坐禅の仕方と悟り,見性,身心脱落:井上貫道老師の庵 まとめブログ

Dharma Talks of an Enlightened Japanese Zen Master Kando Inoue Roshi 井上貫道老師が、悟りを体現された経験から坐禅の方法や仏道について語られたものを掲載しています web上に散見される井上貫道老師のことばも引用掲載し、まとめブログとしました ( これは参禅者によるブログであり、公式サイトではありません ) このブログが正師への参禅のきっかけになりますように

タグ:曹洞宗坐禅

自己は消え、老師の声が聞こえるのみ――貫道老師坐禅会参加が2回目のある女性の体験



井上貫道老師のある坐禅会のことです。

午前中坐禅を3炷(ちゅう)、それから斎座(さいざ=昼食)、午後坐禅1炷、提唱、質疑応答という差定(さじょう=時間割)です。


老師の提唱後、お茶とお菓子をいただきながらの質疑応答で、
女性が発言されました。


「今日は、2回目の参加です。

前回、初めて参加した時に、司会の方が、提唱の聞き方として、
「メモを取らずにただ聞いてください※」と言われたので、
今日もそうしていました。

そしたら、老師の提唱中に、自分がなくなっていました。

自分がなく、ただ声だけが聞こえるのです。


なるほど、だから、メモを取らないほうが良いのかということが分かりました。」




※この坐禅会では、司会の方が最初にこう言われています。

「提唱の聞き方です。
ただ聞いてください。

普通の学習方法とは違います。 

zazenjosei2toblack_FotoSketcherメモも取りません。

メモを取るというのは、自分の気に入った言葉をメモするだけでしょう?
これは気にいる、これはそうでないと区別するのでしょう?


しかも、メモをしている間は、お話を聞いていませんし。


だから、

ただ聞いて下さい。


そのことがそのようにあるだけですから。」



井上貫道老師が坐禅の仕方として以下のように言われています。

 

「観察しないこと、

眺めないこと、

事実にいるだけ。

見る人がいなくなって事実だけになります。

そうやって座ってください。」 ――井上貫道老師


井上貫道老師による坐禅の仕方・坐禅の方法はこちら  
← クリックして下さい


 
上記の女性の方は、老師の提唱中でしたが、素直に参禅されていて、
まさに、聞く人がいなくなって、事実だけになられたのです。

*提唱 (ていしょう) とは、悟りの体験者が、実物そのものを見せること 
講義や解説ではない
自分のことを明らかにした仏道の人が、
事実を
各自の自分自身の様子( その場にいる参禅者自身の自分の様子 ) がどうなっているか
ということを直截に指し示すこと




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【投稿後記】
ここに記載した・これから掲載する参禅者体験は、1年を経過しているものを選んで投稿しています。
投稿者は、インタビュアーやレポーターではありませんので、その後、その人がどのように修行されているかは知りませんし、その後の修行をインタビューしていません。

仏道は理想を追求することではない
仏道は人間が描く理想とは関係がない




▶多くの人が、坐禅中においてさえ、理想を求める境地を頭で探しています。

それは一見坐禅らしく見えますが、真実から外れています。

ー井上貫道老師 



risokyoheart●人間が理想を画(えが)いていると、いかにも立派そうなんですけれども、

それが迷いの根源なんです。

それを人類ことごとく知らんのです。(井上義衍老師)



●人間の考え方が、どんなに立派な考えでも、それは、

その人間、その人の考え方なんです。(井上義衍老師)





