坐禅の仕方と悟り,見性,身心脱落:井上貫道老師の庵 まとめサイト

Dharma Talks of a perfectly enlightened Japanese Zen Master Roshi Kando Inoue 井上貫道老師が、悟りを体現された経験から坐禅の方法や仏道について語られたものを掲載しています web上に散見される魯山貫道老師のことばも引用掲載し、まとめブログとしました ( これは参禅者によるブログであり、公式サイトではありません ) このブログが正師への参禅のきっかけになりますように

悟り体験


悟るまでは、似たような体験 (似て非なる体験) をすることがあります―井上貫道老師

本当に悟りを開けば、元に戻ることはない

井上貫道老師の『正法眼蔵現成公案』提唱 (『げんにーび』)から 
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悟り体験をすれば、もう元には戻らないです

以後は、諸仏の過ごされた境涯というものをこの身体で楽しむことが出来るのです
   
―井上貫道老師



大事了畢(だいじりょうひつ)とは

修行ということに関しては、一応悟ってしまえばもう関係はないと思っている人もおりますが、
とんでもない事だと思います。



悟るという事はですね、それで終わりというのではありませんで、二度と迷いの世界に戻れなくなるという事です。

例えば、分わかりやすくいうと、一度も来てもらったことのないこのお寺へ来てもらったら、もうその日からお寺に来なかった人にはならない。

どんなに騒いでみても、どんなにやってみても、もうお寺に来なかった前の人には戻らない。



それくらい悟りという事は人を迷わせない確かさがある、ということが悟りの大事な事ですね。



もし時間が経ったら忘れてしまうとか、元に戻ってしまうとかいうものだったら、尊ぶ所以(ゆえん)がないですね。


だから道元禅師が「一生の参学の大事おわりぬ」というような表現をしている。 参学の大事了畢(だいじりょうひつ)



その体験をした事によって一応の決着がつきましたって、いうことですね。


悟れば諸仏の境涯を楽しんで行ける

それで私たちは見たこともなかった、行ったこともなかった悟りの世界に初めて足を踏み込んで、

諸仏方の過ごされた境涯というものをこの身体で楽しむことが出来るのです。



これで初めてそれが悟後の生活という事になるのかね。

ここら辺が楽しい処でしょう。

本当はこれをやってみたいわけですね。


そうじゃなければ、こういう祖師方の書かれたもの、残されたものを、
共に手を携(たずさ)え本当に参究して、
その味わいを味わうことはなかなかありませんね。


悟っていない人が悟りの話をしても、無益であるし、外れている

そういう人を作っていかないと仏法とかいうようなものがつまらなくなるんですね。
そうでしょ。

 

向こうの岸へ行ってないのに、こつちの岸から向こうの岸の話を一生懸命しているんですから、
こっちにみんな居るんでしょ。

お互いこっちに居るものどうしが、その中の人が向こう岸の話をした。

「お前行った事があるか」と言った時、「ない」といったらどうなるんですか?


(井上貫道『げんにーび』 (正法眼蔵現成公案提唱)p.181) 
井上貫道老師『げんにーび』購入詳細はこちら

松本自證師のことば


◯ 悟りは意識の状態ではないです。『事実』だからこそ、お釈迦様(ブッダ)から今まで伝わっているのです


◯ ハッキリする(悟る)と決してハッキリする前(悟る前)に戻りません、戻れません。


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【問い】 自己を忘じると悟るとは同じことですか?

【答】 そうです。

一瞥(いちべつ)体験とか「自分がなかった」ことを自覚する体験とは違います。
それらは、ハッキリしません。認識が完全に止(や)んでいないからです。


◯ お釈迦様が明けの明星(金星)を見て悟られた時のことは、
自分がハッキリする(悟る)までは決して分かりません。

どんなに[理解しようと]頑張ってもそれは無理です。

―松本自證師

老師が提唱しているのではなくて、自分が提唱をしていたーー初心のサラリーマン参禅者の体験


2016年10月19日 の投稿の復刻
井上貫道老師のある坐禅会が終わって、会場片付けの時に、何人かの人が老師の周りに集まってきました。

その中の一人Wさんが言われました。

「実は、このところ坐禅をする時間がなくて、今日はガッツリ坐禅ができました。


roshiteisho_FotoSketcherpen1hosonaga今日ですね、


老師が提唱しておられる時、


あれー、自分が提唱しているわー   ってなったんですよ。


……なんぞれかんぞれ(=なんだかんだ)……



それから、老師が言われた人の話を聞いていないというお話、
わたしも、自分の子供の話を聞いていないということ、ズンと響きましたわー」

*************

井上貫道老師の提唱中に、提唱しているのが貫道老師ではなくて、自分が提唱している
ことに気づかれた体験でした。


Wさんは一般のお勤めの方です。
井上貫道老師に参禅始めて多分一年くらいでの出来事です。1年経っていないかもしれません。

「ちょっと気をつけて坐禅している人は、気づきが来ますね。 一旦気づきがあるとガタガタッと変わって行きますね。」―― 井上貫道老師


 「長年坐禅している人ほど、居眠りしちゃっていますね」 ―― 井上貫道老師 



「いろいろ考えて、”正しい坐り方はこうなんだ” という結論を出して坐るのは坐禅でもなんでもないですよ

坐禅は考えてどうこうするということではないです」 ―― しみPさん


昔の管理人が長井自然老師と一緒の時
管理人:
「老師、『自分がない』というお話を聞いてから、そのつもりで坐禅すると坐りやすくなりました」

自然老師:「そういう考えを持って坐るんじゃないんです」 (=それ、全然坐禅になっていませんよ と暗に言われています)


