坐禅の仕方と悟り,見性,身心脱落:井上貫道老師の庵 まとめサイト

Dharma Talks of a perfectly enlightened Japanese Zen Master Roshi Kando Inoue 井上貫道老師が、悟りを体現された経験から坐禅の方法や仏道について語られたものを掲載しています web上に散見される魯山貫道老師のことばも引用掲載し、まとめブログとしました ( これは参禅者によるブログであり、公式サイトではありません ) このブログが正師への参禅のきっかけになりますように

坐禅のやり方

自宅自粛中 特別音声ーしみPさん
このサイトに初めて来た人用

しみPさんのプロフィールはこちら 多忙なサラリーマンをしながら3年間坐禅に打ち込み見性(けんしょう)された人

roshissaysamethingforyears
shimipmatome

苦しみはどうしたら良いか 悩みを…


聞き流し用動画(映像なし)
[ 前半 ] (坐禅とは関係のない話) 苦しみを見つめましょうとか苦しみと親しくしましょうと説く人は、本当の苦しみを知らない人 それは止めた方が良い 苦しみの原因は悩みなのでそちらを対処しようというのが私の立場

正しい坐禅の仕方を考えている人が多い


[ 後半:開始40分頃から ]
「いろいろ考えて、”正しい坐り方はこうなんだ” という結論を出して坐るのは坐禅でもなんでもないですよ
坐禅は考えてどうこうするということではないです」

「老師への質問の仕方 質問してもしようがない事と質問すべき事」



妻子ありの多忙な50代サラリーマン・しみPさんのウェブサイト

 https://www.the-road-of-zen.com/
    
    https://www.the-road-of-zen.com/profile-2 (プロフィール)




妻子あり50代サラリーマンしみPさんの質問箱(Q&A集)



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今は坐禅に励む時ー坐禅のやり方

4月の神田坐禅会,成願寺坐禅会、四谷の笹寺坐禅会(健康寺子屋)は中止です
その他の坐禅会につきましては、主催者にお問い合わせください。


[ 管理人 ]
世界的パンデミックの様相を示してきた今こそ、修行に励む時だと思います

ある産婦人科医師の見解 https://sugo-womens-clinic.com/ ←その医師のサイト「すごうウィメンズクリニック」に行きます その「お知らせ」にある個人サイトをご覧ください


一般には、今回のコロナでは、日本ではまだピークが来ていないとされています

未だに海外に旅行される方々が帰国して次々と感染が発覚しています
危険を感じて自粛している人でも気を緩めると、日本にもこれから爆発的感染拡大の可能性があります
ついに、都知事は状況によっては首都をロックダウン(都市封鎖+都内の人の行動の制限)をする可能性があると発表しました


米シンクタンクによると、日本では最善で16万人、最悪で60万人が死亡すると試算されています
その根拠はこちらの計算によります


ところで、
130年以上昔の明治時代のことになりますが、明治19年(1887年)、コレラが蔓延して人が次々と亡くなりました 
死者が10万8千人に及んだとされています
( 治療を行わなかった場合のコレラの致死率はアジア型では75~80パーセントと言われています) 


巨匠・飯田欓隠(いいだとういん)老師(山口県出身)は、その頃、東京大学附属病院の医師としてその治療にあたっていましたが、ついに医師としての無力感から人生の無常を感じ、広島県に行って接心に参加して人生はじめての坐禅を始められました
この方から後日・浜松の井上義衍老師に繋がり、真の仏道が興隆することとなります 【続きはhttp://zazen.blog.jp/archives/1076855603.html の中程から


坐禅の方法 by 井上貫道老師

 
老師の或る本の中に有る『坐禅のやり方』が無料でダウンロードができます。


book

無料でダウンロードするには、こちらのページをご覧下さい。
神戸坐禅会「坐る会」のページに行きます。

元の本はこれ↓
bookniigatasesshintesho
この書籍の詳細・紹介はこちら→ 坐禅がうまく行かない本当の理由 に紹介されています


ただ、上記の無料ダウンロードのテキストを読んだだけでは、
詳しいことが分かりません。疑問点があっても自己解決するのは危険です。
思い違いが発生します。

ですので、正しい指導者に師事してくださいませ。
正しい指導者とは、自己を忘じて、事実をハッキリとさせた方、いわゆる悟りを開いて元には戻らなくなった方です。

それには、その指導者の修行期間の長短は関係がありません。
六祖慧能大師は数ヶ月です、慧能大師に参じた天台宗の永嘉玄覚は正師(六祖大師)に出会って一晩です。
これらの方々は、特にマスコミが喜ぶような「厳しい修行」をなさっていません。

