坐禅の仕方と悟り,見性,身心脱落:井上貫道老師の庵 まとめサイト

Dharma Talks of a perfectly enlightened Japanese Zen Master Roshi Kando Inoue 井上貫道老師が、悟りを体現された経験から坐禅の方法や仏道について語られたものを掲載しています web上に散見される魯山貫道老師のことばも引用掲載し、まとめブログとしました ( これは参禅者によるブログであり、公式サイトではありません ) このブログが正師への参禅のきっかけになりますように

魯山貫道老師語録

六感の働きで学ぶ・六感の働きでいればよい


純粋に耳の働きだけで学んで下さい。

耳には人の聞き方はないんですよ。

[どんな音でもその通りに聞こえる 人間の好き嫌いに関係なく聞こえる
 自分の見解に合致することでも聞こえるし、自分とは反対の意見の発言でもそのとおり聞こえる、
褒められようと非難されようと耳には内容に関係なく聞こえるetc]

知ってますか。


眼には人の見方はついてないのですよ。
[自分が見たいものでも見たくないものでもそういうことに関係なく眼に見えるetc.]


そういうことに用がある。


どこに目を向けて学ぶかってこと。


人間の考え方のうえの話をしているわけではない。



自分の聞き方というものが残っている上に継ぎ足していくのと、全部それを外しておいて本当に聞くのとでは、違うんですよ。


ものを学ぶのに、どうして自分の考え方を中心にするんでしょうか。

本当にものを学ぶんだったら、どんなに今まで学んだことがあったって、しばらくそれを使わなくたっていいじゃないですか。

なくなるわけじゃないから。


本当に空っぽで聞いて。





――井上貫道老師17/3/23提唱から 【3/23提唱DVDからの抜粋】 DVD製作者様による文字起こしになります
不明点、疑問、足らないところは、坐禅会への参禅をお願い致します  実践して何か体験を得た場合も正師への参禅が必須です
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今生きている事実から目をそらさない

あれだけいろんなものを見てきたのに、今見えているものはこれだけだからね。

これだけで十分だからね、どこへ行っても。

そこへ行った時にそこへ行ったものがその通りに見えさえすれば、それで十分。


どんなものでも、実物というのはたったひとつなんですよ。

実物が二つも三つも同じようなものがあるんだったら、どれにしようかって必ずなるよね。

ひとつだから要らないこと。何もしなくていい。


私達絶対忘れてはならないのは、今こうやって生きているこの事実から目をそらさない、ということ。

管理人註:この事実というのは、頭や心に浮かぶ色々な思いを取り上げて何かすることではありません。


そこで生きているんだもん。そのうえで、いろんなことやるんでしょう。



頭が先行するのではなくて、事実に触れて生きる

事実に生きると、ゆとりが生まれる  やらなくていいことが沢山あることに気づく

ものにこうやって触れていると、そういう風な生き方をしていると、ゆとりがあるじゃんね。
だけど頭の方が先行していると、常に準備をしとかなきゃとか、それだけ余分なことしならがら生きているじゃん。

ものを本当に見切ったら、やらなくてもいいこと沢山あるわけでしょ。


武術の極意――人がいなくなる・何もしない

この前 武術家の人と会った時に、武術は二通りあるって言ってた。
ひとつは自分に力をつけてねじ伏せること。
もうひとつはよけること。
最終的なのは自分がいなくなることだって。

武術の極意は自分がいなくなること。
争わないんだね。

そこにいなきゃ、大丈夫なんだ。
人気を感じさせない。殺気がない。

人がいなくなる。

本当に強くなったら、やっぱり何もしないんだろうね。

強いんだか弱いんだか分からなくなるくらいになるのが、一番いいね。





――井上貫道老師17/3/23提唱から 【3/23提唱DVDからの抜粋】 
DVD製作者様による文字起こしになります
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【重  要】
神戸楽の森「坐る会」のサイト https://tinyurl.com/kobeteisho
にも、井上貫道老師の神戸坐禅会の提唱の一部が文字に起こされています。