Q.
「貪」「瞋」「痴」の中で一番大事なのは何ですか?

A.
大事というより…言ってみれば不要なものでしょうね。

Q.
一番それを破りやすいのは「瞋」(怒り)でしょうか?

A.
いや、一番破りやすいのは「痴」、ものが分からないということでしょう。
だから貪りや怒りが出るんですね。
なんで貪ってるか、なんで怒りが出るか分からないから、いくら抑えても取れない。

それは普通の教えだから。人間の考えた上の話だから。
いくらそれをやっても、努力してもすぐにだめになるね。

それは仏教の教えではないな。

いわゆる倫理道徳の世界ですね。

それを要らないとは言いません。




Q.
分かるようにするにはどうすれば?


A.
こうやって生活している時の、自分のありように目を向けることです。

それは本当に「平常心」と呼ばれる、常日頃生活している中に答えがある。
 

簡単に言うと、たとえば、いきなり出会った人に対して先入観がないってことがあるでしょ。
先入観を持てない。

先入観がない時には、余分なことが自分の中から起きてこないでしょ。


だから腹が立たないし、もっとどうかしてほしいとかいうことも思わないし、触れたままのことがはっきりしてます。


そういうのをみなさんが日常毎日、本当はきちんとやってることでしょ。


初めて触れることばっかりでしょ、本当は。



でも、初めて触れるってことがどういうことか知らないから、
「また会いましたね」っていうことになってる。

「初めて」ってことを見ていません。


今こうしてこうやって動いていること自体が今初めてのことなんですね、本当は。

生きてるってことは、一度も経験したことのないことをやってるんです。


お湯呑みを持つにしたって、今まで持ったことないわけです。
 
初めて今こうやって持ったんです、この持ち方はね。
 

前も持ったことあるかもしれないけど、この持ち方、触れ方は今初めてやったんです。

この味も、何回もお茶を飲んだことあるかもしれないけど、この味は今初めてなんですね。


初めての時には、今言ったように、先入観がないんです、入れたくても。


そういう自分の動きを見てみると、貪りも起きていない。

そのままの味をそのままいただいて、それ以上欲しいともなんともなく、この味だけで足りてる。

だから腹も立たないでしょ。
はっきりしてるでしょ。


そうやって修行するんです。
 
それが仏道の修行です。



全然違いますね、だから。



Q.
そういうものは、出家して大きなお寺などで修行していると、自然に身に付くのですか?

A.
それは違います。

zazenshisenwitheyesopenshalftone
修行しなくても、誰しも初めっからこうなんです。

だから大事なんです。
修行した人たちだけが出来る教えでは役に立たないんです。

もう、はなっから。みなさんに用が無いじゃないですか。

修行してないんだから。

そうじゃない。

誰でも最初からちゃんと出来ていることなんです。


出来ていることなんだけれども、知らずにいるから、それを自分で、なるほどと自覚をしてほしいんです。


自覚をするためにはほっとけないから、必ず自分で修行をせざるを得ない。


どういう修行をするかっていったら、自分自身の今の様子に目を向けて、それをきちっと見極める。


自覚をするっていうことは他の人では出来ませんから、
否応なしに自分でやるしかない。




こういうように修行が約束されていくわけです。他人から勧められるわけじゃなくて。


     (略)

本当に、誰でもがそういうふうにきちっと出来てることがある。

それを釈迦って人は自分で見届けたから、実行して、
人にも伝えて、人が育って、
何千年も絶えずに来ているんです。
 

だから根本的に違うんですよ。



このようにコオロギが泣いているでしょ。

修行した人だけが聞こえますか?

 
修行してない人でもこのとおり聞こえるでしょ。
 

そのことが修行の根幹なんです。

ひとつも人を騙さない、迷わせない。
 

ちゃんとあのとおり鳴いている。


でも自分の中に受け取り方っていう、考え方や、今まで育ててきた物の見方があって、
そういうものを通して聞くようになると、
「あれはミミズが鳴いているんじゃないか」って言うと、
「いや、そんなことはない」って、誰でも言うでしょ。

学問があるから。
そうやって、必ずなってる。


だけど、あの鳴いている声に対しては、どんな表現をしても変わらないんです。
本当は。


でも言葉を変えて言うと言葉の上で問題が起きる。
 

要するに、聞いていることに用の無い人が、
考え方の上で問題が起きて、その考えの上で問題が起きると、
それをお互いが「正しい」「正しくない」ってやってるだけで、
本当のものを見る力をすぐ忘れちゃう。



それはもう修行にならないですね。

修行ってそういうことじゃないですね。


そこが、たぶん、一番伝わっていない。


だから、せっかく坐禅しても、ほとんどの場合「ちょっと気持ちよかった」程度で終わっちゃう。

     (略)

昔から、人が育つのは、この禅会のように、一握りの人が集まってやってるようなところです。

誰からも権力的に支配されずにやれるからね、独自に。


だから、皆さんが自分で情報を探し、検索し、いい指導者を探すしかない。

買い物と同じようにね。
 
自己責任です。


昔からそうです。
 
いろんなところを旅し、話をし、この人に教えてもらいたい、とそこに逗留し、修行してたんですね。 諸方行脚。


今は人の噂だけでやってる人が多いからね。

自分で実際に行ってやってみないとつまらないね。

昔より簡単に指導者を探して行けるのにね。
そういう時代になればなるほど、軽率にものを扱ってるかなあ。
 



「坐禅が進んで、内も外もなくなった人がいます

こうなると人生観が変わりますよ」

[ これが悟りだと言われているのではありません 念のため ]
ー(2014年夏の緑陰接心の提唱:接心3日目)井上貫道老師
 

(このブログは実践を前提に書かれています

更新がなくても、
今までの過去記事を
一番上のメニュー(スマホの場合はカテゴリー)から、
じっくりと学んでいただければ幸いです)




● 一般には、この身を境界として、自分と自分以外に分けて考えていますね。
 
いわゆる自分も、自分以外の世界も、自己と言います。






niwa
● この身だけが自分の様子ではありませんよ。

何から何まですべてが自分の様子です。









● 本当は目、耳と区切ることはできないんです。

これら全部が自分の様子、全体です。






● 大抵の人は、自分に入ってきたものを、あとから眺めているんです。

だから満足できないんです。




● 「音、音、音」じゃないですよ。「ザワザワザワザワ・・・」、これだけですよ。

「ザワザワザワザワ・・・」、これこそが本当の受け身というんでしょうね。




● 坐禅をどうしたらよいか知らないもんだから、
坐禅して少し心が静まってくると、すぐに居眠り坐禅してしまうんだね。

長年参禅している人は、たいてい寝ていますね。
10年、20年坐禅している人は皆そう。

寝ることは坐禅とは言いません。




● 専門家に坐禅を指導すると、

「今日は、よく坐れました(=よく坐禅出来ました)」

とか

「今日はあっという間に坐禅が済んだ」

とか感想を述べますけど、そんな程度なんだね、専門家でも。


そういうのは坐禅とは言いません
[ 専門家に対する批判ではなくて、坐禅会のわたしたちも、そうじゃないですか? と言われているのです ]