逆に、「厳しい」道場で、一生懸命一生坐禅をしても眼を開かない場合もたくさんあります。
正しい師に出会わなかったからです。 正しい師に出会っても、思い違いをしていたからです。
思い違いの原因は何度も質問をしなかったからです。

眼を開いた指導者にわれわれは参じないといけません。
先輩としての尊敬の念は抱いても、人格崇拝やグルイズムは不要です。



教えの通りなろうしても、そうなれない訳ー井上義衍老師

【質 問】 教えの通りになろうと努力しているのですが、なかなかそうなれません。いったいどうしたらよいでしょうか。

【答】それですわ、それだからそういう風に教えの通りになろう、なろうと思うて自分で力を費すからです。

そこなんですわ、なりたかったら、なろうという事を止めなさい。


そう言ったって自分でなりたいのを、なろうという事を止めたら、なれんじやないか言いたいところですね。


ところがそうじやないでしよう。

「ポン」 (掌を打って) こうやったら、そういう事があるのでしよう。

それは思いじやないでしよう。


片一方は、思い方でなりたいと思っているのでしよう。

ところがやっている事は、やれているんでしよう。いらん事でしよう。

やれているものを、殊更に思うて叉やろうとするから、

それで出来んのですよ。
―飯田トウ隠老師について修行された井上義衍老師のことば


井上義衍老師が通参された大阪高槻の少林窟道場

高槻少林窟道場開単式193110
飯田トウ隠老師の道場・大阪高槻の少林窟道場開単式の様子 昭和6年(1931)10月

この大阪の少林窟道場に、浜松龍泉寺住職をされていた井上義衍老師は、接心に通われ、飯田トウ隠老師やその法嗣の伊牟田欓文(いむたとうぶん)老師に参禅されました
(お気をつけください:飯田トウ隠老師や伊牟田欓文老師の本をこれから読んでくださいということでは決してありません 必ず、めちゃくちゃ遠回りします 飯田欓隠の欓トウと伊牟田欓文の欓トウは同じ字です 伊牟田欓文は女学校の教師をしながら参禅して悟っておられました 飯田欓隠老師が病気になられた時に、伊牟田氏を出家されておられます)

井上義衍老師によれば、飯田トウ隠老師は、説明もせず学人(がくにん=修行者)をたたいたとのことです 

それがなぜ叩かれるか、なぜいけないかが義衍老師は分からなかった なので、修行が終わるのに時間がかかった(義衍老師は、飯田老師参禅後、ホオジロの声でハッキリされています) 

だから自分が指導する立場になったあとは、参禅者の理解のためには言葉を使って諄々と説くようにしたと言われています


また、管理人の感想でも、飯田老師の書物は学識があって、格調高い文章ですが、仏教の素養や禅の古典を知らないと話にならないところがあるので、昔のように修行の前に色々仏教の理論を学んだ時代とは現代は事情が異なるので、飯田老師の書物は修行中は要らないと思われます
臨済宗の師家の間では、飯田トウ隠老師の書物は極めて高い評価を受けています

たとえば、飯田欓隠老師の『碧眼集提唱録』や『槐安国語提唱録』が読めるためには、体験もそうですが、相当な教養を前提とされてるからです
あるいは公案をたくさんやった人でないとついていけません

そもそも「南柯之夢」が何のことか分からないと、槐安国かいあんこくという言葉の意味も不明です 中国の古典です
(ネットで検索してみますと、なぜか、今はアニメに南柯之夢というのがあるのですね 教養高い!!)
眼が開けば、貴重な法財として活用ができると思います


井上義衍老師や井上貫道老師や松本自證師が良いのは、そういう仏教や禅の用語をできるだけ使わず、一番大切な事だけを示されているというところにあります 
もちろん、どの御三方も禅の語録も必要に応じて自在に提唱されています