◇    ◆    ◇    ◆    ◇    ◆    ◇    

世間のことと違い、坐禅に初心者とかベテランとか、全く無いことがよく分かります。坐禅は積み重ねて上達するものではありません。

他の坐禅らしきことや瞑想をやった経験のある人はそこが最初に苦労します。

従いまして、
老師に質問や独参をしてちゃんと自分の坐禅をチェックしてもらわないと、いくら提唱を聞いても我流となり、やっていることが坐禅ではないので、坐禅時間中に居眠りをするようになります。

おまけに老師の提唱中にも居眠りをする(眠くして仕方がない)ようになります。こうなると修行が全く進まないということです。


上の方、サラリーマンではなくて自営業者さんかもしれません

上記体験者の言葉で、子供の話を聴いていないという話というのは、

老師:
「親って、子供の話を聞きませんね。
子供の話を聞いたら、その話で出たものを買ってあげないといけないもんだと思いこんでいるものだから、
最初から、子供の話を聞かない。

子供の話を聞く ということと 子供の話で欲しがっているものを買ってあげないといけない ということは別なんですよ。

話を聞いても、買うこともあるし、買わないかもしれない。


子供だって、ちゃんと親の経済状況を分かっているから、
話を聞いてもらったら、あとは、我慢することだってできるんですよ。

それくらい子供は賢いですよ。」



と井上貫道老師がその日の提唱と質疑の時間に話されたことからです。

 坐禅ほんとうの初心者が座禅3日目に小鳥の声で気づく




上のボタンをクリックすると井上貫道老師参禅者の体験談がすべて最初から読めます。

 悟り(見性):もう元には戻らない―井上貫道老師 を読む


【投稿後記】
ここに記載した・これから掲載する参禅者体験は、1年を経過しているものを選んで投稿しています。
投稿者(=ブログ管理人)は、インタビュアーやレポーターではありませんので、その後、その人がどのように修行されているかは存じ上げておりませんし、その後の修行をインタビューはしていません。



このページでは松本自證老師に師事して修行してハッキリされた(=悟った)女性の体験を書いています

禅宗史を見ると悟っている女性が結構多いです

禅の語録や歴史を見ますと、悟りを開いていたり、一隻眼(いっせきげん)を備えたりしている女性が多いことが分かります。
令和の現代にもいます。
ただし、一瞥体験(いちべつ=チラッと見る)や「自分はいない」体験といった元に戻ってしまうような体験のことではありません。

そういう体験ではまだ終わらないので仏道があります。

まして、ヤーコプベーメの神秘体験やマイスター・エックハルトの体験とか、禅宗の僧侶でも「身体が木っ端微塵になった」「宇宙までふっとんだ」というような体験は悟りではないのです。


女性の参禅者にも、若い時に、万物と一体となる体験をたまたま経験したけれども、それが何なのか、どうしたら良いのか、尋ねる人もなくて、家庭生活も経験した今、情報が豊かになった現代にやっと正師(しょうし)にめぐりあえて修行を始めた人たちもいます。参禅者に意外にたくさんいらっしゃいます。

つまり仏道でないと最終ゴールが示せないのです。
方法論つまり修行方法がないと最終地点に行けないのです。


祖師と言われる方々は、以上の体験ではなくて、お釈迦様(ブッダ)と同じ体験をして、現代まで伝えられて来たのです。それが仏道です。
そして坐禅という修行方法を伝えられて来たのです。


【管理人の見解です】
本当の仏道を伝える人は極めて少数で、そういう方々は、肩書や地位が宗教界では低いものです(本人が亡くなってから後世立派な肩書が与えられることはあります)。
宗教界での出世は、世間の出世と同じで、宗教組織が決めた基準を満たしているということでそうなります。

そういうことに興味のない本物は現代も確実に存在しています。
【以上管理人の見解でした】


歴史を残す(記述する)人がどうしても僧侶(比丘びく)であり、また、参禅ということについては男性が有利な環境が続いたので、当然開悟する人は、男性で、しかも出家が多いような記述になりますが、悟っている人は女性にも多いのです。


己事究明(こじきゅうめい)に、男女や年齢や経験の有無、僧俗(出家しているかしていないか)はまったく関係がないと正師(しょうし)方が云われるとおりです。




禅の語録には、悟りの眼(まなこ)を持った婆さんが修行僧(雲水うんすい)に問答をしかけると言った場面も多く見られます。


中国の話になりますが、
『金剛経』Diamond Sutra の大量の注釈本を背負った未悟の徳山宣鑑(とくさんせんかん)和尚という方がいましたが、まだ理論屋の学僧だった時のことです。

ある山に来て、茶店で点心(てんじん)を買おうとして、婆さんに問答されたことがきっかけで龍潭祟信(りゅうたんそうしん)禅師に参じるようになりました。
 ※点心(てんじん) とは、小腹を満たす簡単な食事。心に点ずると書いているので、それがこの和尚に、婆さんが問答するきっかけとなった。
婆さんに、「金剛敎に三世心不可得とあるが、和尚さんは、過去心を以て心に点ずるのか、現在心を以て心に点ずるのか、未来心を以て心に点ずるのか、どれか」と尋ねられて、徳山は答に窮した という故事


