとは道はず、只だ法身量辺の事を識得して、実にまだ法身を識らざること在り」言う事はですね、それらしい事はちゃんと言っておりますけども、まあ、もっと酷い表現をすればですね、本当にあなたはその事を見て来ないのに、見て来た様な嘘を言ってるじゃないかと、こう言う事です。

 本当に見なくたって、書いてあるものを勉強すれば、私達だってそうでしょ。大体の事は今だって言えるでしょ、勉強して。そう言う指摘です。頭からバチャッと否定したい処なのに、やんわりと痛いところを刺されたのが、この夾山と言う人の、何だろうね、懐の深さですかね。さすがあなたはよく勉強しておられて、法身の事をこうやって説いて、上手にお説きになる。それは間違いだとは言わないけれど、あなた本当に法身の真相そのものを、自分で見届けた事があるのでしょうか。誰か人の言ってる話を鵜呑みにして話してるだけじゃないのかって、こう言ってる訳ですね。きついとこですね。

それでも通るんですよ。通りますよ、それで一般には。だけど仏道を修行するって言う事では、そんな事では許されない。自分の中にも疑義が残るでしょう、人から突かれなくても。

孚上座、本当の様子とは何かと尋ねる

 えー、それを聞いてですね、孚上座が言われるのに、「既に然も是の如くならば、禅者当に我が為に説くべし。」だったら、本当の様子をぜひ伺いたい。この時、それだけ指摘した方の夾山が自分にその体験が無かったら、こりゃわやですね。話にもならないんだけど、ちゃんとしてるから、それに対して対応するんでしょう。

真相を知るには坐禅しかない

一度説法を中止して10日ほど[旬日]坐禅をせよ

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典座曰「若し是の如くならば、座主暫く講を輟むること旬日、静室中に於て端然として静慮すべし。心を収め、念を摂し、善悪の諸縁一時に放却し、自ら窮究看すべし」要するに本当に坐禅をしておらん、とおっしゃっております。考え方じゃない。事実を、本当に坐禅をして事実がどうなってるか、事実に学んで見なさい、とこう言っておりますね。

ここにも出て来る、「善悪の諸縁一時に放却し」とある。要するに自分の考え方で評価しない、ものに対して良いとか悪いとか。花で言えば、美しいとか汚いとかって評価をせずに、本当にそこに花があるんだから、その花の在り様そのものに、自分の評価を一切入れずにふれてごらん、と言う。そうすると、花の様子がよくわかる、とこう言う事でしょう。

坐禅のやり方

坐禅の時もそうです。色んな事が坐禅している時に、自分の活動があるけど、それに対して人間と言うのはすぐ自分で評価をする。例えば、何か思いが出てくると、思いに手をつけるなって言われてるから、手をつけない様にしなきゃいけないって、そう言う風な事やったりするのでしょう。ほっとけって、ほっとけば出て来ても、そのままほっとけ、あるいはそのまま流しとけば良いって言うと、そのままほって置く様な、流して置く様な、そう言うに扱うんでしょ。人間がやってるのは。人間がやってる善悪諸法を一時に放却してる状況ではありません。皆手をつけてる様子ですよね。知らずに手をつけちゃうんですよね、そうやって。教えられてる事を基準にして。何もしない様にって言えば、何もしない様に守る。そう言う事じゃない。何もしないって言う事は、そう言う事さえもしないのでしょう。手をつけないって事は、手をつけない様にする事じゃないのでしょう。ここら辺が本当によく話してみないと違うんですよ。真面目に一生懸命そうやってやってるから、ずれてくるんです。自分では言われた通りの事でキチッとやってると思ってるんです。それは諸縁を放捨してない。自分の考え方が、あくまで聞いたものに対して、自分の考えで受け取った受け取り方で、修行してるって言う事が、この辺のとっても大事な事でしょう。「極めつくしみるべし」本当に事実がどうなってるか、徹底自分の見解を入れずに触れてごらん、とこう言うのでしょうね。