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教えの通りなろうしても、そうなれない訳


【質 問】 教えの通りになろうと努力しているのですが、なかなかそうなれません。いったいどうしたらよいでしょうか。
教えの通りに


【答】それですわ、それだからそういう風に教えの通りになろう、なろうと思うて自分で力を費すからです。

そこなんですわ、なりたかったら、なろうという事を止めなさい。


そう言ったって自分でなりたいのを、なろうという事を止めたら、なれんじやないか言いたいところですね。


ところがそうじやないでしよう。

「ポン」 (掌を打って) こうやったら、そういう事があるのでしよう。

それは思いじやないでしよう。


片一方は、思い方でなりたいと思っているのでしよう。

ところがやっている事は、やれているんでしよう。いらん事でしよう。

やれているものを、殊更に思うて叉やろうとするから、

それで出来んのですよ。
―井上義衍老師




ちょっと待ってください。このままブログを閉じずに、↓↓

瞑想中・座禅中に眠くなる原因ー僧侶やベテラン一般人はなぜ坐禅中に眠るのか

坐禅中・瞑想中に眠くならない方法

現代の日本に夜中も眠らず坐禅できる人たちがいる

座禅・瞑想中の眠気の原因【続き】―室温や服装に注意


座禅や瞑想・スポーツでの眠気対策に仮眠が良い
もご覧ください。





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坐禅は正身端坐(しょうしんたんざ)するだけではない

正身端坐(しょうしんたんざ)とは、目を開いて、結跏趺坐や半跏趺坐に坐り、法界定印(ほっかいじょういん)を結び、舌を上顎につけて、前後左右に傾かないように身体を整えて、欠気一息(かんきいっそく)して、左右揺身して止まり、坐禅の格好を整えること



坐禅のやり方


350zafuonzabuton_FotoSketcher「今のありように本当にこう、いてごらん。他で見つかることはないんですよ。

「他の時間帯で」「どっか他所で」「何か」。そんなことはないです。今の様子の中にあるんだから、いつでも。

一番厄介な問題なんですよ、これ。坐禅して。
一番厄介な問題でしょ。

一応、形を作らせて止静を入れて、坐禅始めますよってって、一応そこに坐ってるけど、
鐘が鳴って、経行ですよとか、抽解があって止まって、
また坐るんです。

だけど坐ってる時のありようはどうあったらいいかっていうことが、一番問題なんでしょ。」
― 井上貫道老師





「修行は「思い」ではないんです。 『こうやればいいんだ』って方程式を立てておいて、それに沿ってやることではないです。」
― 井上貫道老師






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急に立ち上がらず、左右揺身を7,8回してから―道元禅師『普勧坐禅儀』から



急に立ち上がると、ひどい眩暈(めまい)になることもある

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以下は、道元禅師『普勧坐禅儀ふかんざぜんぎ』の井上義衍老師提唱録からの抜粋です。
「」内は、普勧坐禅儀原文です。


「若し座より立たば」、坐禅をしておられて、坐禅から立つ時分には、静かに立つということです。

それはどうしてかいいますと、皆さんによく経験がおありになるでしょ。

心が静まり、身体が静まって、静かになっておるときに、眠っておるときに、突然に。ゆさぶり起こされた。びっくりして起きた一日というものは、一日頭が痛いんです。

そういう風なことがありますから、結滞をしておる、血液が静かにおさまっておるのを突然にやりますというと、そこから突如として大きな動きをする、そういうことがありますので、都合によると倒れるということもある。
めまいがする。

sayuyoshintoright_FotoSketcher種々雑多なことがおきますから、そこで立つ時分には、徐々として静かに、坐禅をやめる時分には、「細より粗に至る」とあるように、細かく体をゆさぶって、左右にゆさぶって、そうして[段々と]大きくゆさぶること七、八回して、結滞の様子を解いて、そして立つと。

それを「徐々として身を動かし、安詳あんしょうとして起つべし」、静かに気をつけて起つということです。
「卒暴なるべからず」、「倒れますよ」、こうあります。


―井上義衍老師『普勧坐禅儀提唱』p.33sayuyoshintoleft_FotoSketcher

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[ 管理人 ]
以前、川上雪担老師のサイトを拝読していましたら、雪担老師が、坐禅を終えてやおら立ち上がったところ、体調を崩し、しばらく不調だったと書いてある箇所がありました。