そのお蔭で老師に出会い、宿泊しようとして、ロウソクを手渡されて思わず吹き消された途端、徳山和尚は大悟しました。



婆子焼庵(ばすしょうあん)という有名な公案もありますね。

お婆さんが、修行僧に修行が進んだかどうか娘を使って確かめる問答をしたのですが、その答えがダメだったので、「今まで何をやっていたんじゃ この僧はもう世話をするに値しない」と修行に使っていた庵を燃やしてしまった故事です。




江戸時代の日本になると、
 遊女が遊郭で悟りを開いたー悟りはいつも頓悟

の記事で紹介している大橋太夫(おおはしたゆう)もそうです。wikipediaにも「大橋太夫」として記載があります。

そのほかお察(さつ)婆さんや杉山政女や茶屋の婆さんなど歴史に残る人たちがいます。


もっと近いところでは、井上義衍老師の会下の山王タキノ大姉(義衍老師の印可証明を得られています)や松本うた女史などです。


幸い現代は、女性も対等に参禅することができるような時代になりました。



子供の居る部屋で坐禅をして自己を忘じた女性


代々木の指導者・松本自證師

井上貫道老師のお弟子に東京渋谷区に松本自證師という方がおられます。
僧侶ではない一般人として老師に参禅し、摂心、坐禅会に通って、大悟徹底された方です。
それをきっかけに在家得度されています。

修行中は、毎週、関東から静岡県まで坐禅会に通われたそうです。
それと年に何回かの摂心に決まって参加されたようです。

子育て中だけれども、突き動かされてともかく坐禅をした

その代々木の松本自證師(井上貫道老師弟子)の指導を受けて、zazenzafukakudai
自分の子供達が居ても、その部屋で目を開いて坐禅をして、ついに自己を忘じた女性がいます。

修行は極めて短期間です。


その体験の詳細は、
https://www.muishinso.com/blank-20
に参禅記として書いてあります。


同じく、松本自證師の指導で、
3年で自己を忘じて決着がついた(悟った)千葉県在住の妻子ありの多忙なサラリーマン男性のことば を読む

介護で大変だった女性が法話と坐禅で激変ー修行僧以上の境涯となり、さらに大悟した実例 を読む







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 ⇒ 坐禅3日で自分がなくなった巨漢の青年:会社の研修でお寺に来て、摂心突入したが、脚が痛くて坐禅にならなかったのが… を読む

20年も松本自證師神戸坐禅会ー三宮と新開地にて

zazenshisenwitheyesopenshalftone2020年にも神戸にて松本自證師の坐禅会があります。コロナの影響で予定は未定になっています。

一日のかなりを坐禅します。
経行(きんひん)+抽解の時間もわずか10分にされています。



詳細は、松本自證師関西禅会ホームページ をご覧ください。



松本自證師代々木禅会とネット禅会はこちら

松本自證師の代々木坐禅会詳細についてはこちら 現地に行けない方はネットからの参加が可能です。



自宅自粛中 特別音声ーしみPさん
このサイトに初めて来た人用

しみPさんのプロフィールはこちら 多忙なサラリーマンをしながら3年間坐禅に打ち込み見性(けんしょう)された人

roshissaysamethingforyears
shimipmatome

苦しみはどうしたら良いか 悩みを…


聞き流し用動画(映像なし)
[ 前半 ] (坐禅とは関係のない話) 苦しみを見つめましょうとか苦しみと親しくしましょうと説く人は、本当の苦しみを知らない人 それは止めた方が良い 苦しみの原因は悩みなのでそちらを対処しようというのが私の立場

正しい坐禅の仕方を考えている人が多い


[ 後半:開始40分頃から ]
「いろいろ考えて、”正しい坐り方はこうなんだ” という結論を出して坐るのは坐禅でもなんでもないですよ
坐禅は考えてどうこうするということではないです」

「老師への質問の仕方 質問してもしようがない事と質問すべき事」



妻子ありの多忙な50代サラリーマン・しみPさんのウェブサイト

 https://www.the-road-of-zen.com/
    
    https://www.the-road-of-zen.com/profile-2 (プロフィール)




妻子あり50代サラリーマンしみPさんの質問箱(Q&A集)




喝(カーツ)と言われて耳が3日間聞こえなくなった―百丈懐海禅師

百丈懐海禅師

【原文】
「我当時被馬祖一喝直得三日耳聾」
「我れ当時(そのかみ)、馬祖に一喝いっかつせられて、直じきに三日耳聾(みみろう)するを得たる」―百丈懐海禅師が弟子の黄檗希運(おうばくきうん)禅師に語ったことば

老僧昔再蒙馬大師一喝直得三日耳聾眼黒」とも
(景徳傳燈録第六など) 百丈再参

3日間も耳が聞こえなかった訳とは―松本自證師

「馬祖さんは、何を聞かれても「喝」カーツ!で、事実を示されていたそうです。

お弟子の百丈さんが、馬祖さんとの問答で、「喝」カーツ!と言われて、3日間耳が聞こえなかったそうです。

皆さんもハッキリするとどういうことか分かります。」―松本自證師


特に大声であったわけではないと。
「喝」の中国語での発音はこちら

※ハッキリする=松本自證師特有の表現で、「悟る」「決着がつく」と同義


悟りについて:悟後の修行はないby松本自證師 の記事を読む

在家で悟りを開いた現代人:松本自證師 という記事を読む



◯ 松本自證師のサイト(ホームページ)はこちらへ
 遠方で東京や関西に行けない方、スケジュールが合わない方は、パソコンやスマホを使ってのオンラインでの指導もされています