孚上座、坐禅で徹宵して明け方に太鼓の音で大悟する


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 そして言われる通り「孚、一に所言に依り」夾山がおっしゃった事に拠って、「初夜より五更に至り」「鼓角の鳴るを聞きて忽然契悟せり。」一晩朝になるまで坐ったのでしょうね。そして明け方に太鼓がドーン!と鳴った。それによってアッって気がついたんですね。

「便ち去って禅者の門を叩く」だから昨日教えてくれた夾山の所に行って、自分の心境を告げたんでしょう。叩くだから、先ず行ったんですね。行ったら、典座「誰だ」って言う事です。戸を叩くやつは誰だって言う事です。孚云「私です」。で典座咄して曰く「汝をして大教を伝持し、仏に代わって説法せしむ。夜半什麼としてか酒に酔うて街に臥する」この夜中に、まだ夜が明けない頃に、丁度お酒に酔って町の中で寝てしまう様な事挙げてますね。ちょっとたしなめたんですね。普通だったら、夜が明けて、ちゃんと衣服を整えて、そして香をたいてお拝をして、そして参禅をする。これがまあ当時の在り方です。それだのに、まだ夜中寝ている頃に叩き起こしてって言う事ですね。非礼なんでしょう。そう言うの丁度酔っ払った奴が所かまわず喚いてる、夜中に入ってきたって言う様な表現をしております。

だけどそれにはそれなりの意味がある。そんなに急を要するって言う事は意味があるのですね。そこら辺が次の様子なんでしょう。孚云、「自来の講経は生身の父母の鼻孔を将って扭捏せり。今日より已後は、更に敢て是の如くならじ。」今迄は本当にいい加減な事を自分でさも本当らしく話して来たけど、もう二度とそう言う間違った事は、これから先しません、とこう言ってる。まあそう言うのが、一段の、碧巌の方にも出て来るのでしょう。

それがここの「孚上座はもと講者なり。夾山の典座に開発せられて大悟せり。」今そう言う風な因縁話があって、その話がそこに展開した事ですが。

 「これ梅花の春風を大少吹せしむるなり。」まあここでは、夾山の典座和尚さんに教えを乞うて、一晩坐って、朝の太鼓がドーン!と響いた。その事に拠って本当の在り様が手に入ったって言う事ですね。

これが梅花の春風、春風が吹いてきて、梅の花が咲いたと言う事でしょう。そう言う風に普通は読むのでしょう。春風が吹いてきて、梅の花が自ずからって。そこで、何輪か知りません、大少ですから、花がさいた。

太鼓の音に触れただけでそう言う事が、どうして悟ったか、理由は無い。ダーン!(大きな声で)それだけですよね。それまでは、太鼓の音をまさしく聞いてた人なんですね。ああ、太鼓が鳴ったって、その位にしかやってない。そう言うのを、お父さんお母さんの身体を借りて、この世に出て来た生身の体と言うのでしょう。そう言う上で、でっちあげた教えられた話。人から聞いて教えられた話であって、自分で本当に触れた自分の内容ではない。皆さんがドーン!とやった時に、どうですか。誰の力も借りなくても、その太鼓が一声鳴った時に、どうあるか。そう言う体験をしているに違いない。だけども従来の自分を見る癖がありますから、何だ、今、太鼓が鳴ってる、あれは何の合図の太鼓だとか、そう言うな事だけで生活してる。


 まあ修行寺に行くと、鳴り物が基本ですから、まずそうやって教えられるから、幾つ鳴ったらどうだとか、何時になったらどうだとか言う事を覚えて、そう言うものの上から太鼓の音を聞く癖がついてる。それはここで言う様に、人に教えられた聞き方でしょう。そうじゃなくて自分でなければ絶対聞く事の出来ない真相があるでしょう、一人一人。だって生涯他人の耳を借りて聞かないのですよ。言っときますが、音を聞くのに、片時も人の耳を借りて聞いた音はないのですよ、生涯。だったら、騙される事ないでしょ、聞いて。何で自分が聞いているだけなのに、腹が立ったり騙されたりするんですか、自分自身がやってる事で、自分自身が騙される様な愚かな事がありますか。眼だってそうでしょ。自分自身の持ってる眼以外のもので、見た物は私達は無いでしょう、生涯。一切他の人の眼を借りて、物は見ない。借りなくてもちゃんと見えるのだからいいじゃないですか。他人の見てるものと、自分の見てるものとで、何で争わなきゃならない。まあそう言うな事も出てきますね。時間もうちょっとあるんですが、どうしましょうか、一応梅花の巻き、終わったので、今日はこれで終りにします。