● 道元禅師の『普勧坐禅儀』に則って坐禅することが不可欠なんです。
   普勧坐禅儀 ふかんざぜんぎ

 http://zazen.blog.jp/archives/cat_958258.html
にて学んで下さい




Q.
普段から修行や正しい行いを続けて行こうと思うのですが、なかなか忙しくて難しいです。
継続していくのが大変だなと思います。

A.
考え方として申し上げるならば、こうやれば楽になるんじゃないですか -- 
 
つまり、これからずーっとそういうことが出来るかと考える必要がない。
 
今、きちっと出来さえすれば。ただそれだけなんですね。


人間て不思議ですね。
 
こういう状況がずーっと続かないといけないって思っている。
 
でも実際は、今のこの状況が続くなんてことではなく、
いつも今のこれがきちっとできるかということだけです。
 
今日一日出来るかしら、なんて、そんな長いことは考えない。
 

今やってることがちゃんとそこで出来ればそれでいい。


こういう話をすると、「今、今、今って、そんなことだけやってるのは、たまらん」という人がいる。 

考え方だとそうなっちゃう。

「これ飲んだらこれだけ」「これ食べたらこれだけ」なんて、
それは考え方。


普通、
これ飲んだら、自ずからこれを飲んでいる時だけの様子になるし、
食べたら食べた時だけの様子に、必ずなっているんです。

心配ない。






Q.
坐禅をすると、わーっといろんなことが出てくるんです。

A.
実際には普段から出ているんです。

でも普段はいろんなことで気が紛れているから、出ていることに気がつかないだけです。


坐禅をしていると他のことが収まるから、
いろんなことが出ていることに気づくだけです。


その出ていることを抑えようとするのは、かえって心を騒がしていることになるでしょ。

だって、出てきてしまったものをあとから無くそう無くそうとしているわけだから。


出てきてしまったものはどうしようもないのに。
 


そうではなく、
出たものを出たままに、何も手を付けずにいれば、
全然心を煩わさないよね。

これが本当の「心静か」ってことです。





● 仏道修行は、
今ここ で修行します。

「今」というと、「この瞬間だ」と言って、
「イマッ!」と切り出そうとしますが、
今はそんな風になっていませんね。





● 本当に「今の様子」それだけを見ている時は、それだけだっていうことも分からないはずです。
 
だって、「これが今の様子か」なんて余分なことが出てくる余地がないんだから。





● 修行は「思い」ではないんです。

「こうやればいいんだ」って方程式を立てておいて、それに沿ってやることではないです。




● 参禅は、「今の自分自身の様子」に参じることです。

そのために見聞覚知の六根を開放するのです。




● 五官にまかせる とか 六根を開放するって、
見えること、聞こえることを 観察するんじゃないですよ。
観察する自分などいないのですから。

「見ている」「聞いている」って風じゃないです。

だれかが言いましたね。
「主なくて見聞覚知する人を、いき仏とは是をいふなり」

 [至道無難禅師しどうぶなんぜんじ:白隠禅師の師の正受老人の師]





● 坐禅を◯◯の方法で10年やって来ましたという人がいたら、
10年やってどうなったのですか?
と尋ねてみてください。





●概念だけを取り上げているんです、実物じゃなく。

それが人間の世界です。


実物があるにも関わらず、実物の話をしないんです。


仏道ってのは実物です、
扱うのは。


実物は私には必要ない、って人はいないですね。



宗派に関係ない。
宗教に関係ない。

こういうものが仏道なんです。


  この記事のタイトル中:内外打成一片 ないげだいじょういっぺん と読みます
 

今日、昔の人のように本当に大悟などできるものかという人が多いけど、これはうそです。

 
絶対にそういうことはない。
今日の人だって、必ずできるということです。
 

ただ、そういうことのあることを信じない。
 

それですから、せつかく坐禅儀などに方法も手段も説いてあっても、
それをただ理解するだけであって、
本当にやらんから分からん。


それだから、その体験がないから多数決でもって、
そんなことが今日の人にできるもんか、
と片付けたくなる。

 
もし本当に今日の人にできなんだら、経論みな焼き捨てにやならんです。

教えんでもいいんです。


こんなことが本当にあります、というたって、
今日説明として残っているだけで、
事実がないようならうそをついている。
そういうことになるでしょ。

そういう面で大いに考えなければならんところです。


―井上義衍老師 (井上貫道老師の師) 
(井上義衍『無相伝光録』p.41-42)

井上義衍老師とは→
こちら 






以下は井上貫道老師『正法眼蔵』提唱から


seiun気付かない限り[悟らない限り]、人間は本当にはケリがつかない。

毛筋ほどの疑いであっても必ず残る。


そういうものが残ると表現しきれない。


そのために生ずる
「悟りなどどうでもいい・必要ない・ないのが本当だ.あったら嘘だ」
というようなご意見は、もう一度考えて欲しいのですね。


悟りの正体を見届けた上でのお話として扱ってもらいたい。



一度も食べたことのない人が
「どうでもいい」とか「必要がない」とか「そんな味がするわけがない」とか、
もしそういう評価をしたらおかしいじゃないですか。


少なくともそのものをお食べになって味わった人なら
「これは商品として大したことない」とか酷評をしても構わないじゃないですか、
その場合言われていることに何か真意がありますからね。