◯ 松本自證師のネット坐禅についてはこちらへ

 井上貫道老師の9月18日愛知真如寺坐禅会の情報を見る


◯ 9月29日は坐禅会が全国でありました
東京神田では、豊島徹禪 師
神戸では、松本自證老師 満席
高知では、井上貫道老師

◇ 井上貫道老師の9月25日大阪坐禅会の情報を見る


◇ 松本自證老師の9月29日神戸坐禅会の情報を見る 満席

◇ 井上貫道老師の9月29日高知坐禅会に参加する 
kochizazenkai

kandoroshji_shizuokajoho



以下は付録です

馬祖道一禅師(ばそどういつぜんじ)と百丈懐海禅師(ひゃくじょうえかいぜんじ)

馬祖道一禅師709-788 この禅師によって江西地方に禅が一挙に広まった。馬祖の法嗣は百丈懐海や南泉普願(趙州和尚の師)など88人。
喝は後世の臨済禅師の方が有名になってしまった。

百丈懐海禅師749-814 この禅師までは禅宗僧侶は律院に寄寓していたが、この禅師が初めて禅院(禅宗の寺院)を開いたとされる。 
高齢なので弟子が老師の畑の道具を隠したところ、
一日不作、一日不食 「一日作(な)さざれば一日食らわず」と言って、作務をしない日は食事を摂らなかった。

『百丈清規ひゃくじょうしんぎ』を制定して禅門の規範を定めた。

二人とも、中国の唐の時代(618-907)の祖師。

山仕事をしていて悟られた慧能さん、のちの六祖大師の法系

<<伝燈の系譜>>
六祖大鑑慧能禅師⇒南嶽懐譲禅師⇒馬祖道一禅師⇒百丈懐海(えかい)禅師⇒黄檗希運(おうばくきうん)禅師⇒臨済義玄禅師

六祖大鑑慧能禅師⇒青原行思禅師⇒石頭希遷禅師⇒薬山惟儼(いげん)禅師⇒雲巌曇晟(うんがんどんじょう)禅師⇒洞山良价禅師

ちなみに、百丈禅師の法孫の臨済禅師が事実を挙すのに、「喝」を用いた。馬祖大師の喝より有名になってしまった。







このページは、
松本自證老師に3年間参じて見性(けんしょう)された妻子持ちの多忙なサラリーマン:「しみP」さんのご紹介

坐禅の進み具合は自覚できるものなのかどうなのか

shimiP_QA
 
しみPさんは、産業カウンセラー資格を持つ多忙なサラリーマンさんみたいです



坐禅中に音がして……

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なお、ツイッターはアカウントを持っていない(登録していない)方でもご覧になれます
「ツイッター しみP」で検索

Youtubeの動画もあります



意が止む時のこと

shimiP_QAigayamu
意が止む

この方の経歴からも、坐禅する時間がたっぷり取れない ことは修行成就には関係がないということがよく分かりますね. 
この方は3年間に一度も接心に参加されていません.

shimipmatome


「わたしと貫道老師とか、わたしと松本老師とかのように、同時に2人の人に独参しないでください。同じことを言っているのですが、老師によって表現の仕方が違います。そうでないと混乱して坐れなくなり(坐禅できなくなり)ますよ。」ーしみPさん
(1人に決めるまでは構わないと言っておられます)

サラリーマンしみPさんのウェブサイト

 https://www.the-road-of-zen.com/
    


在家で大悟徹底された松本自證師のネット禅会のお知らせ

10万8千人が死亡ーコレラ蔓延 それを機に坐禅を始めた医師がいました

世界的パンデミックの様相を示してきた今こそ、修行に励む時だと思います

明治19年(1887年)、コレラが蔓延して人が次々と亡くなりました 10万8千人に及んだとされています
巨匠・飯田欓隠(いいだとういん)老師は、東京大学附属病院の医師としてその治療にあたっていましたが、ついに医師としての無力感から人生の無常を感じ、広島県に行って人生はじめての坐禅を始められました その方から後世、仏道が興隆することになり、今に至るのです【続きは下に】

◎東京代々木の松本自證師のインターネット坐禅会(オンライン坐禅会)があります:金曜夜・土日祝一日 自宅を空けられない方、遠距離・海外在住の方にも朗報です 
ネットの設定も簡単です かなり臨場感があります おすすめです
インターネットでの坐禅会に必要なものは、光ファイバーやポケットWi-Fiなどの通信容量を気にしない環境とウェブカメラです