大切なことを分かりやすく提唱されている部分ですので、ぜひ、ご覧ください。





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「事実」に触れるためには、実践してみる



「本当に『事実』に触れると、今まで体験したことがないものだから、驚くんです」


本当にこういうことの内容に触れたかったら、やってみるしかないんじゃないですかね。

やらないで評価してみてもどうしようもないと思う。

やったら自ずから分かるようになってる。


実践するまでは修行をしているとは言えない

触れあっていく中でだんだん、あの人の言っていることはどういうことなんだろう、じゃ一度本当にやってみようっていう風に変わった時に初めて、この仏道の修行になってくるんだろうと思う。

それまでは仏道の修行ではないね。



坐禅中の「思い」の性質、「思い」の対処法


坐禅中の思いは自分で起こしているのではない

坐っている(=坐禅している)時にいろんなことが出てくるというのは、自分で思い起こしたことはほとんどない。出てきたものに気が付くだけですよ。

出てきた時に出てきた通りのことがあるだけで、終わっていくんですね。重なることはない。


坐っていて(=坐禅していて)精細に自分の様子に親しくいないと、自分で思いをつけて過ごしているか、そのままでいるかということが、容易に見ることが出来ないね。そのくらい瞬時に起こるものですよ、思いって。


「思い」の評価はしてはいけない


出て来るものに対して、人って本当に不思議なくらい評価するんだよね、自分で。

その評価が自分の中で混乱を起こす。


どんなことが思えても、それによって人が苦しむことは、本当にない。

出てきたものに対して自分の思いがくっついたことで苦しむ。


関連記事の質疑:坐禅中に思い・想念が出て来るのですが  (2018年5月29日投稿記事) を読む


――井上貫道老師17/3/23提唱から 【3/23提唱DVDからの抜粋】 
DVD製作者様による文字起こしになります
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【重  要】
神戸楽の森「坐る会」のサイト https://tinyurl.com/kobeteisho
にも、井上貫道老師の神戸坐禅会の提唱の一部が文字に起こされています。

大切なことを分かりやすく提唱されている部分ですので、ぜひ、ご覧ください。



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井上貫道老師の記事が雑誌『サンガジャパン』に掲載中


《 ニュース 》 2017年8月25日発売:サンガジャパンVol.27 禅ー世界を魅了する修行の系譜  に、
井上貫道老師 『決着がついたら自由になる』
の記事が掲載されています → こちら
sanghajapanvol27













坐禅会情報も、サンガジャパンに掲載

サンガジャパンVOL27坐禅会ガイド























『井上義衍老師伝』も『サンガジャパン』に掲載


また、この書籍には、
星飛雄馬氏『井上義衍老師伝』pp.99-111 も掲載されています。

「井上義衍老師をご存知でしょうか。
私が高校生のころに、テレビに出られました。
これはねぇ、もう『本物を見た』という感じでした。」
―臨済宗円覚寺派管長・円覚僧堂師家 横田南嶺師 (同著p.71)


臨済宗の現・円覚寺派管長 横田南嶺老師も修行時代に井上貫道老師に参禅

「その後、[井上義衍老師には]お会いすることはありませんでしたが、後年井上貫道老師には修行の合間にお訪ねをして、いろいろと教えをいただき大変お世話になりました。」―円覚僧堂師家・龍雲院白山道場師家 横田南嶺師 (同著p.71)

(井上義衍老師は、井上貫道老師の師匠)

青松軒・横田南嶺師(現・臨済宗円覚寺派管長)の記事も、同著pp.68-86 に掲載されています。




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道元禅師正法眼蔵提唱録―悟りの体現者・井上貫道老師


悟りの体現者・井上貫道老師「正法眼蔵提唱録」のサイトのご紹介


井上貫道老師が岡山県玉島の円通寺坐禅会で、道元禅師の『正法眼蔵』の提唱をしておられます。
それを文字に起こしてあるブログがありましたので、ご紹介させていただきます。
こちらになります⇒ http://syobogenzo.blog.fc2.com/