ちゃんと食べたなら、
なんで「悟りなどどうでもいい」というのか、
なんで「必要ない」というのか、
「悟りなんていうのはあったら嘘だ」となぜ言うのか、
ちゃんとした理由がある筈(はず)です。


だけど食べない前に、食べた事のあるような話をしたらおかしいです。


だからここの処は私たちも気をつけたいところですね。


ー井上貫道老師 『げんにーび』 (正法眼蔵現成公案提唱) p.89



悟りの様子もみんなに具わっているんだけれども、
自覚がない限りは誰も自分にそれがあると思っていないのです。

そんな素晴らしいことがあるとは思っていない。

ー井上貫道老師


 他の井上貫道老師『正法眼蔵』提唱は、こちらのブログにあります
 ⇒ 『正法眼蔵を学ぶ』

 

井上貫道老師の『正法眼蔵現成公案』提唱から


space

悟り体験をすれば、もう元には戻らないです

以後は、諸仏の過ごされた境涯というものをこの身体で楽しむことが出来るのです
   
―井上貫道老師




修行ということに関しては、一応悟ってしまえばもう関係はないと思っている人もおりますが、
とんでもない事だと思います。



悟るという事はですね、それで終わりというのではありませんで、二度と迷いの世界に戻れなくなるという事です。

例えば、分わかりやすくいうと、一度も来てもらったことのないこのお寺へ来てもらったら、もうその日からお寺に来なかった人にはならない。

どんなに騒いでみても、どんなにやってみても、もうお寺に来なかった前の人には戻らない。



それくらい悟りという事は人を迷わせない確かさがある、ということが悟りの大事な事ですね。



もし時間が経ったら忘れてしまうとか、元に戻ってしまうとかいうものだったら、尊ぶ所以(ゆえん)がないですね。


だから道元禅師が「一生の参学の大事おわりぬ」というような表現をしている。 参学の大事了



その体験をした事によって一応の決着がつきましたって、いうことですね。



それで私たちは見たこともなかった、行ったこともなかった悟りの世界に初めて足を踏み込んで、

諸仏方の過ごされた境涯というものをこの身体で楽しむことが出来るのです。



これで初めてそれが悟後の生活という事になるのかね。

ここら辺が楽しい処でしょう。

本当はこれをやってみたいわけですね。


そうじゃなければ、こういう祖師方の書かれたもの、残されたものを、
共に手を携(たずさ)え本当に参究して、
その味わいを味わうことはなかなかありませんね。



そういう人を作っていかないと仏法とかいうようなものがつまらなくなるんですね。
そうでしょ。

 

向こうの岸へ行ってないのに、こつちの岸から向こうの岸の話を一生懸命しているんですから、
こっちにみんな居るんでしょ。

お互いこっちに居るものどうしが、その中の人が向こう岸の話をした。

「お前行った事があるか」と言った時、「ない」といったらどうなるんですか?


(井上貫道『げんにーび』 (正法眼蔵現成公案提唱)p.181) 
 


☆井上貫道老師は悟りを開き、仏道を体得された方です。

厳しい修行を長年したとかではなくて、正師の指導による正しい修行によって、釈尊と同じ体験をして自己を明らめた、悟りを開いた、事実を見届けた方です。




井上貫道老師の坐禅会は、本来仏道修行や坐禅修行は、初心者、経験者、久参・古参、関係がありませんので、初心者歓迎です
従いまして、坐禅がまったく初めての方や今まで仏教を学んだことのない方でも参加が可能です。

 坐禅作法についてはこちらで予め練習しておいて下さい

☆掛川市少林寺(曹洞宗認可参禅道場)の井上貫道老師(前の住職)の坐禅会が全国であります。
これは各地の道心のある主催者が、貫道老師を拜請して行われている坐禅会です。

従いまして、それぞれに特色のある坐禅会・禅会となっています。



◇ 平成29年後半の井上貫道老師参禅会の予定
2017kohanschedule

















この一覧表で、金子 とは、下記詳細案内の「東新宿坐禅会」のことです。
◇ 平成29年前半の井上貫道老師参禅会の予定
       1月  2月  3月  4月  5月  6月
福昌寺    13   3   3   7  12   2
成願寺    14   4   4   8  13   3
健康寺子屋 14   4   4   8  13   3
新宿禅会   15   5   5   9  14   3
中日文化セン28  25  25  22  27  24
円通寺    28  25  25  22  27  24
神戸      29   ー   ー  23   ー   ー
京都      30                    24
大阪      ー   ー  23   ー   ー  22
りんごの会  19   9  16  13  18   8
静岡      19   9   ー  13  18   8
福王寺     8  12  12  16   7  11
弘誓寺    31  28  28  25  30  27
竜泉寺    27  24  24  28  26  30