わたしは、「ふーん、そんなことがあるのか」と思っていましたら、
井上貫道老師が左右揺身をせよと仰っていたにも拘わらず、ある時、自宅で坐禅していた時に、左右揺身をせずに、急に立ち上がったところ、気分が悪くなりました。

気分が悪いと云っても、なんというんでしょうか、胃腸系とかの気分の悪さではなくて、頭的な気分の悪さでした。特に動くとそれがひどくなるのです。

治す方法はジッとしていること。坐禅をしていると調子が良くなります。

そんなことがありました。



それから、また別のときですが、坐禅会で禅堂に坐っていて、主催者側なので用事があったので、坐禅が終わってすぐに動こうとしたら、ひどい 眩暈(めまい)になりました。
あまりにひどいので、控室で横になろうとしたら、さらに悪化してグラグラと来て、吐いてしまいました。

頭位性(とういせい)眩暈と云って、横になったらいけないめまいだったのです。
それまで人生でめまいになったことは、上の自宅のやつを除いてありません。

原因は、坐禅が終わって急に動いたことしかありません。


坐禅が終わったら、すぐに立たず(慌てて)に左右揺身(さゆうようしん)必ずやらないといけないんですね。
左右揺身のあと、ペッタンコになった坐蒲(坐禅用の丸いクッション)を分厚くする時間もありますから、その動作も怠らなければ、急に立ち上がることにはなりませんから、大丈夫です。


皆さん、ぐれぐれもご用心してください。





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自分の娘が亡くなって、本気になって臘八ろうはつ摂心で只管打坐の坐禅に打ち込んだ結果

ある老師からお聞きした話です。

坐禅は必ず目を開いて行っています。

専門僧堂に行って真面目に修行して、お寺の住職にもなったある和尚さんがいました

お寺の住職ですから、葬式・法事もします。df1539bed25a52ebe9abaea22bc7f0eb_s

奥さんを持って、子供さんもいたそうですが、ある時、娘さんが若くして不治の病に倒れ、とうとう亡くなってしまいました。


父親である和尚が、お葬式をしたのですが、以来、亡くなった自分の娘のことが気になって仕方なくなりました。


住職として、今まで何人もの人にお葬式で引導を渡してきたのですが、いざ自分の最愛の娘が亡くなった場合は違いました。

「自分の娘は果たしてどうなったのだろうか。

成仏じょうぶつ というけれども一体、実際には、現実には、娘はどうなったのか。
どこへ行ったのか。

成仏できたのだろうか?

それが自分には、ハッキリとは分からない」


自分の娘はどうなったのか、それだけが気がかりとなった。

「修行をし直して、自分で解決するしかない」

和尚さんはお寺を捨てる覚悟が出来ていました。



「求めよ、さらば与えられん」 (新約聖書マタイ7:7-12)

幸いにも、井上義衍老師の本に出会い、初めて本当の修行方法、本当の坐禅のやり方を知りました。
(老師はすでに遷化せんげされていました)


そして、お寺を捨て、再行脚(さいあんぎゃ)の思いが湧いて来ました。


専門僧堂は、住職資格を取得するための道場ですが、やはり、修行に専念できます。

そう思って、和尚さんは、
再び、専門僧堂に掛搭 (かとう<済>・かた<洞>) し、自分の子供くらいの年齢の若い修行僧に混じって、修行を再開しました。

修行上の師は、本ではありますが、井上義衍老師です。


坐禅とは、何もしないこと そして臘八ろうはつ

お釈迦様が、坐禅に打ち込まれていた時に、明け方の明星(みょうじょう=金星)を見て、悟られたのが12月8日なので、それに因んで、禅宗では、8日の暁天が終わりになるように、12月1日から摂心をして、坐禅に専念します。

それに挑んだ和尚さんは?
詳しいお話は、こちらへ



アルバイト青年が、嫌な上司のお蔭で自宅で1日10時間の坐禅ができるようになった訳 も読む




摂心情報・長時間坐禅会情報を知る方法

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登録された方には、それ以後も臨時の摂心情報・集中坐禅会情報をお送りします。hokkaijoin_FotoSketcherpencil5

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摂心の心得などは、
 こちらをご覧ください



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参禅歴15年で見性(けんしょう)した参禅者は、15年のうち、実は1年しか修行していなかった

