伝光録 第八祖 仏陀難題尊者

伝光録 第八祖 仏陀難提尊者【機縁】(本則の物語)


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師(第8祖・仏陀難提尊者)は、迦摩羅国(カマラ国)の人である。姓はゴータマ氏(瞿曇ぐどん氏)である。頭の頂には(仏のような)肉髻(にくけい)があった。弁舌は優れて滞ることがなかった。

第7祖・婆須密多(バシュミッタ)尊者が、教化の旅をして迦摩羅国に至り、広く仏事を興した。

その時、師(仏陀難提)は、尊者の座の前において自らこう言った。
「私は名を仏陀難提といいます。今、師と論議をしたいのです」

尊者(婆須密多)は言った。
「あなたが論じたならば、それは真実の義(真理)ではない。真実の義とは、論じるものではない」と。


【拈提】(解説・説法)

真実の義と論について

実にそもそも、真実の義(真理)というものは、論じるべきものではない。真実の論というものもまた、義(理屈)を帯びていないものである。

ゆえに、論があって義があるというのは、これは真の義ではなく、真の論でもない。したがって、あえて言えば、もし論議しようとするならば、結局のところ義の論にはならないのである。

結局、言葉で表現できるような一つの法としての義はなく、一つの法としての論もない。しかも、仏に二種の言葉はない(仏の言葉は唯一真実である)。

ゆえに、仏の語を見ることは、仏の身を見ることである。仏の身を見ることは、仏の舌(説法)を実証することである。

言葉や概念による理解の限界

そうであれば、たとえ「心と対象は二つではない(心境不二)」と説いたとしても、なおこれは真実の論ではない。

たとえ「変化しないものである」と言ったとしても、なおこれは真の義ではない。

ゆえに、「言葉で述べることはできず、理(ことわり)として現すこともできない」と言ったとしても、なおこれは義に通じているわけではない。

「本性はすなわち真であり、心はすなわち正しい」と説いたとしても、またこれは何という論であろうか(真実ではない)。

また、「認識の光と対象が共に消え去る」と言ったとしても、なおこれは真実の論ではない。「光と対象が共に消え去らない」としても、またこれは真の義ではない。


そうであれば、「客(賓)」と説き「主」と説き、「一」と説き「同」と説いたとしても、重ねて言うが、これらは義の論ではない。

ここに至って、文殊菩薩が(無言ではなく)少し説いたとしても、これは真実の言葉ではない。維摩居士が座って黙然としていたことも、またこれは義の論ではない。

ここに至っては、文殊でさえなお見誤り、維摩でさえなお言い誤る。

聖者たちの迷い

ましてや、智慧第一の舎利弗や、神通第一の目連尊者が、この義を見ようとしても、いまだ夢にさえ見ていないのである。

それはあたかも、生まれつきの盲人が物の色を見ることができないようなものである。

しかも仏は言われた、「仏性は、声聞(しょうもん)や縁覚(えんがく)(小乗の修行者)の夢にさえいまだ知ることのないところである」と。

(『大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)』如来性品にこうある。「善男子よ、このような仏性は、ただ仏のみがよく知っておられる。諸々の声聞や縁覚の及ぶところではない」)


十住の位にある菩薩でさえ、なお遠くに鶴を見て、「これは水だろうか、これは鶴だろうか」と見誤るようなものである。しばらく推し量り考えて、ようやく「これは鶴だ」と見たとしても、なおこれは決定的な見解ではない。

(同経同品にこうある。「善男子よ、譬えば喉が渇いた人が荒野を行くとき、この人は迷い悶えて、これが水か木かを見分けることができない。諦らかに観ることをやめなければ、すなわち白鶴および木々であることが見えるようなものである。善男子よ、十住の菩薩が、如来の性(仏性)について少分を知見することも、またこれと同じである」)


しかし、十住の菩薩は、なお仏性を見ることが明瞭ではない。

(同経同品にこうある。「十住の菩薩は自分の身において、如来の性を見るといっても、またこのように大いに明瞭というわけではない」)


けれども、少し如来の説法によって、自性があることを知て、歓喜してこう言うのである。
「私は無量劫という長い間、生死の間を流転して、この常住(不変の真理)があることを弁えなかったのは、無我説のために惑わされていたからである」と。

(同経同品にこうある。「十住の菩薩は、なおいまだあらゆる仏性を見ることができない。如来が説いて、そこで初めて少し見る。これで菩薩摩訶薩はすでに見ることを得る。すでに皆、この言葉をなす。『甚だ奇なるかな世尊よ、我らは無量の生死に流転して、常に無我のために惑乱させられていた』と」)