なおZOOMには背景を消す「仮想背景」という設定があります
仮想背景を使用すると、自分の姿以外の背景は設定した画像になり家の中の様子を映し出しません


世の中のリモートワークの増加の影響で、ウェブカメラは低価格帯のものは在庫はあっても1ヶ月待ちなどの状況です
急ぐ方は、メルカリなど個人売買サイトでのご購入をおすすめします usedだけでなく新古のものも出品されています
万が一ウェブカメラがなくても、ノートパソコンならマイクが元々内蔵されているので、講師とお話は可能ですし、講師の映像や話はスピーカーやイヤフォンで聞こえるので参加は可能といえば可能です 講師(師家しけ)とご相談の上、ご参禅ください ウェブカメラが入手できるまで待つのは時間がもったいないです



milkyway
◯ 松本自證師(神奈川県生、現在東京・代々木在住)は、最初、自己啓発やヴェーダーンタ(アドヴァイタ=非二元)などを学び様々な修行や瞑想を行ないそれなりの体験も得ておられましたが、満足出来なかったようです。
ちょうどある時井上義衍老師の本を偶々見つけたことが転機となり、お寺を訪問し、さらに義衍老師の弟子である井上貫道老師のことを聞き及んで、師事されました。


神奈川から静岡県の坐禅会に毎週通い、摂心に参禅し、ある日、自宅で坐禅後の夜に時計の音で身心脱落(しんじんだつらく=大悟徹底)されました。それを機に貫道老師に在家得度を受け、本貫自證の道号と諱(いみな)を受名。


2014年よりインターネットを活用して、自作のホームページを作成し、代々木禅会を始められました。現在は代々木の他に、荒川区町屋、続いて文京区東大赤門前や関西およびネットにおいて坐禅を指導されています。ネット禅会では自宅や自分の事務所から代々木の坐禅会に参禅ができます(独参・提唱も可)



古来、在家(ざいけ お坊さんではない時)の時に大悟される方は多いです

中国唐代の六祖慧能(ろくそえのう)大師は木こり(山仕事)でした   近代の飯田トウ隠(いん)老師は医師でした 伊牟田欓文(いむたとうぶん)老師は女学校の教師でした

六祖慧能禅師
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薪を売って母を養う生活をしておられましたが、薪を背負っている時に人が『金剛経こんごうきょう』Diamond Sutra というお経を読むのを聞いて大悟され、五祖大師に師事して在俗のまま大師の寺院で米搗(つ)きをしながら短期間で印可証明を得られました 印可証明の衣鉢(えはつ=お袈裟けさと食事用の鉢はつ)を五祖大師が授けて、密かに寺から脱出させましたが、その時に、意外な男が印可されて自分たちの先輩の学徳兼備の和尚が印可されないのはおかしいと大衆(だいしゅ=修行者たち)が騒ぎ出し、もっとも足の速い僧に追いかけさせて、印可証明を取り戻そうとするというような事件もありました その辺のところは有名な公案『不思善悪ふしぜんなく』のところに書かれています  『無門関』にありますが、追いかけた軍人上がりの僧である明上座(みょうじょうざ)は、慧能さんとの問答との結果、その場で大悟してしまいます その時、大悟した明上座は慧能さんこそ、私の師匠だと言うのですが、「いやいや、五祖大師こそ我らのお師匠様ですよ」と それ以降、五祖大満弘忍(ごそだいまんこうにん 臨済宗では「ぐにん」)禅師の寺院では悟る人が急増しました 慧能さんは、何年か経過ののちに別の寺で出家され、この大鑑慧能(だいかんえのう)大和尚から禅が一気に広まりました[文責:管理人]


飯田欓隠老師(1863-1937)
todai_fuzokuhospital近世の飯田欓隠(いいだ とういん)老師は東大出身の医師でした 東大附属駒込病院の医師の24歳の時に、コレラが蔓延して人が次々と亡くなる(明治19年[1887年])のこと 10万8千人が死亡)ことをキッカケとして人生の無常を感じ、広島県に行き、臨済宗の老師に就(つ)いて坐禅を始められました 人生初めての坐禅であると同時に初めての摂心でしたが、すぐに体験あって広島県三原市の御許山(おもとさん)・佛通寺(ぶっつうじ)の師家(しけ)香川寛量(かがわかんりょう)老師の印可証明も受けられました

しかし、それには満足出来ずに、次に臨済宗では当時もっとも名高い別の師家(しけ)に師事することとなりました
それは中原鄧州(なかはらとうじゅう)老師、世間では南天棒老師と言われている師家(しけ)です南天棒は、世の臨済宗の老師(数十名います)が公案体系を最後まで終わって印可証明を得ているけれど、悟りの見地はあやしいものだ、師家(老師)こそ、点検しなければいけない、自分はそのために宗匠検定法(しゅうしょうけんていほう)を作った、それくらいの力量のある老師です (宗匠検定法は、当時の臨済宗の師家会は一人の賛成を除きそれに反対したので最終的に実現しませんでした)

飯田医師は、老師がお寺を移動すれば、自分の医院をそちらに移し、修行に専念されましたが、ある事※でその老師である南天棒なんてんぼう(中原 鄧州)老師から離れ、公案禅を放擲しました
飯田欓隠老師は中原鄧州老師の法を嗣いだとする人もいますが、それは誤りであるとする側近がいます

南天棒老師の公案体型は通常の1700則に加えて、宗匠検定法として南天棒老師が考案した公案が加わり、2,000則を越えていたと言われています 公案を次から次へと透過(とうか)すると修行ができたことになる(=悟ったことになる)ということに対して非常な疑問を感じたのです (晩年は、公案体系は全部で3種各20則の合計60則くらいで十分だと飯田欓隠(いいだとういん)老師は言われています)