外部リンクを貼る許可も、ブログ作成者よりいただきました。


自分の今の様子に参じるのに役立つブログです。皆様もご訪問下さい。


ご参考までに、
提唱の講本には、岩波文庫の水野弥穂子註の『正法眼蔵』(一巻~四巻)を使われています。
文字の大きい 岩波文庫ワイド版 水野弥穂子註『正法眼蔵』(一巻~四巻) もあります。
坐禅会参加するためには、必ず購入の必要があるという意味ではありません。


◇    ◆    ◇    ◆    ◇    ◆    ◇    ◆    ◇

玉島の円通寺と良寛さん

岡山倉敷市玉島の円通寺は、良寛さんと親しまれているかの大愚良寛禅師が修行し、悟りを開かれた道場です。良寛さんは、大忍国仙禅師から印可証明を受けられました。

今も曹洞宗の専門僧堂です。


井上貫道老師の円通寺坐禅会

その円通寺で月一回土曜日夕方から日曜日早朝にかけて、井上貫道老師の提唱、坐禅、独参があります。
提唱が、『正法眼蔵』です。


坐禅は、禅堂で行なわれます。
暁天坐禅はとても気持ち良いです。一度体験なさってみて下さい。お粥も召し上がれます。

※道場では、修行者は朝のbreakfast はお粥(かゆ)をいただきます。


坐禅会が行われない月(8月/12月)もあります。
井上貫道老師円通寺での坐禅会情報の詳細は、
 http://zazen.blog.jp/archives/cat_958259.html
の <<中国地区>> でご確認下さい。
井上貫道老師円通寺坐禅会は、2020年9月をもって閉会しました


道元禅師の『正法眼蔵 三十七品菩提分法』の井上貫道老師提唱録

今回、通販の形で購入することができるようになったようです。

『井上貫道老師提唱「正法眼蔵 三十七品菩提分法」』頒布中



題名 「正法眼蔵 三十七品菩提分法」 井上貫道老師提唱


    紙の本です 表紙 レザック  B5版 232ページ
 
shobogenzo37bodaibunpo

 詳細とお申し込みはこちら ← クリックして下さい 電子書籍ではなくて、紙の書籍です




Amazon新刊:正法眼蔵梅花提唱録ー井上貫道老師

正法眼蔵梅花提唱録

↑クリックすると、アマゾンの 『正法眼蔵梅花提唱録』 に移行します

この本はしづか出版からも直販されています。 

『正法眼蔵梅花提唱録』井上貫道著・龍田しづか編
  • 178ページのアマゾンkindle版です
  • スマホ・タブレット(アンドロイド、iOS)やパソコンで読めます
  • 文字だけでなく、提唱の音声も聞けます
読み放題でも読めます

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悟っている人と悟っていない人


仏道とは自分の見方をやめること,人間の見解を使わないこと


悟ってる人と悟ってない人とかっていうことが、初めから無いじゃないですか。

皆さん、あると思ってますか。

そういう自分の見方をやめるってことじゃん。

自分で勝手な推測をして、自分を卑下したり、いろいろして、苦しんでるんでしょう。



修行とは、すでに出来ていることに学ぶこと

本当に誰でもその通り見えるように出来てる。

修行したからそのようになるわけじゃない。

修行しなくてもそのようにちゃんと見えるようになってる。

そういうものに学ぶのでしょう。

そのようにきちっと、心底、本物がズバッと皆さんに味わえるように出来てる。

坐禅の時そうやっているじゃないですか。

自分の本物に、そのままいる [のが坐禅]。



自分に足らないものがあると思い込んでいるのが迷い・不幸の原因

悟った人と同じ様に今の自分の有り様が素晴らしいことに、着目しなかったんだよ。

一切、悟ってるとか悟ってないとかいうものなしに、その音を本当に聞く力を持ってるわけじゃん。

そういうことに着目しなかったからでしょ。


こうやって生活しているときに、いちいちやり直してもう一回生活するってこと、一度もしたことがない。やろうと思っても出来ない。


――井上貫道老師17/3/23提唱から 【3/23提唱DVDからの抜粋】 DVD製作者様による文字起こしになります
不明点、疑問、足らないところは、坐禅会への参禅をお願い致します