   十住の菩薩とは


修行における真の探求

392洞山良价禅師川を渡る
川を渡ろうとする修行時代の洞山良价禅師
川面に映る自分の姿を見て大悟



しかしながら、見聞を絶し、身心を忘れ、迷悟を避け、染浄(汚れと清らかさ)を離れたといっても、この義を見ることは夢にもまた得ることはできない。

ゆえに、空中に向かって求めてはならない。色(物質・現象)の中に求めてはならない。ましてや仏に求め、祖師に求めてよいだろうか。

しかるに、諸々の仁者(修行者たち)よ。遠い昔(曠大劫)より以来、今日に至るまで、幾回生死を経歴し、幾回身心を起こしては滅してきたことか。

あるいは思うかもしれない、「この生死の去来は、夢幻であり妄想である」と。実に笑うべきことである。これは何という説話か。

そもそも、生死去来する者などあるのか。何を真実の人体と言い、何を夢幻妄想と言うのか。
ゆえに、虚妄とも理解してはならず、真実とも理解してはならない。

もし虚妄と理解し、真実と理解すれば、ここに至って始終正しくない(不是)となる。

ゆえに、この一段の大事を、詳細に必ず参徹(究明)して、初めて得られるのである。

誤って「空」を想定したり「正」を想定したりして、それで安座する場所と思ってはならない。

たとえ、平坦な水のごとく、清潔で清浄であると明らかにして、虚空に染浄がないような境地だと言ったとしても、とうてい未だこの処を明らかに得てはいないのである。


洞山大師の悟りと偈

洞山和尚[39代・洞山良价とうざんりょうかい禅師zenji ]は、雲巌和尚[38代・雲厳曇晟うんがんどんじょう禅師zenji ]に参じて、たちまち万法と同参し、全身で説法するという境地に至ったといっても、なお不十分なことがあった。

これによって雲巌うんがん は重ねて慰めて言った。「この事を承当(納得・体得)するには、詳細にしなければならない」と。

これによって疑いがなお残ることがあり、しばらく雲巌うんがん のもとを辞して他所へ行ったが、川を渡る時、自分の影を見て、速やかにこの事を得て(悟って)、偈 げ(詩)を説いて言った。

「切に忌む、他(ほか)に随って覓(もと)むることを。(他人に求めてはいけない)
迢迢(はるばる)として我と疎(そ)なり。(他人に求めると、真理は自分とはるかに疎遠になる)
我今独り往く、処処に渠(かれ)に逢う。(私は今一人で行くが、至る所で彼(真の自己)に出逢う)
渠(かれ)今正に是れ我、我今是れ渠に非ず。(彼は今まさに私であるが、今の私は彼ではない)
応(まさ)に須(すべ)からく急(かく)の如く会(え)して、方(はじ)めて如如に契(かな)うを得べし。(まさにこのように理解して、初めて真理に契合できるのである)」


このように理解して、ついに雲巌の正統な後継者として洞山宗(曹洞宗)の根本となったのである。
しかも、「全身説法」を理解するのみではない。露柱(柱)や燈籠(とうろう)も塵塵(ちり)もそうであり、刹刹(あらゆる刹那せつな・場所)もそうであり、法の途(みち)もそうである。

三世一切(さんぜいっさい)の説を理解したと言っても、なお至らない処があって慰められたのである。


※ ⇒34代・大鑑慧能禅師(中国第六祖)⇒35代・青原行思禅師⇒36代・石頭希遷禅師⇒37代・薬山惟儼禅師⇒38代・雲厳曇晟禅師⇒39代・洞山良价禅師⇒……⇒52代・道元禅師

安易な「あるがまま」への批判

392洞山良价禅師黒衣と袈裟
ましてや、今時の人の知見の中で理解して、「心がこれ仏である」と理解し、「身がこれ仏である」と理解し、あるいは仏道がいかなるものであるとも理解せず、ただ春に花が開くのを見、秋に葉が散るのを見て、「法は法位に住す(自然のままが仏法だ)」などと思うことなど、これ笑うに堪えたものである(笑止千万である)。