[ 管理人 ] 大変失礼な言い方かもしれませんが、14年間、間違った坐禅をしていた=14年間、坐禅の仕方が分かっていなかった の意味です。

この記事では、正師に出会って、長年摂心や坐禅会に通っていたにも関わらず、坐禅の仕方が分からず*、 坐禅のやり方が分かった途端に、数カ月後に摂心という縁を得て、見性 (けんしょう) された方のご紹介です。

*坐禅の仕方が分からないのは、ひとごとではないと思います。
われわれ(出家も在家も関係ありません)は得てして、老師の話をちゃんと聞いていない・分からない点を質問しないとかで、「坐禅の仕方について」だけでなく、他のことでも、問題・疑問を放置しながら、年数がいつの間にか経ってしまうということがあります。ボヤボヤしていると2年、3年、5年、10年とあっという間に経ちます。
まして、坐禅中に眠くなるのを放っておくと、眠るのが癖になります。
「三十年坐禅しているという人は、皆眠っています」と老師が言われますが、本当に、
出家も、在家も「古参(こさん=古株)ほど、坐禅中に眠っている(坐禅の姿のまま、居眠りをしている)」
ということになります。

他の習い事と違って、運良く正師に巡り合って、その坐禅会や摂心に
欠かさず通えば、なんとかなるのでないのです、仏道修行だけは。
出家すれば、なんとかなるのでないのです。道場に安居(あんご)すれば、なんとかなるのでないのです。

十分注意しないといけない点だと思います。


「修行して解脱するんじゃないです。

すでに解脱してるんです。

そのことに気づき、ああ、なるほど、確かに解脱してるな、となるのが坐禅です。

こういう実証方法を伝えてきたのが仏教のすばらしいところですね。」ー 井上貫道老師



70歳の参禅者が摂心中に突然、見性体験をした例
 Tさんの参禅体験談の続編です


Tさんの体験談をインタビューして『浜松で…』のブログに載せたの管理人Sさんは、別の記事でこのように追記されています。



「20年間の修行期間のうち、19年は修行の方法、坐禅の方法がわかっていなかったのだ」と。

(事実関係としては、20年は、15年の、19年は、14年の間違いです)


「15年間の修行期間のうち、14年は修行の方法、坐禅の方法がわかっていなかったのだと。」




以下、当ブログ管理人の感想ですので、主観が入っています:
ところが、本ブログの管理人わたしが、ちょうど、初心で、Tさんに出会った時は、本当に修行底(しゅぎょうてい)の人だなあという印象でした。

と、言いますのは、初めて出会ったのが体験談 70歳の参禅者が摂心中に突然、見性体験をした例  と同じ年の半年前夏の摂心の時なのですが、その時に、
Tさんは、遠方からお寺に車でやって来られた様でした。

バッグを控室に置いて、やれやれ一休み、
として、同じ参加者に挨拶して、雑談しながら、
「坐禅が始まるまであと30分あるな」とか「摂心は明日からだから」
という感じの人が多い中、
そのTさんはバッグを控室に置くとすぐに、禅堂に向かわれたのです。
 
坐禅会が始まると、あるいは、摂心に突入すると、おはようございます こんにちは お久しぶりです などの挨拶は要らないとされています 非礼にはならないのです

摂心の途中でやむを得ず帰宅する場合も、参加者の方々には挨拶はせず、黙って他の人の邪魔にならないように帰るのが良いとされています 食事の関係があるので、寺院(主催者)には当然下山することを報告します 
]



くしくも『浜松で禅修行』の管理人Sさんも、当時は全く同じでした。

Sさんも、お寺に到着して、バッグを控室に置くと、すぐに禅堂に行く。

日常の工夫と坐禅工夫がシームレスなんです。
これは日常、これは坐禅 という風な修行ではない ということです。


TさんとSさん(40代)はそうでした。


そんなTさんでした。

zendonaibu

 
さて、禅堂でですが、
世の中の普通の講演会などでご高齢の方に居眠りをしている人が多いのと同じで、 
高齢の方が坐禅をするとどうしても居眠り坐禅やボーっと坐禅されていることが多いのですが、Tさんの坐禅はそうではありませんでした。



