坐禅の仕方と悟り,見性,身心脱落:魯山貫道老師の庵 まとめサイト

Dharma Talks of a perfectly enlightened Japanese Zen Master Roshi Kando Inoue 魯山貫道老師が、悟りを体現された経験から坐禅の方法や仏道について語られたものを掲載しています web上に散見される魯山貫道老師のことばも引用掲載し、まとめブログとしました ( これは参禅者によるブログであり、公式サイトではありません ) このブログが正師への参禅のきっかけになりますように

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坐禅の仕方・座禅の方法

坐禅の内容=坐禅中にどのように過ごすか 坐禅の形・組み方(目・手・脚・口)―井上貫道老師 はこちら大切なのは、どのように坐禅するかということです井上貫道老師は、今の自分自身の様子(「事実」)を本当に見届ける(悟る・見性する)ための坐禅を教えておられます◇ 修行と
『坐禅の仕方・方法の注意点ー井上貫道老師』の画像

井上貫道老師・坐禅の方法と秘訣●修行して解脱するんじゃないです。すでに解脱してるんです。そのことに気づき、ああ、なるほど、確かに解脱してるな、となるのが坐禅です。こういう実証方法を伝えてきたのが仏教のすばらしいところですね。●自分の抱えている問題を修正し
『只管打坐の極意―曹洞宗師家・井上貫道老師』の画像

只管打坐の極意 by 井上貫道老師   の続きです以下すべて坐禅・只管打坐の方法について話されていますQ.坐禅中、畳の目が見えているのですが、外で鳥が鳴くといきなり畳の目がなくなって鳥の声に感覚が動きます。鳥の声が消えればまた畳の目が戻ってきます。そういうもの
『坐禅只管打坐の方法・極意―井上貫道老師』の画像

井上貫道老師ー只管打坐の方法、坐禅の仕方(坐禅を実際にしようとする人、実際に坐禅を組んでいる人へのアドバイスですので、ただ読むだけだと概念化されて却ってあとでそのことが障害になる可能性があります。ご注意下さい)Q.考え方を離れよと言われますが、考えを断ち切ろ
『只管打坐ー六根の機能のままに:曹洞宗の坐禅の仕方』の画像

井上貫道老師が坐禅会で話されたことばから◇考えを「やめる」んじゃないですよ。事実に即していれば、考えが「やまる」んです。事実に触れれば念が切れるんです。 ―井上貫道老師●坐禅中にいろんな考えが出てくること自体は「事実」です。でもそれにひきずられたまま考え
『何も思わないようにするのではない、自己をならうー井上貫道老師』の画像

Q.「坐禅をしている最中、自分を観察しているもう一人の自分がいつまでも残って消えないんです。」井上貫道老師「それは間違ってますね。もともと自分なんてないんです。自分を観察している自分がいると感じるとすれば、それは一瞬でも過去の状態を振り返ろうとしているとい

考え[思い・感情も]が出てきてもそれを取り扱わないのが坐禅です何もしないのが坐禅です自分のほうから探ったりたずねたりすることをやめれば、「事実」(真実)がそこにあるんですどうしたらそうなるかじゃないすでに出来ているそれを見極めるのが修行です今の自分が本当にど
『般若心経と坐禅修行の要点ー井上貫道老師』の画像

「坐禅が進んで、内も外もなくなった人がいますこうなると人生観が変わりますよ」[ これが悟りだと言われているのではありません 念のため ]ー(2014年夏の緑陰接心の提唱:接心3日目)井上貫道老師 内も外もない=内外打成一片 ないげ・だじょう・いっぺん(このブログは実
『内も外もない(内外打成一片)―本当の坐禅修行の方法』の画像

坐禅の組み方 http://zazen.blog.jp/archives/1029047318.html   ※に図を挿入しました 法界定印(ほっかいじょういん) 坐禅の組み方 つまり坐禅の時にどのように身体を整えるかについては、上記※にありますが、坐禅する間、どのようにして過ごすのか、坐禅の仕方に
『坐禅の組み方・坐禅の仕方』の画像

自己は消え、老師の声が聞こえるのみ――貫道老師坐禅会参加が2回目のある女性の体験井上貫道老師のある坐禅会のことです。午前中坐禅を3炷(ちゅう)、それから斎座(さいざ=昼食)、午後坐禅1炷、提唱、質疑応答という差定(さじょう=時間割)です。老師の提唱後、お茶とお菓子
『自分は無く、 ただ声だけがあった――女性参禅初心者の体験』の画像

いわゆる坐禅は、習禅にはあらず。ただこれ安楽の法門なり。 いわゆる坐禅は、習禅にはあらず(坐禅は)「習禅には非ず」いつもその一回こっきりで終わりです。坐禅は、積み重ねてだんだん上手になるような行をしているわけではない。もう一回さっきの音を聞きたいなんて無理で

六感の働きで学ぶ・六感の働きでいればよい純粋に耳の働きだけで学んで下さい。耳には人の聞き方はないんですよ。[どんな音でもその通りに聞こえる 人間の好き嫌いに関係なく聞こえる  自分の見解に合致することでも聞こえるし、自分とは反対の意見の発言でもそのとおり聞

今生きている事実から目をそらさないあれだけいろんなものを見てきたのに、今見えているものはこれだけだからね。これだけで十分だからね、どこへ行っても。そこへ行った時にそこへ行ったものがその通りに見えさえすれば、それで十分。どんなものでも、実物というのはたった

「事実」に触れるためには、実践してみる「本当に『事実』に触れると、今まで体験したことがないものだから、驚くんです」本当にこういうことの内容に触れたかったら、やってみるしかないんじゃないですかね。やらないで評価してみてもどうしようもないと思う。やったら自ず

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