もし仏法がそのような(単なる自然現象の肯定)ならば、どうして釈迦が世に出現し、達磨が西から来たりしただろうか。


しかるに、上の釈尊より、中国(唐土)以来の祖師たち、仏祖の位の中に区別はない。誰が大悟しなかっただろうか(皆、大悟したのである)。


人がそれぞれ、文字に依って義を解釈し、それをもって義とし論とするならば、どれほどの仏祖がいることになろうか(いや、それでは本物の仏祖ではない)。


ゆえに、彼(文字による解釈)を投げ捨てて、この処を参徹して、自ら仏祖となることを得よ。


大悟大徹しなければ 祖師とは言えない

ゆえに、祖師の機縁は、特に大悟大徹しなければ、その人(真の祖師)ではない。

ゆえに、純粋で清らかで一点の曇りもない境地(純清絶点)にも住まらず、虚空のように明白な境地にも住まない。


ゆえに船子[せんす]和尚は言った。

「直ちに須らく、身を蔵す処に跡なく、跡なき処に、身を蔵すことなかるべし(身を隠す場所に痕跡を残さず、痕跡のない場所にも身を隠して安住してはいけない)」と。

「私は三十年薬山(やくさん)にいて、ただこの事を明らかにした。純清絶点は、身を蔵す処ではない」と。
「光と境(対象)が共に消え去る」と言っても、なおこの処に身を隠してはならないと言うのである。

さらに「古今」と説くべき場所もなく、「迷悟」と論ずべきこともない。
急ぎその敷居(境界)を参徹する時、十方に壁はなく、四面にまた門もない。処々で脱落して、自ら露わになり清浄である。

ゆえに、大いに須らく詳細に参究すべきである。粗忽であってはならない。

今朝、この因縁を説き明かそうとして、拙い頌(詩)がある。聞くことを要する(聞いてほしい)。

(原文は省略しました🙏)


※ 船子[せんす]和尚=船子徳誠(せんすとくじょう)は薬山惟儼(やくさんいげん)の法嗣(弟子)です。
34代・大鑑慧能禅師(中国第六祖)⇒35代・青原行思(せいげんぎょうし)禅師⇒36代・石頭希遷(せきとうきせん)禅師
⇒37代・薬山惟儼禅師⇒38代・船子徳誠禅師⇒39代・夾山善会禅師⇒

船子は薬山惟儼(やくさんいげん)禅師のもとで修行し、悟りを開いた後、師の許可を得て各地を遊歴しました。


悟りを開いた後、彼は華亭(現在の中国・浙江省)で船頭となり、船の上で禅を伝えるという独特の方法を選びました。そこで弟子の夾山善会(かっさん・ぜんね)を接化し、大悟させたことで知られています。



伝光録原文省略


第一祖 摩訶迦葉尊者からの本文の古文体も順次現代語訳して行きます   あとは中国の祖師をいたします。
 伝光録現代語訳 首章 釈迦牟尼如来の巻 はこちら


毎月実施の伝光録ZOOM配信では、このあと(上の本文を読んだ後)井上貫道老師の師の玄魯義衍老師の『無相傳光録』を提唱されます。



伝光録仏陀難提尊者の巻 井上義衍老師の提唱

昭和の老古仏とされる 井上義衍老師の提唱 『無相傳光録』本文より

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↑ 『無相傳光録』著者 玄魯義衍老師 (1894-1981)

「然も見聞を絶し身心を忘じ、迷悟を避け」迷悟を避けるというんですから、迷悟を超えることですね。それから、「染浄を離れたりと云えども、此義を見ること夢にも又見ること得ず」とあります。


どういうことを言うているかといったら、人間にきれいなもの、汚いものという感じがあれそういうふうな観念に向かって、ものに向かって汚いと感じないようになる。きれいなものに執着しないような気持ちになろうと思っている。それを訓練しているんです。


たいてい、みなそれをやる。修行いうたらそうです、それが先に話をした声聞縁覚(しょうもんえんがく)という人のやった修行です。



それが出来てみたところで、それはそれだけのものです。よう出来ましたナアというだけです。

一方から言うたら結構な話です、世の中ヘ出て、そういうようなきれいなことをすれば、人が喜ぶからやりなさいと言うだけです。救いにも何にも本当にならん。


「況や仏に求め祖に求めんや」これも否定している。皆んな仏に教えられるとか、祖師が教えてくれる言いますか、それで祖師に求めようとする、仏に求めようとする。つまらん話しです。

ところが、あの人たちは、ただ、自分が法のとおりに、教えられたとおりのことをやったら、そうなったいうだけです。そうじゃなしに、そういう教えらしいものを身につけて、そして訓練をして、それを習慣づけようとした。そんなことをやつたつてつまらん。それは、のりではったようなものです。雨が降ればいっべんに溶けて落ちてしまう。