金曜坐禅会の始まるずっと前や摂心の抽解時(坐禅と坐禅の間のブレイク時間)にも広い禅堂に、
一人ポツンと坐禅されていることも多いTさんでしたが、その姿は、重心が低く大変安定のあるものでした。


もちろん身体は揺れていません。

目は開いて坐禅をされていることが遠方からも分かります。



まるで臨済宗のそれと同じように、2列の単が並ぶ大きな見通しの良い禅堂なので、遠くから坐禅姿が見られたのです。


「坐禅を楽しんでいる」
そんな姿でした。 
あくまでも個人的感想です。 



そして、その年の12月。
わたしは親の急な入院で、残念ながらその年の臘八摂心は参加できませんでしたが、のちに『…で禅修行』のTさんの体験記事を知った時は、すぐに、その見性体験記は、多分Tさんのことに違いないと確信できました。

以上のようなTさんの姿を知っていたからです。 




本人は、こう言っておられます、 70歳の参禅者が摂心中に突然、見性体験をした例 参照

「十何年こう坐っていて[坐禅していて]、もう毎回毎回
『どうして、どういうふうに坐禅すればいいんだ、これでいいのか、どうのこうの』とだけが頭にありました。


それがねえ、ここちょっと [どのように坐禅していたら良いのかという] 悩みがなくなっちゃって、
こういうふうに坐っとけばいいんだ
というのが出て来た。

で、そういうふうにうちでも坐ってるんです。」


これが参禅歴15年のうち、直近の1年だけが、坐禅ができるようになった ということです。

本当に坐禅ができるようになった(迷いなく坐禅ができるようになった)年にちょうど管理人は出会っていたのです。




修行上の先輩の方によると、

「世の中で自覚している人が少ないように思える理由は、2つあります。

まず、井上貫道老師のように本当の坐禅を教えている人になかなか出会えないこと。

次に、正師に出会えても、話を聞いた本人がどうしても自分の考えを入れたり概念で捉えて聞くので、坐禅がどういうものであるかが分かり実践できるまでに時間がかかるのです

正しい楽な坐禅ができるようになると、誰でも間違いなく自覚(悟り)は起こります。


自覚しても、『わたしは悟った』みたいにはなりませんよ。

私のいない体験です。

いや、そういう意味では体験とは言えないかもしれませんね。


 疑いは微塵もなくなります。」――松本自證
※松本自證師は、貫道老師のように幼少期から悟っている人の法話を聴いていて、すんなりと悟った方とは違い、坐禅をする前に、色々な瞑想法をし、正法に出会ってからも試行錯誤をされた方なので、やるべきこと、やらなくてもよい事をよく分かっておられる方です。松本自證師の坐禅会はそういう意味でおすすめです。




Tさんは、15年間のうち、ちゃんと坐禅が出来ていたのは、たった1年間だけだったということになります。
(実を言うと、Tさんの15年目のこの体験は悟りではありません そこで修行が終わったのではありません   さすがに実質1年の修行では、大事了畢とはなりません) 

この方は、長年摂心や坐禅会に通っていたにも関わらず、坐禅の仕方が分からず、 坐禅のやり方が分かった途端に、数カ月後に摂心という縁を得て、見性されたのです。

Tさんのことは、実はわれわれのことです。
本当に坐禅ができているのか自分自身に問わねばなりません。
師に確認をしてもらわないといけません。





以下は、貫道老師のことばです。


「本当は[坐禅に来ている]一人一人に、お尋ねをしてみたい。

長い人は何十年も坐ってるって言うんだけど、坐ってる時、どういうふうに過ごしてるのか。

さらにそれを推し進めれば、今度は、人に尋ねられた時、
「あなたは何十年も坐っておられるけど、
坐るってどういうことですか? 
坐禅ってどういうことなんですか?」
って言われた時に、
どういうふうに答えられるのか、
どういうふうに示されるのか、教えられるのか、
ということが必要だと思いますよ。