11月27日(月)の京都の寺院での井上貫道老師対談は午後からです。
時間や申込方法など詳細は決まり次第 京都大阪神戸坐禅会のホームページに発表されます。

今年の全国日程と、以後の変更については、嵩山少林寺フェイスブックページをご覧ください。
上記一覧表発表以後も、時として変更のある場合があります。


また真剣な参禅者は全くの初心であっても、直接井上貫道老師に相見に行き、法を尋ねることができます(相見しょうけん=師家との面談のこと) 事前にアポイントを取ってからお会いに行ってください。
井上貫道老師  少林寺東堂老師(前の住職) 〒436-0013静岡県掛川市子隣309 電話0537-22-5355
 貫道老師は、前の住職であって、2016年9月以降は住職ではありません。貫道老師にご用の場合は、自分の名前を名乗った上で、「貫道老師」と明確にお告げ下さい。

少林寺のアクセス:掛川駅で降りて、駅の北側(新幹線側は南口)の静鉄バス大東浜岡線 のりばから10分の「子隣」で下車 徒歩8分  バス時刻表⇒http://data.justline.co.jp/nanj/polelist.do?busstopcode=62010



なお、このページ、このブログhttp://zazen.blog.jp/ では、井上貫道老師のみの坐禅会をお知らせしています。
また、井上貫道老師が講師を勤められる攝心がある場合でも、インターネットでの告知が禁じられているものについては、当ブログ、当ブログ関連のSNSも含めて、ネット上には掲載していません。その情報は各地の井上貫道老師坐禅会で収集してください。



◇各禅会の日時、開始時間終了時間、参加費用(無料のものから3,500円乃至それ以上など禅会により異なります)

日程の確認は必ず主催者にしてください。

寺院を始め坐禅会会場を訪問される方は、あらかじめ寺院での作法(まず本堂の前で合掌一礼をする、寺院境内で出会う関係者には会釈をする) や禅堂作法を知って(一度会場に入れば所縁を放捨して、雑談・世間話・情報交換・アドレス交換などをしない)おいて下さい。



「坐禅の間には休憩時間がありますが、あれは休憩ってわけではないですよ。その時間におしゃべりしたりすると、人間は会話に引きずられますからね。せっかくの坐禅が台無しになってしまいます。」―井上貫道老師




以下日本各地での2017年現在の坐禅会情報です。
記載事項に誤りなどがありましたら、ご指摘いただければありがたいです。
ご指摘のコメントは、こちらからお願いいたします。

なお、会費と講本については、原則ここに記載していません。あらかじめ各坐禅会の主催者にお尋ねになるか、現地でご確認下さい。



東京地区、静岡地区、関西地区、岡山地区の順に掲載しています。



<<東京地区>>

恵比寿・福昌寺での井上貫道老師坐禅会
【場 所】 〒150-0011 東京都渋谷区東3丁目10−13
恵比寿駅西出口から駒沢通りを東に向かって数分歩くと明治通りにぶつかりますので、その交差点の横断陸橋を渡ると、鉄筋造りの寺院があります 角のビルの隣です
「渋谷橋」というバス停の前にお寺があります
電話:03-3407-1652
【地 図】 https://goo.gl/maps/053Na
【日 時】 基本月初の第一金曜日(変更のある場合がありますので、必ず主催者にお問合せください)の夜午後6時半から午後9時半くらいまで
【内 容】 坐禅と法話・質疑応答
【問い合わせ先】 電話:03-3407-1652 福昌寺

恵比寿の福昌寺は恵比寿駅から徒歩5分位のところにある鉄筋造りの寺院ですが、
歴史は大変古いようです 正式名称は渋谷山・福昌寺です
6階に坐禅堂があります




◆中野坂上成願寺での井上貫道老師坐禅会

【場 所】 東京都中野区本町2-26-6 成願寺(じょうがんじ)の南書院です。時々この南書院が葬儀などで使用されるときには、本堂地下の坐禅堂に変わります。
アクセス地図などは、http://www.nakanojouganji.jp/accessmap.html にあります。地図上に小さく「南書院」と出ています
なお、井上貫道老師坐禅会は、成願寺主催ではないので、寺院に問合せの電話はいれないで下さるようお願いいたします
問合せは下記にあります

【日 時】 毎月第一金曜日の翌土曜日が基本で行われています(なので第一土曜日とは限りません)
成願寺のサイトに予定が記載されています
(変更のある場合がありますので、必ず主催者の豊島徹禅師(成願寺の僧侶ではありません)にお問合せください 電話番号は下記です)

平成29年下半期予定(2017/6/4掲載)
7/8   8/5    9/2   10/7   11/4   12/2   


【内 容】 午前9時半から坐禅、昼食、提唱と質疑、後片付けと掃除終わって午後5時前散会
独参は坐禅中に希望者のみ受けられます
【講 本】『正法眼蔵』水野弥穂子校注、岩波文庫(一~四巻まで有ります 古書店を探すと文字の大きい大判ワイド版岩波文庫のもあります)
【会 費】 1,500円  テキストは会場にコピーあり(初参加の人用) 続けて参加される方は、自分用に講本をご用意下さい  2017年6月現在で、(一)~(四)のうち、(三)のほぼ真ん中「見仏」まで進んでいます
【問い合わせ先】 主催者の豊島徹禅師 ☎090-7288-4191

日程の確認は必ず主催者にしてください

【その他】初めての方は少し早い目に来られると、坐禅作法などを教えて下さいます
午後4時半に質疑が終わり、皆で内外の掃除をしてから、午後5時までには解散
会場をお借りした御礼に全員で内外の掃除をします

