今後の傳光録提唱ZOOM配信 は 9月25日、10月23日、11月27日、12月25日 毎月金曜夜:悟りを開いた祖師方の修行人生と言葉の『伝光録』をZOOMで学べますー無料動画視聴可能【期間限定】 録画視聴(有料ワンコイン)もあります 2025年3月~2026年現在まで
井上義衍
坐禅で悟る:第九祖 伏駄密多尊者尊者 (ふだみったそんじゃ) 伝光録 現代語訳
伝光録 第九祖・伏駄密多尊者 伏駄密多尊者の巻【本 則】第九祖・伏駄密多尊者は仏陀難提の説くところを聞いた。「あなたの言葉は、心と親しい。父母は、それと比べることはできない。あなたの行いは、道と合致している。諸仏の心は、まさにこれである。外に、形ある仏を求
道元禅師『普勧坐禅儀』提唱その1ー井上義衍老師
道元禅師『普勧坐禅儀』井上義衍老師提唱 その1『普勧坐禅儀』原文原(たず)ぬるに夫(そ)れ道本円通、いかでか修証を仮らん。宗乗自在、なんぞ功夫を費やさん。いわんや、全体はるかに塵埃を出ず。たれか払拭(ほっしき)の手段を信ぜん。おおよそ、当処を離れず。豈に修行の脚
道元禅師『普勧坐禅儀』提唱その2ー井上義衍老師
道元禅師『普勧坐禅儀』井上義衍老師提唱 その2『普勧坐禅儀』井上義衍老師提唱 その2の文字起こし[本 文] それ参禅は、静室よろしく、飲食節あり。諸縁を放捨し、万事を休息して、善悪を思わず、是非を管すること莫れ。心意識の運転をやめ、念想観の測量をやめて、作仏と図
井上義衍老師 道元禅師の普勧坐禅儀 提唱
道元禅師『普勧坐禅儀』を井上義衍老師が提唱 義衍老師映像義衍老師の動画は↓↓↓ をクリックしたところから始まりますhttps://youtu.be/8jC8ECzH-2E?si=NaWedJjVp7QtgIS9&t=277上の動画は0.6倍速で視聴されると普通に聞こえます 歯車印 で再生速度が変更可能です道元
坐禅で悟る:釈迦牟尼如来(釈尊) 伝光録 現代語訳
伝光録現代語訳 瑩山禅師 釈迦牟尼如来の巻傳光録・釈迦牟尼如来の巻【本 則】釈迦牟尼仏は、明け方に二つの明星を見て悟りを開いたその時、「私と大地のすべての生きとし生けるものとは、同時に悟りを成就した」と宣言された。傳光録・釈迦牟尼如来の巻【機 縁】そもそも
臘八接心の2日目に悟りを開いた曹洞宗・北野元峰禅師
井上義衍老師が最も尊敬された北野元峰禅師の臘八大接心北野元峰禅師の生い立ちと修行以下は、https://zazenjp.com/soshi/kitanogenpou.html からの抜粋です上の姉二人が尼僧だった。 上の姉が男の子が生れて出家することを祈願していた。 そうしたら、1842年10人兄弟の一
悟りを開いた人の特徴・生活2ー悟りと喜怒哀楽
悟りを開いた人の特徴ー井上義衍老師と貫道坊や住職資格も取れない田舎の寺院に真剣な雲水・修行者が集まる昭和25年(1950年)頃から、井上義衍老師(1894-1981)の浜松・龍泉寺には、専門僧堂でもないのに全国から真剣な雲水が集まり、老師のもとで修行をしていました。この現代
今の人に大悟は無理? 現代人も悟りを開くことができるのか?
現代人だって悟りを開くことができる、今の人も大悟ができる根拠がある今日、昔の人のように本当に大悟などできるものかという人が多いけど、これはうそです。 絶対にそういうことはない。今日の人だって、必ずできるということです。 現代人だって悟れることを信じず、本
坐禅のやり方ー井上貫道老師の教えのエッセンス
今は坐禅に励む時ー坐禅のやり方ところで、130年以上昔の明治時代のことになりますが、明治19年(1887年)、コレラが蔓延して人が次々と亡くなりました 死者が10万8千人に及んだとされています( 治療を行わなかった場合のコレラの致死率はアジア型では75~80パーセントと言わ
【質問】 教えの通りになろうと努力しているのですが、そうなれません。いったいどうしたら?
教えの通りなろうしても、そうなれない訳【質 問】 教えの通りになろうと努力しているのですが、なかなかそうなれません。いったいどうしたらよいでしょうか。【答】それですわ、それだからそういう風に教えの通りになろう、なろうと思うて自分で力を費すからです。そこなん
すべては自己なりー井上貫道老師
井上貫道老師が坐禅会で話されたことばから自分を中心にして物事を見てしまっているから自分が消えないんです。 もともと自分はないんです。 実は、考え方や見解も自分が作っているのではないんです。自分を中心に据えて物事を見るのではなく、物事の方からやってくるんで
只管打坐の基本―坐禅入門8 東京都禅会by井上貫道老師
只管打坐の基本―坐禅入門8 東京都禅会by井上貫道老師井上貫道老師の師・井上義衍老師のことば 井上義衍老師とは→こちら ▷ 「我見をこれから離れるのではない。我見の起る前があって、その前が自分の真実です。それが本来の私共の心の在り方です。空にする前に空で