それだから、十年も二十年も修行した言うたって、 一念ハテナ?と言うて、一念疑いがおきたら、二十年いっぺんに吹き飛んだ、何もならん。今度は迷いの種です。自殺したくなる程気が遠くなるでしよ。

こんなに苦労して、三十年もかかって研究して、いいと思ったら、どうにもならん。それで、これから今からやる言うたら、大変なことになる、どうしようもない。死んだほうがいいということもおきてくる。そんなもんでしょう。



「故に比一段の事、子細に須く参徹して始て得ん」本当にやってごらんなさい。
「謾(みだ)りに空を擬し」空というものを尊んでみたり、声聞(しょうもん)言うから、正しいというものを表準にして、人間的に正しいと思うものを、一生懸命正しくやっていこうとする、そんなことで救われるもんじやないんです。

仏法というのは、そういうつまらんことを教えるんじやない。「擬して、以て恁麼(いんも)の処と思うこと勿れ」斯様なところを本当のものだと思うまいぞ。

「設い平坦の水の如く」今度は平坦なです、気持ちがこう落ち着いて、そして、極めて浄潔な気持ちで、清浄なりと、自分を無いものにしようとする。

小乗仏教では涅槃に入るというのはそうです。身心ともにこう滅してしまうというか。そういうふうに一切の思い方というものをただ停止したような状態ヽあまり思いがこう頭を上げんようになる。

その程度で清浄になった思うても、皆なだめなんです。

朝皆なの起きないうちに便所の掃除を一生懸命やって、そういうふうなことを一生懸命やりながら、無我の道理やいろいろなものをこう考えて、それで、それらしいことをやつて、いかにも仏法を知ったらしいことを言う。それは外道(げどう)の見です。

きれいにするな、ということじやないんですよ。
そんなことが仏道のように思い込んで誤まりを起こしやすい。


―井上義衍『無相傳光録』pp.130 ff.


私が修行している時分に、今はどこかの郵便局長やっておるそうですけれども、飯田欓隠老師(いいだとういんろうし)のところで修行するのには、本当に愚にならにやいかんと言うて、愚という言葉を受け損ねた。

受け損ねて、毎日ボカーッとして愚人のような態度です。寝ても覚めても何をするいうても、ふら― つとしてそんなことばつかりやつておった人がありました。

そんなことをして、自分で愚かしい愚かしいと考えて、愚からしく自分を放り投げてやっとってみても、そんなことは作つてやっているんです。考えを。
愚のようになければ嘘だと言うから、そうしよう思ってやってるだけ。何もならん。

―井上義衍『無相傳光録』p.130



無相伝光録提唱ー井上貫道老師  をZOOMでオンライン配信しています


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↑ 『無相傳光録』著者 第86代・玄魯義衍老師 (1894-1981)

↓   第87代・魯山貫道老師
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井上貫道老師の提唱の抄はライブ終了後にここに掲載予定です

『無相傳光録(瑩山けいざん禅師)』提唱 by井上貫道老師 の
ZOOMライブ配信・録画配信(毎月)のお知らせ

このブログ初めてやって来た方もご参加下さい【初心者歓迎 参加資格不要】

鎌倉時代に出現した悟りの継承者・瑩山禅師Keizan Zenji の提唱録に『伝光録』と言う貴重な禅籍があります。
それには、仏道を釈尊からインド、中国、日本へと伝えてきた歴代の祖師方53代(下記)までの伝記やエピソード、悟りに至る機縁が記されており、深い学びの機会となっています。


釈迦牟尼如来⇒2代・摩訶迦葉尊者⇒……⇒28代・般若多羅尊者⇒29代・菩提達磨大師⇒30代・二祖慧可大師⇒……⇒33代・大満弘忍禅師⇒34代・大鑑慧能禅師(中国第六祖)⇒35代・青原行思禅師⇒36代・石頭希遷禅師⇒37代・薬山惟儼禅師⇒38代・雲厳曇晟禅師⇒39代・洞山良价禅師⇒……⇒51代・天童如浄禅師⇒52代・永平道元禅師⇒53代・孤雲懐奘禅師(伝光録はここまで)⇒……⇒55代・瑩山紹瑾禅師⇒56代・明峰素哲禅師⇒……⇒86代・玄魯義衍老師⇒87代・井上魯山貫道老師


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