喝(カーツ)と言われて耳が3日間聞こえなくなった―百丈懐海禅師

百丈懐海禅師

【原文】

「我当時被馬祖一喝直得三日耳聾」

「我れ当時(そのかみ)、馬祖に一喝いっかつせられて、直じきに三日耳聾(みみろう)するを得たる」―百丈懐海(ひゃくじょうえかい)禅師が弟子の黄檗希運(おうばくきうん)禅師に語ったことば


老僧昔再蒙馬大師一喝直得三日耳聾眼黒」とも

    (景徳傳燈録第六など) 「百丈再参」

3日間も耳が聞こえなかった訳とは―松本自證師

「馬祖さんは、何を聞かれても「喝」カーツ!で、事実を示されていたそうです。

お弟子の百丈さんが、馬祖さんとの問答で、「喝」カーツ!と言われて、3日間耳が聞こえなかったそうです。

皆さんもハッキリする[=悟る]と、それがどういうことか分かります。」―松本自證師


特に大声であったわけではないと。

「喝」の中国語での発音はこちら

※ハッキリする=「悟る」「決着がつく」と同義



松本自證師の「悟った後のことは悟る前は決して分からない」という記事を読む

松本自證師
の 「悟後の修行はない」 という記事を読む

松本自證師の「悟りとは何か・悟りの障害物とは」という記事を読む


在家で悟りを開いた現代人:松本自證師 という記事を読む



◯ 松本自證師のサイト(ホームページ)はこちらへ
 遠方で東京や関西に行けない方、スケジュールが合わない方は、パソコンやスマホを使ってのオンラインでの指導もされています

◯ 松本自證師のネット坐禅(ZOOMオンライン坐禅)についてはこちらへ


matsumotojishoshitowaz_withexplanation


kandoroshji_shizuokajoho



以下は付録です

馬祖道一禅師と百丈懐海禅師

馬祖道一(どういつ)禅師709-788 この禅師(ぜんじ)によって江西地方に禅が一挙に広まった。馬祖の法嗣は百丈懐海や南泉普願(趙州(じょうしゅう)和尚の師)など88人。


百丈懐海禅師749-814 この禅師までは禅宗僧侶は律院※に寄寓していたが、この禅師が初めて禅院(禅宗の寺院)を開いたとされる。 
高齢なので弟子が老師の畑の道具を隠したところ、
一日不作、一日不食 「一日作(な)さざれば一日食らわず」と言って、作務をしない日は食事を摂らなかった。

『百丈清規ひゃくじょうしんぎ』を制定して禅門の規範を定めた。

二人とも、中国の唐の時代(618-907)の祖師。

※律院とは、律宗の寺院。 当時はまだ禅宗の寺院というのがなかったので、律宗寺院に身を寄せていた。

山仕事をしていて悟られた慧能さん、のちの六祖大師の法系

<<伝燈の系譜>>
六祖大鑑慧能禅師⇒南嶽(なんがく)懐譲禅師⇒馬祖道一禅師⇒百丈懐海(えかい)禅師⇒黄檗希運(おうばくきうん)禅師⇒臨済義玄禅師

六祖大鑑慧能禅師⇒青原行思禅師⇒石頭希遷禅師⇒薬山惟儼(いげん)禅師⇒雲巌曇晟(うんがんどんじょう)禅師⇒洞山良价(とうざんりょうかい)禅師

ちなみに、百丈禅師の法孫の臨済禅師が事実を挙すのに、「喝」を用いた。馬祖大師の喝より有名になってしまった。

曹洞宗の語源は、六祖大師の曹溪山の「曹」と洞山良价禅師の「洞」から来るとされている。