飯田居士は、中原南天棒老師に師事すると同時に、密かに曹洞宗の只管打坐(祇管打坐しかんたざ)を修していました

ここの所は年譜に書いていないことがあるのですが、40歳の時に岐阜県の臨済宗の寺院(多治見市の虎渓山・永保寺こけいざんえいほじ)を借りて只管打坐(しかんたざ)で独接心中、起床した時、庭を歩いている雀を見て身心脱落されました

 [ 独摂心とは通常の摂心のように他の修行者と一緒に攝心するのではなくて、単独で(指導者もなし)で摂心すること 食事は誰かに頼む テレビ・ネット・新聞・手紙はもちろん見ず、電話にも出ず、洗濯や入浴もしない 悟るまでやることを前提とするが、通常7日間に期限を設定することが多いです ]

昭和6年4月、55歳の時に、曹洞宗の明眼(みょうげん)の師・北野元峰禅師(きたのげんぽうぜんじ)に親炙(しんしゃ)しました
翌年、広島にて禅林寺の遂翁下(すいおうか)の敬峰和尚に印可証明されて嗣法

老師は「人間は3時間寝ればそれで足りる」と言ってあまり眠らなかったとされています 一日10分ほど横臥して仮眠をしていたと老師の娘さんが書き残しています

この方から仏道が命を吹き返し、井上義衍ぎえん老師(井上貫道老師の師匠)に繋がり、お釈迦様(ブッダ)の法灯が現在にそっくりそのまま伝わっています
 
飯田居士は60歳で曹洞宗の寺院で出家され,63歳で立職(りっしょく=首座しゅそ になる)されました 大阪の寺院(池田市の大広寺だいこうじ)の師家(しけ)も務められましたが、宗門(曹洞宗のこと)の老師の扱いが良くなかったので、怒っていた弟子もいました 
当時の朝日新聞の天声人語の編集者である釈瓢斎が老師に傾倒したことは有名です 昭和6年に老師のために大阪高槻に少林窟道場が開単され、また、滋賀県の守山市にも禅堂が開かれました

井上義衍老師は浜松の龍泉寺に住職の後ですが、高槻・少林窟道場(しょうりんくつどうじょう)の摂心に通い、飯田トウ隠老師やその法嗣の伊牟田欓文(いむたとうぶん)老師に参禅されました
井上義衍老師は、その後、ホオジロの声で身心脱落され、修行を終えられました

高槻の少林窟道場は、血縁上の児孫(元京都大学工学部教授片野氏)によって財団法人飯田欓隠顕彰会(いいだとういんけんしょうかい)として現在まで維持運営されています

※南天棒老師が、ある部屋で別の参禅者に「飯田にはそろそろ印可証明をやっても良いだろう」と話しているのを偶々通りかかった飯田居士が聞いてしまったから。まだ自分が肯心 (こうしん) みずから許すという風になっていないのに、印可するというのは、師自身が透徹していないのではないかと思われたのです。(要するに自分でまだ悟っていないと分かっているのにそれを印可するというのはその印可してやろうという師自体があやしいということです)

※公案については、別に臨済宗に限らず、曹洞宗でも長年用いられています 管理人が公案を批判しているのではありません たとえば、一例ですが、曹洞宗で道元禅師(高祖)と並び称される太祖・瑩山紹瑾禅師(けいざんじょうきんぜんじ)には次のような故事があります
師である徹通義介(てっつうぎかい)禅師が上堂されて、趙州従(じょうしゅうじゅうしん)禅師の「平常心是道」(びょうじょうしんこれどう)の公案を挙示された時、瑩山禅師は「われ会せり」と言って、「黒漆の崑崙こんろん夜裡やりに奔わしる(真っ黒のたまが闇夜の中を走っている)」や「茶に逢っては茶を喫し、飯に逢っては飯を喫す」との見解(けんげ)を呈されています 公案によって悟るという例は枚挙に暇がありません [文責:管理人]
450iidatoinin30s
↑ 飯田トウ隠老師 (写真は30代の時) は、井上貫道老師の師の井上義衍(ぎえん)老師が参禅された師家(しけ) 60歳にて出家


松本自證師は、上記の通り、様々な瞑想や修行方法を経験した後、井上貫道老師に出会われ、本当の修行方法と坐禅を習い、坐禅修行を続けて、ある夜、時計の秒針の音を聞いて身心脱落をされました。
松本自證師は、井上義衍老師に印可証明を受けられた井上貫道老師による見性の證明を受けておられます。
 飯田欓隠―井上義衍―井上貫道―松本自證


◯ 松本自證師のプロフィールを読む (英訳付き そのページ上部が井上貫道老師のプロフィール、下部が松本自證師のプロフィールです)
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400名以上が登録されています


◯ 遠隔地で参禅が困難な方には、松本自證師のネット禅会があります。
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松本自證師ネット禅会の特徴

スカイプはもう古い 今はZoom ZOOMに参加するにはID登録不要です
送られて来たURLをクリックするだけで参加できます(スカイプのように呼び出しがありません)
スカイプ=テレビ電話  Zoom=会議室 という感じです

✅ 自分のメールに知らされたURLをクリックするだけで、自宅から代々木のネット禅会(金・土・日・祝)に参加可能です

✅ スカイプと違って、IDやパスワードが不要です。また、URLをクリックするだけで、坐禅会に参加し始めることができます(スカイプ使ったことのない人はこの文章は意味不明だと思いますのでスルーしてください)

