自己は消え、老師の声が聞こえるのみ――貫道老師坐禅会参加が2回目のある女性の体験



井上貫道老師のある坐禅会のことです。

午前中坐禅を3炷(ちゅう)、それから斎座(さいざ=昼食)、午後坐禅1炷、提唱、質疑応答という差定(さじょう=時間割)です。


老師の提唱後、お茶とお菓子をいただきながらの質疑応答で、
女性が発言されました。


「今日は、2回目の参加です。

前回、初めて参加した時に、司会の方が、提唱の聞き方として、
「メモを取らずにただ聞いてください※」と言われたので、
今日もそうしていました。

そしたら、老師の提唱中に、自分がなくなっていました。

自分がなく、ただ声だけが聞こえるのです。


なるほど、だから、メモを取らないほうが良いのかということが分かりました。」




※この坐禅会では、司会の方が最初にこう言われています。

「提唱の聞き方です。
ただ聞いてください。

普通の学習方法とは違います。 

zazenjosei2toblack_FotoSketcherメモも取りません。

メモを取るというのは、自分の気に入った言葉をメモするだけでしょう?
これは気にいる、これはそうでないと区別するのでしょう?


しかも、メモをしている間は、お話を聞いていませんし。


だから、

ただ聞いて下さい。


そのことがそのようにあるだけですから。」



井上貫道老師が坐禅の仕方として以下のように言われています。

 

「観察しないこと、

眺めないこと、

事実にいるだけ。

見る人がいなくなって事実だけになります。

そうやって座ってください。」 ――井上貫道老師


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上記の女性の方は、老師の提唱中でしたが、素直に参禅されていて、
まさに、聞く人がいなくなって、事実だけになられたのです。

*提唱 (ていしょう) とは、悟りの体験者が、実物そのものを見せること 
講義や解説ではない
自分のことを明らかにした仏道の人が、
事実を
各自の自分自身の様子( その場にいる参禅者自身の自分の様子 ) がどうなっているか
ということを直截に指し示すこと




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【投稿後記】
ここに記載した・これから掲載する参禅者体験は、1年を経過しているものを選んで投稿しています。
投稿者は、インタビュアーやレポーターではありませんので、その後、その人がどのように修行されているかは知りませんし、その後の修行をインタビューしていません。