整理をせずにすぐに修行を始める、反省していたら反省だけで人生が終わってしまう

● みんな、常日頃たくさん問題を抱えてますよね。

修行を始めるとき、それらの問題には一切手をつけず、今、この状態そのままから修行を始めるんです。

決して問題を整理解決してから始めるんじゃないんです。

そんなことしてたら一生修行できません。

反省してたらきりがなくなっちゃいますよね。

本当に『今』に用があるんです。





● 人間は、受け止めた物事や事実を、自分なりに解釈し、意味づけし、整理しようとする。

でもそうじゃなく、事実そのまま、整理しないでおけばいいんです。



悟りのイメージが危険

Q.悟りに向けて進歩しているのかどうか不安なのですが・・・。

A.「悟り」って、どこかで聞いてきただけでしょ。悟りって、きっとあんな感じだ、こんな感じだというイメージがあるだけでしょ。だから危険なんです。


進歩っていうと、その勝手なイメージまでの距離を測り、どこまで進んだかな、なんてやってるんじゃないですか。

そのような行為を「念想観を測量する」と言います。測量はやめましょう。



悟りに用がないということにすればいいんです。
 
悟りたい、分かりたいという気持ちに用がある人は何してるかというと、
いつも追っかけっこしてるんです。
 

実際は手を叩くと「パン」だけで終わってるでしょ。


それで満足いかないのは「考え方」があるからです。




【重  要】
神戸楽の森「坐る会」のサイト https://tinyurl.com/kobeteisho
にも、井上貫道老師の神戸坐禅会の提唱の一部が文字に起こされています。

大切なことを分かりやすく提唱されている部分ですので、ぜひ、ご覧ください。

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井上貫道老師の提唱と質疑応答


井上貫道老師質疑応答集


井上貫道老師・神戸坐禅会での提唱後の質疑応答が、坐る会サイトに文字に起こされています。 サイト=ウェブサイト=いわゆるホームページ(和製英語)のこと

 井上貫道老師との質疑応答集はこちらにあります。

kobeteishoQA



井上貫道老師平成30年坐禅会日程

井上貫道老師坐禅会日程 のページに掲載しました。




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井上貫道老師の坐禅会提唱動画が限定的に視聴できます


井上貫道老師の神戸坐禅会の提唱中に撮影された動画が限定公開でyoutubeにアップされました 一般公開はされていません


神戸坐禅会・坐る会様のご尽力でリリースされました。



(下記のリンク中で、異なる動画に遷移する誤ったリンクがありました 今は訂正されています ここにお詫び申し上げます 2月19日午後9時記)
youtubeチャンネル登録方法

年に8回行われている神戸坐禅会提唱の講本は、井上義衍老師『普勧坐禅儀・坐禅用心記』(絶版 再頒布検討中のようです)です。
それを井上貫道老師が提唱されています。



動画は、以下です。
視聴に必要なパスワードは、参禅者(=坐禅会に参加された方)に渡されています。
神戸坐禅会・坐る会の井上貫道老師動画youtubeトップページこちらです。
これからアップされて行く井上貫道老師提唱動画を見逃さず見たい方は、
「チャンネル登録」をしてください。画面をよくご覧になると「チャンネル登録」というボタンがあります。


(1) 動画はパスワード保護されています





(2) 動画はパスワード保護されています





(3) 動画はパスワード保護されています





(4) 動画はパスワード保護されています





(5) 動画はパスワード保護されています





神戸坐禅会・坐る会のyoutubeトップページこちらです。
これからアップされて行く井上貫道老師提唱動画を見逃さず見たい方は、
「チャンネル登録」をしてください。


井上貫道老師youtube動画チャンネル登録方法


こちらに行きます、
ログインして、赤い『チャンネル登録』ボタンを押します。
何にログインするんだろうと悩まず、まずはログインボタンを押してみて下さい
(Googleアカウント(下に説明)へのログインだけです)