もし教えられないような坐禅ておかしいですよね、
人に、聞かれて。

そう思いませんか。


要はどうやってるか自分に分からないってことでしょ。

だから教えられないっていうことでしょ。



ていうことは、坐禅をしていても、
どうしているか自分でも坐禅のありようが分かっていないで、
ただ時を過ごしているっていうことになってくるんじゃないですか。

そう思いませんか。論理的に話をしても。(笑)」





「だから、坐禅があんまり本当に効果が上がらないのは、それが一番、元かと思うな。

分かったような顔して坐ってるだけ。

それらしい格好して坐ってるだけ。

本当はそこらへんが十分に理解が行かないまま坐ってる。


それ、長くやって苦労した人、話してごらん、聞いてごらん、きっとそうだよ。(笑)

そこが分からなくて時間がかかるんだよ。」 ーー井上貫道老師
以上は、どこかよその坐禅会の人たちのことを言われているわけではありません。

参禅者、我々のことです。
自分の修行の方向をハッキリさせるために、質疑応答や独参の時間を設けてくださっています。



体験談をすべて読む



上のボタンをクリックすると井上貫道老師参禅者の体験談がすべて最初から読めます
体験談はあと1人あります

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【投稿後記】
井上貫道老師は、
ある参禅者が、見性とか小悟とか大悟とか段階を経るものかという質問をされた時に、
「元に戻ってしまったら悟りではない」、
「見性とか小悟とか大悟とか、そういうことがあるのは、その参禅者の師が許すからだ」

「悟るまでは、よく似た体験をするものなんです」

と言われたことがあります。



井上貫道老師関連摂心情報

ネットで公表がない今後の摂心(せっしん)・連続坐禅会のお知らせがあります。

昨年2017年もネットでは発表されない攝心が2回ありました。

摂心には、初心とかベテランとかは何の関係もなく参禅ができます。
修行には、「初めて」とか「何年もしている」とかは無関係だからです。



摂心情報の希望者は、以下からご登録下さい。

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  自分の娘が亡くなって、本気になって坐禅に打ち込んだら、悟りが開けた和尚さん


ここに記載した・これから掲載する参禅者体験は、1年を経過しているものを選んで投稿しています。
投稿者は、インタビュアーやレポーターではありませんので、その後、その人がどのようにされているかは存じていませんし、その後の修行をインタビューしていません。

使用した人名のアルファベットは、その人の本名とは全く関係がありません。
ZからAまでを、日本人の姓にならないものは除外して使っていきますので、まずはYさん、Wさん、Uさん、Tさん、Sさん、、、、という順番になります。



坐禅をしていても、すぐに眠るようになってしまう人がいます。10年接心に通っても、眠いだけ

そのような人には、このままブログを閉じずに、↓↓


瞑想中・座禅中に眠くなる原因ー僧侶やベテラン一般人はなぜ坐禅中に眠るのか

坐禅中・瞑想中に眠くならない方法

現代の日本に夜中も眠らず坐禅できる人たちがいる

座禅・瞑想中の眠気の原因【続き】―室温や服装に注意


座禅や瞑想・スポーツでの眠気対策に仮眠が良い
もご覧ください。



 
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老師に言われて坐禅を中止した結果: ビルがそのままビルに見えた


師のアドバイスに従って坐禅を中止したら、思わず「事実」の体験が起こった




2008年5月参禅開始した熱心な修行者Sさんの、3年目の2010年12月に起こった体験です。
以下、原文のママです。「私」=Sさん です。


私:
先日の臘八接心の後、坐禅をしていてもやたら考えばかり出てきて、頭の中がいっぱいになってしまいます。

とても事実に参じるなんて感じではありません。

何か変なことをしてしまったのでしょうか。
どうすればいいでしょうか?



掛川の老師:
(この間、私との質疑応答。内容をほぼ忘れました。1時間以上にわたってびっしりと指導してくださいました。他の参禅者はそのやりとりを黙って聞いておられました。)



私:
もう、老師の言葉を聞いているだけでも、頭がずきずきしてくるんです。これは何なんでしょうか・・・。

他のどなたでも、何かアドバイスありませんでしょうか・・・。


修行中の雲水:
それは私にも経験があるんですが、きっと、事実を自分なりの枠にはめて捉えようとしているんじゃないですか。無意識のうちに。

私:
枠にはめて捉える・・・。


雲水:
事実なんて、そのままでいいはずなのに、それを「ありのままに見よう」とか「正しく見よう」とか、そういった自分の枠というか、あるべき姿に変換して捉えようとしているんです。

だから頭痛がする。


私:
(しばし沈黙)