昼食必ず持参してください(おかずは主催和尚が供養して下さいますので主食のみ持参して下さい)



◆井上貫道老師四谷坐禅会

東京四谷の笹寺の健康寺子屋
f0581eff

会場 
笹寺 本堂
新宿区四谷4-4

参加費 
どなたでも1000円で参加できます。
たくさんの方々のご参加をお待ちしております。

※動きやすい服装をご用意ください(更衣室あり)



健康寺子屋のホームページに書いてあります

曹洞宗の老師・井上貫道老師は中野坂上成願寺(じょうがんじ)での
月初の土曜日の座禅会(9時15分~17時)にて、ご指導のあと、
中野坂上から四谷に移動されます

詳細は健康寺子屋のサイトをご覧ください 










◆井上貫道老師東新宿坐禅会

2016年10月より井上貫道老師を毎月お招きして坐禅会を開催します。
毎月第1又は第2日曜日 9:00~12:30
日程や時間の確認を必ず主催者にしてからご参加ください

主催 金子 閑道 080-4466-6934
※ここは個人マンションに付き場所が狭いので収容人数が少なくなります 土曜日の成願寺に行ける方はできるだけ土曜日にご参加ください
とのことです

●主な内容:坐禅 3炷、質疑応答、独参、清掃後解散


●定員16名

※参加費500円(当日お支払い下さい)

 
●問い合わせ・申し込み
 主催:金子閑道 080-4466-6934


●会場  クリオ新宿戸山壱番館 101集会室 新宿区新宿7-3-35
 来場の際は上記に電話しオートロックを解除し入室下さい

 ・都営新宿大江戸線 若松河田駅 河田口 エレベーター

  ⇒ 職安通りを渡り直進、大久保通りを左に徒歩8分 総務省統計局の隣の隣です

 ・副都心線 東新宿駅 B2 エレベーター

  ⇒ 大久保通りを飯田橋方面に徒歩8分

shinjukuzazenkaikaijokanekohousekenkoshome















図が小さいので見えにくいですが、図の右端が大江戸線「若松河田駅」、図の左端が副都心線「東新宿駅」です  総務省統計局の西隣のさらに西隣です




<<静岡地区>>

◆井上貫道老師少林寺禅会
毎月1回土曜日から日曜日、途中参加可能
嵩山少林寺フェイスブックページに詳細があります


◆井上貫道老師静岡市鯖大師坐禅会
【場 所】 静岡市駿河区稲川1-3-17  崇福寺(鯖大師)万松閣:門を入って右手白い建物2階です
JR静岡駅より徒歩約7分 
【日 時】 毎月一回木曜日夜6時半から9時まで 
日程の確認は必ず主催者またはこちらからしておいてください

【会 費】 一回1200円
【講 本】『正法眼蔵』水野弥穂子校注、岩波文庫(一~四巻まで有ります 古書店を探すと文字の大きい大判のもあります)
【問い合せ先】 ☎054-284-1057 川上宅    090-5856-1712 川上ふさ子

【その他】 25年続いている坐禅会 テキストは『正法眼蔵』
関連ブログ:http://blog.livedoor.jp/lrf6662/archives/cat_634792.html
関連ブログ:http://ameblo.jp/10wanko28/entry-11528265009.html




◆井上貫道老師福王寺坐禅会
【場 所】 〒438-0084 静岡県磐田市城之崎4丁目2722−1 福王寺
【アクセス】 JR磐田駅前からバスが出ています
http://info.entetsu.co.jp/navi/pc/dispjikokutable.aspx?tp=HTML&bs=260120&pn=2&nw=0
城之崎下車 北へ徒歩    磐田駅からの徒歩でもそんなに遠くないです
【日 時】 午前中です
日程の確認は必ず主催者にしてください
【内 容】 坐禅と法話と質疑応答
【問い合せ先】 ☎0538-35-7272 福王寺

磐田の福王寺は大変歴史の古い名刹です




◆ 井上貫道老師・磐田「りんごの会」 お母さん方の勉強会 (日程は変更になる場合がありますので、直接
  ご確認下さい) 本音をぶつけるお母さん達のユニークな勉強会
【場 所】 磐田見付公民館
【内 容】 お問い合わせ下さい
【問い合せ先】 問い合せ先 ℡0538-37-3068 主催者 高梨和子

 




◆ 井上貫道老師川根「大泉院」坐禅会 (日程は変更になる場合がありますので、直接ご確認下さい)
【場 所】 静岡県榛原郡川根本町徳山993
【日 時】 今年は実施されていないかもしれません
【問い合わせ先】 掛川の少林寺 電話0537-22-5355 にお問い合わせ下さい








◆火曜日の夜の浜松・弘誓寺での貫道老師坐禅会
【場 所】 〒430-0824 静岡県浜松市南区富屋町6 弘誓寺(ぐぜいじ)
053-425-5099   浜松駅からバスがあります
遠鉄バス8番のりばから「掛塚」行きに乗り、立野で下車
【日 時】基本月最後の火曜日(変更のある場合がありますので、必ず主催者にお問合せください)
【内 容】 坐禅と法話・質疑応答
【問い合わせ先】 ☎053-425-5099 弘誓寺(ぐぜいじ) 
【地 図】 https://goo.gl/maps/yvHx6