   ―井上貫道、正法眼蔵梅花提唱録より

その後の大原の孚上座

孚上座はその後、いつも1500人の雲水が修行していたとされる巨匠・雪峰義存禅師(822年-908年 せっぽうぎぞんぜんじ)に見(まみ)え、その法を嗣いでおられます。
伝燈の祖師の一人です。

井上貫道老師の大悟の因縁

井上貫道老師は、發心寺僧堂で畑に野菜を採りに行く時に、自分の下駄の音で大悟、決着をされています。

臘八接心の最中でしたが、野菜係の菜頭の役目があってずっと坐禅堂で坐っておられた訳ではありません。(一年で最大行事の臘八接心(ろうはつせっしん)中といえども、食事の準備をする裏方が必要です)

また大悟の瞬間は坐禅中ではありませんでした。僧堂安居2回目の臘八攝心中のことでした。


井上貫道老師の著作(書籍)

井上貫道老師のこのような語録をもっと読みたい方は、
 井上貫道老師の著作(本・書籍)ーあなたの取扱説明書


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今年5月にある曹洞宗寺院で、井上貫道老師を師家に迎えて攝心が行われましたが、その時の攝心の提唱がまとめ上げられて書物(電子ブック)になりました。

井上貫道老師とは、こちら

(本書初版中の、貫道老師の生年1943年は正しくは1944年(昭和19年サル年)です 9月2日以降のものは訂正済み)


初日の井上貫道老師の提唱は特に素晴らしく、法悦にむせび泣く方が続出しました。
爾来、静かで熱心な攝心となり、5日間の修行が円成しました。


 

その井上貫道老師の提唱の録音を、在家のお弟子の一人が文字に起こし、貫道老師の最終チェックを経て一冊の書籍となりました。
 
今回は電子ブック*としてAmazon Kindle本での出版です。
 (そもそも Amazonあまぞん って何だ?、という人には、このページ最下部に登録方法を書いています 電子ブックの扱い方も下に書いています)

 
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注文を受けてからの印刷・製本なので、本が届くまでは1週間前後かかります。
 



※ (攝心とは、数日間諸縁を放捨して、朝起きてから夜の就寝まで、他と会話せず、休むことなく油断せず、修行三昧となる修行期間 1日11炷から12炷の坐禅、提唱、独参あり)
この攝心は、僧俗合わせて総勢30名 (定員あり) の参禅者でした。
女性の参加率が高く、他所の坐禅会に比して平均年齢もかなり低かったようです。


さて、その井上貫道老師ですが、大阪の由緒ある古道場にて1日坐禅会を定期的にされていますが、
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【『井上貫道老師提唱録』本文より抜粋】 

「…修行するっていうことは、思量分別を扱う世界じゃないのですね。
それをやったら、ものの真相がほとんど永遠にわからない。

私の前に生きてきた人たちが、何億もいるでしょう。そういう人たちが皆、経験したことなのですよ。…
気が付いた(悟りを開いた)人たちは、そういう(思量分別を扱う)ことをしないで、それで初めてものがわかったと皆さんに伝えているのだから、信じたらいいじゃない。
数から言ったって、膨大な試験をやった上で、それが事実だっていうことは、もう明白なのです。
一万人に飲ませたら、たった一人しか生き残らなかったというくらいの毒薬だったら、飲まないでしょうが。

…それだのに、思量分別を取り扱うこと止めなさいって言っても、止めない。死んでもいいと思っているのだよ。」




◇    ◆    ◇    ◆    ◇    ◆    ◇    ◆    ◇

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