下図の赤い印のところです。

以上です。


youtubeチャンネル登録方法

Yyoutube は、Googleが運営しています。よって、
チャンネル登録には、Googleアカウントが必要です。

Googleアカウントを取得―とても便利なGoogleアカウント

 Googleアカウントについて:iphone  iPad の方もGoogleアカウント取得をおすすめします。
なぜなら、とても便利だからです。そして、メールアドレスも1個Google の無料メールアドレスであるGmailを持つことをおすすめします。
設定をすれば、自分のプロバイダアドレスに来たメールもGmailでチェックができたり、Gmailそのままでプロバイダアドレスからのメールを作成できます。
 Googleアカウントの取得方法:https://accounts.google.com/SignUp?hl=ja

iPhoneではなくて、android の方は、Googleアカウントを持っていると、スマホを買い替えた時に、Googleアカウントにログインするだけで、Gmailはもちろん、それまでインストールしていたアプリも自動的に再現できます。


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老師との質疑応答の例

坐る会のサイトからの引用とご紹介です
提唱質疑  ・  11-17-2017 [日付は提唱の行われた日付]

坐禅した方がよいか?今とは?


【質問者】
ふだん坐禅はあまりしないのですが、やっぱり見性される方というのは、攝心とか連続坐禅会で、自分で目覚めていかれる方はかなり多いのですか?   inouekandoroshizazen2ske2


この質問の答えはこちらに書いてあります



え? それが坐禅? 修行ってそんなこと? 今まで聞いてきた話と違うぞ!!

【老師】
ひょっとしたら、各自が今まで自分でやってきた修行と、私が今話した事と、こうやって聞いてみて、ずいぶん自分のとは違うなと思う人はいませんか?


 続きはこちらに書いてあります



◯ 「普勧坐禅儀」はですね。
冒頭の方が、坐る前にものがどうなってるかって事が、ずーと書いてあるんですね。

修行するとか、しないっていう前に、ものがどうなってるかっていう事が書いてある。

それを見ると、もう完璧だっていうような内容になっているんです。


そういうことが最初に示されている。

最初に間違った事をやった上に、どんなに素晴らしい事を学んで積んでも、無理。
その過ちは修正はできない。




◯ 修行して、だんだんやったらそうなるんだったら、恐らくやれる人は一握りもいないでしょう。


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    https://tinyurl.com/inoueroshisesshin
から登録が可能です 同じものです

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登録された方には、それ以後も臨時の摂心情報・集中坐禅会情報をお送りします。 








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事実で人は救われる


Q. 事実を正しく見たら、なぜ救われるのですか? 
事実を見ることと、苦しみの解決と、どういう関係があるのかよく分かりません。



A. はっきりするからでしょう。



Q. はっきりしたらなぜ救われるのですか。

続きはこちらです← 参禅者のブログ『浜松で禅修行』に移行します

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修行は、良いとかダメだとか、これは善だ、正しいことだとか、それは悪だとか、そういう見解を離れること


道元禅師の普勧坐禅儀提唱 05/2017 by 井上貫道老師 youtube動画


提唱のあとの質疑応答はこちら
動画はパスワード保護されています
  


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提唱のあとの質疑応答はこちら








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仏道は何を学ぶか

「だから、こういう、禅とか仏道とか、学ぶのに、ものは学ばない方が絶対いい。


学んできた人は厄介でしょう。

第一、聞き入れない、人の話を。
あの人何言ってるんだろうって。
そんなことどこにも書いてないって。

変じゃないかって思ったら、もう聞かない。容量が狭いよね。


これはね、無限に入るものですよ。

もうこれで一杯になっちゃったっていうようなことは、一度もない。

だから、生涯、120年ぐらい生きたって大丈夫なんだ。

そうじゃないと、すぐ一杯になっちゃって、嫌になっちゃうよ、生きていることが。」


―井上貫道老師 12/21/2017大阪坐禅会の提唱DVD開始18分頃から
DVD制作をされている参禅者による文字起こしになります
 

この提唱を全部お聞きになりたい方は下記DVDをご覧下さい


禅DVD:道元禅師『普勧坐禅儀』提唱 by 井上貫道老師

【頒布対象】
井上貫道老師の坐禅会に参加されたことのない人もご購入になれます。
 参禅未経験の方が、これをきっかけに、各地方の井上貫道老師坐禅会に参禅してくだされば幸いです。
200dvd0915