◆浜松市東区半田山・龍泉寺での井上貫道老師坐禅会

【場 所】 〒431-3125 静岡県浜松市東区半田山4-18-5 龍泉寺  浜松には同名の龍泉寺がいくつかあります
【日 時】 基本月最後の金曜日の夜6時半から午後10時まで(変更のある場合がありますので、必ず主催者にお問合せくださるか下記の龍泉寺公式サイトでご確認下さい)
※宿泊希望者はあらかじめ龍泉寺のご住職(井上哲秀老師)とご相談ください
【内 容】 坐禅と提唱と質疑応答
【主催者】 龍泉寺東堂・井上哲玄老師 龍泉寺住職・井上哲秀老師
【問い合わせ先】 龍泉寺☎:053-434-0935 FAX:053-434-0859

龍泉寺公式サイトにも最新予定が掲載されています 「金曜坐禅会」というのが、井上貫道老師の坐禅会です

ここ龍泉寺は、井上貫道老師の師・井上義衍老師が仏道指導を長年された寺院で、曹洞宗公認参禅道場です   貫道老師にとってはご実家(実寺?)になります


【アクセス】
① JR浜松駅北側の遠鉄バス13番乗り場で「浜松医科大学」行きに乗り(1時間に5本くらい)、「半田山」(浜松駅から約40分~50分、420円)下車 徒歩5分 バス停は「半田」ではありません 「やぶきた入口」より近いです
浜松駅医科大学方面行き時刻表はこちら

② JR浜松駅から、徒歩5分の遠州鉄道新浜松駅に行き、そこから乗車、「積志せきし」で下車、そこからタクシー(2,000円くらい) または徒歩25分(道は一本)
遠州鉄道新浜松駅の時刻表はこちら


龍泉寺の場所 静岡県浜松市東区半田山4-18-5
地図は http://goo.gl/maps/WL2ST


※井上貫道老師の著書『げんにーび』の通信販売について
嵩山少林寺禅道場のフェイスブックページにも書いてありますが、

書籍をお求めの方へ
「少林寺では義衍老師の書籍の通信販売はいたしておりませんのでご了承下さい。
義衍老師の書籍をお求めの方は、浜松の龍泉寺様へお問い合わせ下さい。

貫道老師著『げんにーびー』(定価1,000円)
の通信販売に付きましては、本代と送料込みまして1,400円を現金封筒にてお願いしております。

送り先 郵便番号住所と氏名  電話番号  冊数 を明記して、
 少林寺FAX番号0537-64-4008へ  少林寺電話は0537-22-5355
 
2冊以上のご購入をお考えの方はご連絡下さい。
貫山 合掌」


とのことです。 







<<関西地区>>
H29貫道老師坐禅会予定
















神戸 井上貫道老師坐禅会
・3ヶ月に1回の、神戸楽の森での井上貫道老師坐禅会(1月2月4月5月7月8月10月11月の基本第四日曜、年間8回) 正確には、第四土曜日の翌日の日曜日ですので、第5日曜となることもあります
円通寺での貫道老師坐禅会の第二日目(早朝)と同じ日になります
主催は神戸大阪坐禅会

【時 間】 11:00~17:30 ( 井上貫道老師神戸坐禅会のサイトで確認のこと )
【内 容】 坐禅4炷と独参と提唱と質疑応答、斎座(昼食持参)

【その他】 
昼食とお茶などの飲み物 持参
人数分の座布(坐禅用の丸いクッション)と その下に敷く 座布団(四角く分厚い布団)が用意されていて、快適に坐禅ができます
また空調もあります
 
【申込制 定員あり】 楽の森での井上貫道老師坐禅会の詳細はこちら
定員があります インターネットでの申込制です 開催日の3ヶ月前から申し込み開始となります



井上貫道老師月曜坐禅会
2015年1月から、1月4月7月10月の基本第四日曜の井上貫道老師神戸坐禅会の翌日月曜日に、場所を変えて京都四条烏丸で、井上貫道老師京都月曜坐禅会が行われていましたが、主催者都合により2017年からは大阪にて行われます
主催は、京都大阪坐禅会

【会 場】 

【時 間】 10:00~17:50 ( 井上貫道老師月曜坐禅会ホームページで確認のこと )

【内 容】 坐禅6炷と独参と提唱と質疑応答、斎座(昼食持参)

【その他】 昼食とお茶などの飲み物 持参

【申込制 (定員24名)】
インターネットでの事前申込制です 開催日の3ヶ月前から申し込み開始となります
井上貫道老師月曜坐禅会の内容や申し込みはこちら




大阪 井上貫道老師坐禅会
大阪池田の古道場で定期的に井上貫道老師をお招きして、坐禅会が開催されています
環境も素晴らしいです
3月6月9月12月の年4回
2017年は、平成29年3月23日(木),6月29日(木),9月21日(木),12月21日(木)
主催は大阪坐禅会

【日 時】 10:00~17:50 ( 井上貫道老師大阪坐禅会ホームページ で確認のこと)

【内 容】 坐禅5炷と独参と提唱と質疑応答、斎座(昼食持参)