なるほど・・・。


(またまたいろいろと質疑応答)


掛川の老師:
あなたは苦労するね。


私:
そうかもしれません。(苦笑)
でもやっぱり、頭で考えるのが好きなんですよね・・・。


掛川の老師:
うーん、坐禅をやめたほうがいいかもしれないね。

全文を読む





がっくりきて、でも言われたとおり、坐禅をやめてみました。


まず翌日の土曜日は一日中ゴロゴロ。


「あなたは苦労するだろうね」
と[老師に]言われたのを思い出しつつ、
あと何年かかるんだろうか、
一生わからないんじゃないだろうかと泣きそうになりながら、
でもどうすることもできず、仏教も坐禅もやめて寝ていました。


そしてその翌日、日曜日には知人のライブがあったので街まで出かけました。


元城町の駐車場に車をとめて、交差点の地下道をくぐって、薄暗い階段を一歩一歩、足の裏の感覚だけで上がり、地上に出ました。

building


ふと顔を上げると、目の前にビルがあります。(たぶん鴻池ビルだか谷島屋だったか。)



その時に「あれっ」と感じました。




ビルがそのまま、ビルに見える。

いつだって、ビルを見ればこのように見えていたじゃないか。

幼稚園の頃からずっと、ビルを見ればこの感覚だったじゃないか。

仏教とかを知る前から、いつでもこうだったじゃないか。


えっ、えっ、えっ、という感じで、
目を下に向けてみると、
こんどは歩道がちゃんと歩道に見える。


「ええっ、本当か!?」


半信半疑で、しばらく歩いてみました。


信号があります。
赤です。
しばらく待っていると青に変わります。

さらに待っていると、点滅してまた赤に変わります。



「やっぱりそのまんまじゃないか!」


きっとこれだ

と思いつつ、嬉しくて街をうきうき散歩していると、だんだん分かってきました。


事実は全てできあがっている。

事実は全て結果でしかない。

こちらはその出来上がったものを、ただ、いただいておくことしかできない。

こちらが手出しする余地なんてない。

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という体験をされました。


Sさんについては、まだ続きます
続きは、こちら⇒ http://zazen.blog.jp/archives/1063114362.html


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上のボタンをクリックすると井上貫道老師参禅者の体験談がすべて最初から読めます。




【投稿後記】
Sさんは、井上貫道老師に参禅されている修行者の一人です。
(浜松の老師にも参禅されています)

すでにSさん自身が自分のブログに詳細に体験談を書かれていますが、すでに過去の記事となってしまっており、それを見つけにくいのでここに引用をさせていただきました。

大変真摯な姿勢で修行に取り組んでおられることが分かります。
分からないことはそのままにせずに、老師に質問をし、体験があれば、老師に確認を求めておられます。


そこでお願いです。
Sさんのブログにコメントをして質問されることはご遠慮ください。Sさんに要らぬ負担をかけることになります。
Sさんはまだ修行者の一人です。法の上の質問は、師つまり仏道を体得し終わった人にするのが修行者としてのただしい尋ね方です。ですので、くれぐれもよろしくお願いをします。



ここに記載した・これから掲載する参禅者体験は、1年を経過しているものを選んで投稿しています。
投稿者は、インタビュアーやレポーターではありませんので、その後、その人がどのようにされているかは存じていませんし、その後の修行をインタビューしていません。

上記Sさんのように、個人を知っている人であってもできるだけ個人を特定できないように余分な情報は書かないようにしています。使用した人名のアルファベットは、その人の本名とは全く関係がありません。ZからAまでを逆順に使っていきますので、まずはYさん、Wさん、Uさん、Tさん、Sさんという順番になります。

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坐禅の組み方 http://zazen.blog.jp/archives/1029047318.html   ※
に図を挿入しました

hokkaijoin 








法界定印(ほっかいじょういん) 



坐禅の組み方 つまり坐禅の時にどのように身体を整えるかについては、上記※にありますが、

坐禅する間、どのようにして過ごすのか、坐禅の仕方については、

メニューの「座禅の仕方・坐禅の方法」をクリックすると、すべての記事が読めます。



坐禅は、道元禅師の普勧坐禅儀による只管打坐をすべきであると井上貫道老師は常々言われています。

数息観、公案工夫(公案禅)を用いません。

 
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