1日分が1枚のDVDに収められています(プラスチックケース入り)
500円/1枚

2016年6月、9月、12月
2017年3月、6月、9月、12月
の7枚が頒布中です
2018年3月分はまもなくリリースです
185-45dvdの注文ボタン2ndbest青0984e4背景白抜き

上記ボタンがうまく行かない場合はこちらからご注文ください⇒ https://ssl.form-mailer.jp/fms/581a3b42462652




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動画:座禅の仕方=結跏趺坐と半跏趺坐,目は必ず開く,法界定印, 左右揺身,経行(きんひん)

井上貫道老師坐禅姿
【動画からのメモ】
禅堂に入堂したら、足を揃えて、合掌低頭 聖僧様(しょうそうさま 文殊菩薩etc.仏像)に対してする
そこから、指定された経路で単に向かう
単 たん 自分の坐禅の場所

隣位問訊 りんいもんじん 自分の単に向かって合掌低頭(がっしょうていず) 意味は、両隣の人に対する挨拶 うるさいことを言えば両隣の人はそれを受けて合掌する
右回りに回って、次に自分の単を背にして合掌低頭(対座問訊)

対座問訊 たいざもんじん 隣位問訊のあと、右回りをして、自分の単を背にした状態で、問訊 これは自分の真後ろの人に対する挨拶 された人は(かなり離れているし、背中側なので見えないが、背中で気を感じたら)それを受けて合掌する

結跏趺坐 けっかふざ 
半跏趺坐 はんかふざ

法界定印 ほっかいじょういん 卵型に作る 一度両手を持ち上げて卵型になっているか目視で確認してから、ゆっくりとその法界定印を降ろす

左右揺身 さゆうようしん 坐禅をする前にし、坐禅を終えて立ち上がる前にもする

経行 きんひん 歩行禅 動いている時の坐禅 一息半歩 歩くことのスローモーションではなくて、動いている時と止まっている時とがある

坐禅(止静しじょう)の始まり 鐘が3回鳴る 三声(さんせい) 

坐禅の終わり 経行がある場合は鐘は二声(にせい) しかし、その後食事になる時、すべて終了など経行がない場合は鐘は一声
[ 禅堂生活はすべて鳴らし物で合図される
食事時には、小食(粥座)、中食(斎座)、薬石には鳴らし物が鳴るが、使われるものが異なる
終わりには終わりの鳴らし物がある 食事の時の、着座の鳴らし物、起立の鳴らし物がある
作務の開始、終わりも鳴らし物で合図される ]


坐を解く時は、急に立ち上がらず、左右揺身をする 坐禅始まりの時と違って、この場合の左右揺身は始め小さく、だんだん大きく左右揺身をする [ 急にたちあがると起立性低血圧やひどいめまい(頭位性眩暈)を起こして危険なので、(他の人に合わせようとして)慌てずに、まずは、5,6回ゆっくり左右揺身してから、ゆっくりと立ち上がって(再度ひざまずき、さらに坐蒲をふくらませます そして立ち上がります)ください ]

経行(きんひん) は、叉手当胸(しゃしゅとうきょう)(叉手した両手を胸の高さに置き、胸から握りこぶし1個くらい離す 両肘は張る(脇があく))して、一息半歩 息を吐いた時に足を半歩分前に進める その時両足に体重が均等にかかるようにすると安定する(この時は停まる この間に息を吸う) 次に息を吐きながら反対の足を半歩進める 以上を交互に繰り返す
右足を半歩進める→両足に均等に体重をかけて止まる→左足を半歩進める→両足に均等に体重をかけて止まる→右足を半歩進める→両足に均等に体重をかけて止まる→左足を半歩進める→……
となるので、経行は歩行のスローモーションではありません