【その他】 昼食とお茶などの飲み物 持参

【申込制 定員あり】
定員があります(30名) インターネットでの事前申込制です 開催日の2ヶ月前の正午からネットで申し込み開始となります。
井上貫道老師大阪坐禅会の内容や申し込みはこちら


大阪坐禅会における井上貫道老師提唱と質疑のDVDを販売しています
  DVDのご注文は、こちらから  ※売上は、坐禅会運営i.e.会場費と備品代に充当させていただきます



上記の神戸坐禅会の講本である、
講本該当部分のプリントも都度配布されます

その他
井上貫道老師の著書『げんにーび』 定価(税込)1,000円 
井上義衍老師『無門関提唱録』(3冊組 箱入り) 定価(税込)8,750円
井上義衍老師 『無相伝光録』  (2冊組 豪華製本 全1,000ページ) 定価(税込)30,000円
 も現場で頒布 在庫なしの場合はご容赦下さい
 
※伝光録は、太祖瑩山禅師が釈尊からはじまる祖師方52人の大悟の機縁をまとめたもので、それをさらに井上貫道老師の師・井上義衍老師が提唱されたもの  宝財として学人の机上に置いておいていただきたい貴重な書籍です 残り部数わずか





<<中国地区>>
・岡山新倉敷の円通寺での井上貫道老師坐禅会
【場 所】 〒713-8123 岡山県倉敷市玉島柏島451 円通寺
【地 図】 https://goo.gl/maps/HGFWF
【日 時】 基本第四土曜日の夜と翌日曜日早朝から (変更のある場合がありますので、必ず主催者にお問合せください)
日程の確認は必ず主催者またはこちらからしておいてください

【内 容】 坐禅と独参と作務と提唱・質疑応答
【問い合わせ先】 ☎086-522-2444  円通寺  早朝の暁天坐禅のあと粥座(おかゆの朝食)がありますので、
その準備の都合上あらかじめ円通寺に参加をお申し出下さい


宿泊される方は、隣の国民宿舎良寛荘が一番円通寺に近いです。
第二日目の日曜は早朝から坐禅・独参があります 独参は希望者のみです
粥座(朝食)・掃除・提唱と質疑応答


玉島の円通寺といえば、若き日の良寛禅師が大忍国仙禅師に就いて修行された道場で、良寛さんが悟りを開かれたところです
ryokando













 
以上は、日本各地での2016年現在の井上貫道老師坐禅会情報です。
初心者、経験者、久参・古参、関係がありませんので、初心者歓迎です
従いまして、真剣な方なら、坐禅がまったく初めての方や今まで仏教を学んだことのない方でも参加が可能です。
その他、井上貫道老師の坐禅会・接心がありましても、非定期的に開催されるもの、ネットでの告知が許可されていないものは、当ホームページには記載していませんので、ご了承下さい。

それらについては各地の井上貫道老師坐禅会で情報が入手できる場合もあります。


★各地坐禅会情報についての記載事項に誤りなどがありましたら、ご指摘いただければありがたいです。
ご指摘のコメントは、こちらからお願いいたします。

なお、会費と講本については、原則ここに記載していません。現地でご確認下さるか、あらかじめ各坐禅会の主催者にお尋ねになってください。



◆ あと、もう少し坐禅会情報があります それはこちらをご覧下さい



★ どなたでも自分の地方で坐禅会が開催できます★







はじめて坐禅会に参加する方も関係なく井上貫道老師の坐禅会がおすすめです
修行は積み重ねではないので、坐禅修行に初心者とかベテランとかありません
余計な知識のない分、初心者のほうが良いと言われます


ただ、座禅の作法や坐の組み方などがありますので、
 坐禅作法についてはこちらで予め練習しておいて下さい




  摂  心

◆一日中坐禅修行に打ち込む摂心(攝心せっしん)という期間があります
現在公開されている攝心情報はありませんが、ネットで公開されていないものがある場合があります
井上貫道老師各地坐禅会で情報をお取り下さい




【 摂心の時の井上貫道老師の提唱から 】

● 坐禅の間には休憩時間がありますが、あれは休憩ってわけではないですよ。その時間におしゃべりしたりすると、人間は会話に引きずられますからね。せっかくの坐禅が台無しになってしまいます。

  でも自分たちが自分たちの場をおしゃべりして壊すんですね。


● 生きているうちに片を付けないと、ものにならないですよ。
使えません。

できるだけ若いうちに決着を付けて、長い間役に立ってください。

だから修行をぐずぐずしないこと。




● 近い人も遠方の人も、わざわざこの寺に来て接心しようというわけですから、社会のことをここまで持ち込むのはもったいないですよ。

世間のことは打ち捨てて坐ってください。




● 本気になって求めると言ったりしますが、本当に坐りたければ坐るもんですよ。

他人がおしゃべりしてようが、寝てようが、そんなの放っておいて坐りますね。




●本当に気になっていれば、四六時中そのことが心から離れないですよ。

気にかかっているものを放っておけるわけがないんです。




● 「言うとおりやってみようか・・・」なんて遠慮がちにやるからスカッと行かないんだね、半分ぐらいの人は。(笑)





●「作務」は、一般の仕事とはちょっとおもむきが違います。

ただそのことをそのこととしてやるだけです。

人のためやお寺のためではありません。


―井上貫道老師





 あと、もう少し坐禅会情報があります それはこちらをご覧下さい




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