悟った人は他人の喜怒哀楽の感情は理解できるのかー悟った人の生活・感情
今年2021年のGW中の井上貫道老師の新潟東山寺摂心は中止です
4月の井上貫道老師の東京での坐禅会は神田のみ実施、他は中止です

母が亡くなりました

何年か前のこと、母親がガンで亡くなりました。ちょうどお寺で接心が始まったので、葬儀の翌日、わたしは接心に行きました。(管理人の事です)
それまで毎回接心(攝心)には参加していたのですが、さすがにお通夜と葬儀の日には参加できませんでした。
接心参加した初日に早速独参に行きました。
内容はほぼ覚えていませんが、接心に遅れた理由として、母親の死の事を老師に告げました。
内容はほぼ覚えていませんが、接心に遅れた理由として、母親の死の事を老師に告げました。
今思い起こせば、お通夜や葬儀では涙は出しませんでした。
そしたら、突然悲しみがこみ上げてきて、老師の前で大声で泣いてしまいました。
老師は、その間ずっと無言で対座されています。
老師のお母様は、
老師が2歳の頃病死されたこと、
老師は流石に母親の面影も何も覚えておられないこと
を以前伺ったことがあります。
老師が2歳の頃病死されたこと、
老師は流石に母親の面影も何も覚えておられないこと
を以前伺ったことがあります。
しかし、その時は、私の悲しみと一緒に居てくださった、そのような感じがハッキリとありました。
葬儀でも涙を流さなかったのに、なぜ老師の前では声を出して泣いてしまったのかわかりません。
(老師はわたしの母はご存じないです)
お葬式の翌日でしたし、
この方の前ではどんな感情もさらけ出して良いと、心の奥では知っていたのかもしれません。
そして、静かになったわたしに一言、
「母親は一人しか居ないですからね」
「母親は一人しか居ないですからね」
それが母親の顔を知らないし思い出もない老師に言える正直な一言でした。
しかし、それは数々した独参中の老師の言葉で、最も印象的な言葉でした。
その後、自分の母のことに対して愚痴をこぼす人には、老師のその言葉をお借りして、
「でも、お母さんは一人しか居ないですからね」
「でも、お母さんは一人しか居ないですからね」
と、そのように言っています。
その中で一人、とても親孝行になった人がいます。
老師のことばの威力だと思っています。
⇒ 【質問】悟ると喜怒哀楽の感情はどうなるのですか? という記事を読む
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20代になって仏道にご縁をいただいたのも母親のお蔭だと思っています。
ちなみに、母親のガンについては発見した時にはもう手遅れだったこと、本人の希望があったことで、胃ろうも含み延命治療は一切しなかったです。
心臓マッサージも断りました(骨が折れて惨めな姿になるだけだから)。
病院には儲からない患者でした。
病院には儲からない患者でした。
しかし、最後までまったく苦しむこともなく安らかに逝きました。
ガンで苦しむのはガン自体ではなくて、がん治療のせいだということを聞いていましたが、母親の場合を見ていて本当にそうだったと思います。

安保 徹『人がガンになるたった2つの条件』 (講談社+α文庫)
日本のがん治療は諸外国に比べて相当遅れているようですよ。
新潟大学名誉教授だった安保徹博士は、
安保 徹『人がガンになるたった2つの条件』 (講談社+α文庫)
日本のがん治療は諸外国に比べて相当遅れているようですよ。
「「恒温動物である人間は一定の酸素と温度が必要だが、この二つの条件が得られないと生きにくくなる。その状態が続くと体はこれに適応できる細胞を新たに作り出す。それがガン細胞。ガンは低酸素、低体温に適応現象として現れるものに過ぎない。遺伝子や発がん物質などを持ち出さなくても自身の日常を振り返ればガンの原因が見えてくる。3大療法(手術、抗がん剤、放射線治療)に依存しなくても低酸素、低体温状態に陥った生活を見直していくことで治癒させることもできる。逆にそれをせずにガン細胞を取り除いたところでガンはなくならない。(中略)代替医療にはさまざまなものがあるが、成果をあげているものに共通しているのは体を温める効果があるもの」ー『人がガンになるたった2つの条件』
と述べています。
安保徹医師は、テレビにも出られたことがありましたが、影響が大きくなるにつれて、医学界やマスコミからは無視されるようになりました。
新潟大学大学院の名誉教授なのに、亡くなられた時は、訃報が一行も新聞に取り上げられませんでした。
マスコミが報じて、「薬を使わない医療」なんて注目されたら、お金儲け先行の医師も、製薬会社も、それで成り立つTVや新聞も困るからです。
医師も製薬会社も仕事ですから、儲けていいですよ。医業でも薬業でも、利益を取らないと生活できないし、病院も会社も潰れます。
新聞やTVも製薬メーカーが広告を出してくれなくなったら運営ができません。それは分かります。
でも、薬を使わないことを推奨する医師の意見も取り上げてもいいでしょう。
どこまでも貪ろうとするのを三毒-貪瞋痴の三毒というのです。
これが人間を誤らせます。
最近は、世の中が利益優先で動くのが、ちょっとひどくなっています。
しかも、外国の勢力が日本を侵していて、日本の会社でも資本は海外ということが大変多くなっています。
法律が不整備なのか、大多数の日本人の知らないところで、日本は侵攻されています。
表立って攻め入られていないように見えるだけで、実は中国や西洋の資本が攻めて来ています。
利益優先にしているものだから、断れないのです。
幼くして母を失い、發心された道元禅師
13分32秒のところで、道元禅師が如浄禅師に出会える前、出会った僧・寂円(のちに渡日)に「この国が大慧派に染まっているが、どの高僧(浙翁如啖(拙庵徳光の法嗣)など)も仏法の伝持者とは思えない」と言っておられます。
大慧宗杲(だいえそうこう)禅師は、「大悟十八度、小悟その数を知らず」と豪語した方ですが、道元禅師は、如浄禅師に師事して大悟ののち、その大慧宗杲禅師を厳しく非難しています。(悟りは一回のみとされています)
本当には悟っていなかったことを見破っておられたのです。(大慧宗杲禅師の語録を道元禅師は読んでそのように判断されたのです)
大慧宗杲禅師は臨済宗楊岐派の僧。
ちなみに、道元禅師が鎌倉行きの前に、弟子の孤雲懐奘禅師に嗣書を与え伝法しておられます。
孤雲懐奘禅師はこれより前に、日本達磨宗の覚晏禅師を奈良に訪ね禅に参じ印可証明を受けておられますが、道元禅師に会い、あらためて道元禅師の弟子となって修行されました。
覚晏禅師は日本達磨(だるま)宗の大日房能忍禅師に師事して法を嗣いでいます。
大日房能忍は、独学で悟り、書簡を通じて中国の拙庵徳光禅師(臨済宗)の印可証明を得ておられます、
拙庵徳光(中国)⇒大日能忍(以後日本)⇒覚晏⇒孤雲懐奘
(道元禅師が如浄禅師に出会う前、映画にもあるように浙翁如啖(せつおうにょたん 啖は正しくは王へんに炎)に相見し愕然としますが、この人は拙庵徳光の後嗣ぎの1人です)
この日本達磨宗(にほんだるましゅう)からは、徹通義介禅師(てっつうぎかいぜんじ 後の永平寺3代目住職)をリーダーとして何人もの僧侶が一度に道元禅師の会下となって、越前下向の際について行きます。
最終的には日本達磨宗からは数十人が道元禅師の会下(えか)となって修行したとされています。
天童如浄禅師(中国)⇒道元禅師(以後日本)⇒孤雲懐奘禅師⇒徹通義介禅師