✅ カメラとマイクが必要です スマホなら最初からカメラ・マイクが付属しています パソコンにあらかじめカメラ・マイク(カメラに内蔵の場合が多いです)が付属していない場合は、ネットで安価で購入が可能です

✅ カメラでは必ずしも自室や自分の顔・坐禅姿を映さなくても大丈夫です(差し支えない壁方向を映しておく,etc) ただし、独参の時は、自分の顔を映してface-to-faceです


 自宅で坐禅をしながら、独参も可能です(よってマイクが必要) 13:10からの提唱も聴けます 松本自證師は時々口宣(くせん 下に注釈あり)もされます


✅ 昼休みの昼食直後から提唱もあるので、それをネットで聞くことができ、その場でパソコンを通じて質問も可能です 午前参加の方は最後に13:10からの提唱と質疑を、午後参加の方は最初に13:10からの提唱と質疑を聴講することができます


✅ 自分の事情に合わせて、途中退出など可能です

✅ 初心の方は、無理に長時間坐禅をせず、独参と坐禅を繰り返すことができます

✅ 自宅や寺院に居ながら参禅ができるので、介護中、子育て中、自営業で仕事がいつ入るか分からない、寺の住職をしているので寺を空けられない、時差はありますが海外在住の方、そもそも東京まで行けない、自宅で坐禅すると続かない などなどの人に最適です

✅ 一ヶ月に一度は坐禅会に出かけられるが、それ以上は無理で、できればその間提唱を聞いたり、皆と坐禅できる機会が欲しい人に最適です

✅ システム上は100名という大人数のネット参加が可能ですが、指導が疎かにならないよう定員(数名6名くらい)があります

✅ ネット禅会は予約制で、定員があります 予約状況ですが、松本自證師のホームページの右のカレンダーから空きが確認できます 希望の日付をクリックしてみてください 1ヶ月先まで予約できます 申込み受付けは先着順となります 満席となるとシステムが受け付けてくれないようになっています(つまり満席かどうかを問合せる必要がありません)

✅ 参加費はクレジットカード/デビットカードまたはゆうちょ銀行振り込みの後払いですので、海外在住の方も問題がありません

✅ 午前午後両方参加でも参加費は倍額になりません

 ※口宣(くせん)とは、止静しじょう中(坐禅中)に、師家しけが参禅者全員に対して短いコメントをすること 提唱ていしょうではない 一言二言で終了する

ネット禅会参加の手順

(1) 松本自證師のサイトから、ネット禅会に申し込む

まずは、
matsumotonetzenkaikochira 
に行きます


(2) 当日メールを受け取る

660matsumotonetzenkaiyomailfromzoomhost
主催者から以下のようなメールが来るので、URLをクリックする


-----------------------------------
ZOOMの公式サイトにあるZOOMのテストは以下からできます
https://zoom.us/test
-----------------------------------



Zoomミーティングに参加する 

  
https://us04web.zoom.us/j/8722502659
 (サンプルですが、実際にクリックOKです テスト画面では、カメラがOFFになっている場合がありますので、手動にてONにしますと、ご自分の様子が映し出されます こんな感じかということがつかめると思います)

  ミーティングID: 872-250-2659

 https://us04web.zoom.us/j/8722502659 (はテスト使用構いませんが、松本師とは関係のないものです このテストではパスワードを請求されますが、上のURLにパスワードを埋め込めば、パスワード入力も不要になります)



(2) URLをクリックするとこんな画面に

図の赤◯で示した「Zoom Meetingを開く」をクリックする
zoom2


(3) ZOOMのミーティングつまりネット坐禅会に入れる

(2)でZoom Meeting を開くをクリックすると、ネット禅会に入ります。スカイプと違って主催者に関係なくいつでも入れます。また、スカイプのように、IDなどを取得する必要がありません。

入室時に自分の名前を記入します。(この名前は後からでも変更が可能なので、参禅の場合は松本自證師に分かってもらえるよう姓名を入れます)


(4) マイクとビデオ(自分の映像)の調節方法

一つ覚えておいたほうが良い単語があります。
・ホスト 招待側 主催者を指します
・クライアント お客さん側 参禅者を指します

それから、
マイクとは、自分の声を相手に送るものです
スピーカーとは、向こうの声・音を自分が聴くものです
オーディオ=マイクとスピーカーひっくるめて言います

zoom4

赤い印 で、自分の音声(マイク)をON/OFF、映像(ビデオ)をON/OFF  できます。
青い印 に、ホストである松本自證師の顔や背後が映されます。昼休みの提唱時には、禅堂内の松本自證師が映されます。

また、一番上に、並んで、クライアントである参禅者一同の画面が出ます。「自分」は通常一番左端に来ます。
「ビデオをOFF」にしていると、顔や部屋は映らず、黒い背景に自分の名前が出ます。

右端の白いところは、チャットです。
チャットなどについては、主催者の指示に従ってください。

(5) ZOOMをつけたままで、自室で坐禅をする、提唱を聴く、独参で質問をする

・坐禅の終わりは、松本自證師が代々木で鐘で合図されるので、パソコンやスマホの音声(スピーカ)がついている限り、その音で自分の坐禅の終了、経行(きんひん)のタイミングがわかります つまり自分でタイマーをセットしたりする必要がありませんので時間を気にせず、坐禅に専心できます。

ネット参禅者の独参中は、上の鐘の音が聞こえませんので、その時は、自分のスマホのタイマーや坐禅アプリなどで各自計測する必要があります。時計を目の前に置いてそれで時間を見るのはおすすめしません。