経行終了の合図は、鐘が一声なるので、鐘がなったら、叉手の手のまま(合掌はしない)、低頭
合掌はしないで、頭を下げるこの動作を揖(いつ)と言う(中国特有の挨拶)

その後、普通のスピードに変えて、右回りのまま自分の単に戻る
自分の単に戻ったら、自分の単に向かって合掌低頭(=隣位問訊)、右回りに回って自分の単を背にして合掌低頭(=対座問訊) 東司(とうす=便所)に行く人は退出、行かない人はそのまま後ろ向けに単に坐して、坐禅をする


坐禅 今までどこかで聞いた坐禅に対するイメージや概念は持ち込まないこと 「今日は気持ちよく座れた」「今日はうまく行った」と言うような方は、すでに坐禅に対するイメージがあるので、そういう評価をするのであって、これでは、坐禅になりません

教えが守りにくいのは、目を開くこと

頭の考えを追っていて、目を開いていても、目の前が見えない人がいる これは全く坐禅とは言えない

動画はパスワード保護されています


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本当に坐禅できるようになるには何が必要なのですか?


質問 (今日初めて参加した人) ちゃんと坐れる様になるというのは、頭の中にいろんなことが出てくるのとちゃんと坐れるようになる間には何かあるんですか?


答え
間にはないです。いろんなことが出てくるだけでいれるかどうかです。

出てきたものをすぐ相手になって、それを詮議するように自分の中で なると、それは考え方だけを相手にしてる世界だから、座ってる世界ではない。

形は座ってるけど内容は考えごとをずっとして過ごしているだけであって、どこが座っているんだって言われるぐらい。


本当に坐るということは、そういう考え方で取り扱わずにいてみる。

思いが出ないようにするわけでもない。

音がすれば聞こえるし、ものがあれば見える。

自分で思わないのに音がするとこうなる。

だけど相手にしないとどうなってるかっていうと、カチッて言っただけで、何もする用がない。
片付ける用がない。片付けるものがない。聞こえたんだけど。


すごいことだと思いませんか。
音が聞こえたのにも関わらず、どこにも、跡形もない。

音がしてない時に聞こえたら厄介ですよ。

有り難いでしょう、音がした時だけ、聞こえる。

どうもしないのに、どこ行ったか分からない。


でも不安でも何でもない。
気が狂うようなこともない、聞こえなくなったからって。
ちゃんと聞こえたからそれで大丈夫。


―井上貫道老師 12/21/2017大阪坐禅会の提唱DVDから
DVD制作をされている参禅者による文字起こしになります


関連記事の坐禅中の想念について を読む


井上貫道坐禅の仕方ダウンロードする
無料です↑ 編集者からのご厚意で提供されている 『井上貫道老師提唱:真実・悟り・禅修行とは』から作成された抄本です











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悟りの体現者・井上貫道老師(曹洞宗)の語録

「道本円通。。。然れども毫釐(ごうり)も差あれば、天地懸(はるか)に隔(へだた)り」ー普勧坐禅儀 (道元禅師)
(道はあらゆる方向に広がり、融通無碍である しかし、髪の毛一本の違いで、天と地との差が出る)



だから考え方を止めると、素通しでものがどうなっているかっていうのが初めて見ることができる。

そうするとその違いが自分でよくわかる。

驚くはずです、見たことのない世界。

同じように生活してるんですよ、ほとんど。

もうひとつの生活なんかしないからね、同じように生活をしてるんだけど、考え方を付けるか付けないかで、全く違う。

― 井上貫道老師


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[ 管理人 ]
人身(にんしん)受け難(うけがた)し、今すでに受く
[自覚した人の] 佛法聞き難し、今すでに聞く

このブログは独学のためにあらず
たった一度の命ある間に、正(しょう)師家(しけ)に参ぜられんことを








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