代々木禅会のスケジュールは、ここにあります
ネット坐禅者には、09:20-25 くらいに URLと注意事項がメールに届きます
09:40~10:20 坐禅①
10:20~10:30 経行    
10:30~11:10 坐禅②
11:10~11:20 経行 
11:20~12:00 坐禅③
12:00~12:10 経行
12:10~12:50 坐禅④
12:50~13:10 昼食
13:10~13:50   提唱と質疑応答 
13:50~14:30 坐禅⑤
14:30~14:40 経行
14:40~15:20 坐禅⑥
15:20~15:30 経行
15:30~16:10 坐禅⑦
16:10~16:20 経行
16:20~17:00 坐禅⑧
17:00~17:10 経行
17:10~17:50 坐禅⑨
連続禅会最終日は⑧の17:00まで
続けて一日坐禅会がない場合は、⑧の17:00まで
・提唱は昼食の直後ただちに13:10から行われます
・独参(松本自證師との1対1の質疑応答)は、みずから希望を告げてしてもらいます 代々木での参加者も独参をするので、遠慮しているとそのチャンスがなくなります


金曜日のスケジュール
19:55      Zoom‐IDの送信
20:00~20:05 Zoomの動作確認
20:05~20:30 坐り方の説明、質疑応答は随時可
20:30~21:10 坐禅①
21:10~21:15 各自:経行、トイレ休憩
21:15~21:55 坐禅②
21:55~22:00 各自:経行、トイレ休憩
22:00~22:40 坐禅③

・独参の回数に制限はありません 初心の方は、我流で坐禅しないためにも、すぐに独参を受けることが望ましいとされます

・松本自證師は、「坐禅中に間違ったことをしていると、余計なことをしていると、何万年坐禅しても無理だと言われています」
自分では、その間違いに気づけないので、独参が必要なのです。

・パソコンやスマホの電池切れにご注意ください


以上、ネット坐禅会のご案内でした
matsumotonetzenkaikochira
に行く

「親炙(しんしゃ)する」とか「謦咳(けいがい)に接する」という言葉がありますが、坐禅会場に行き、指導者にリアルに参禅するのがベストであることは言うまでもありません
300takatsuki男性単
松本自證師大阪坐禅会

ネット禅会に必要なwebカメラとマイクまたは、wifiにつながったスマホ

パソコンにwebカメラ(マイク内蔵のものが多いです)が付属していない場合は、Amazonや家電量販店にて、カメラを入手する必要があります。

【4月4日追記】
インターネットでの坐禅会に必要なものは、光ファイバーやポケットWi-Fiなどの通信容量を気にしない環境とウェブカメラです 
世の中のリモートワークや遠隔授業の増加の影響で、ウェブカメラは低価格帯のものは在庫はあっても1ヶ月待ちなどの状況です
急ぐ方は、メルカリやラクマなど個人売買サイトでのご購入をおすすめします usedだけでなく新古のものも出品されています ほぼ変なものを掴まされる心配はないです 
書籍や衣服もかなりお得です
あくまでも管理人個人の感想ですが、は数十回使用(購入)して一度も不良品が送られることはなかったです
以上追記


ウェブカメラ で探します。ノートパソコン用デスクトップ用兼用のものが多いです。
webcamera
上の写真はマイク内蔵のウェブカメラ(約2,000円) 
「広角」のウェブカメラを使うと部屋全体が映るので
それが嫌な人は注意してください
メーカー的にはLogicool ロジクールがおすすめ
ですが、elecomやbuffaloでも悪くはありません

たとえば、下記リンクからamazon にて、ウェブカメラが入手できます。
高価なものは不要で、3,000円以下のもので十分な性能があります。精細な映像は必要ないからです。
ウェブカメラにはマイクが内蔵されているものが多いので、内蔵のものであれば別途マイクは必要ありません。
重要なのは映像よりむしろ音声です。

Windowsでは使えるが、Macには対応をしていないものもあるので、チェックをしてください。

スマホを持っている場合は、スマホのカメラ・マイクで参加が可能です。
ただし、データ量が大きくなるので、4GLTE回線ではなくてwifiにつなげた方が安心です。

(松本自證師はZOOMズームを使いますが、ZoomはSkype(スカイプ)の1/4のデータ量で済むと言われています)


Amazonでウェブカメラを探す⇒ https://amzn.to/2RAQ7JO



【注 意】以下は、特に必要ありません 念の為の情報です

カメラはついているけれど、マイクがない(ノートパソコン自体についているものがほとんどです)、相手から音が悪いと言われた、音声にこだわる、そのような場合は、マイクだけを別に入手します。(上記のウェブカメラ内蔵のマイクか、以下のにするかはパソコンで選択が可能です)

耳掛けヘッドセットなどがあります⇒ https://amzn.to/36eIZIw
headsetmimikaketype_
↑↑ 先がマイク差込口に差し込むタイプなので、アナログ音声です 音質は良いです。

もちろん頭からかぶるヘッドセットタイプのものもありますが、そこは好みです。
これらには、カメラは付属していません。


イヤフォンまたはヘッドフォン
youtubeにしてもzoomにしても、パソコンやスマホから直接聞くと、声を聞き取りにくいので、イヤフォン(ある程度上質のもの)かヘッドフォンを接続して聞いてくださることをおすすめします。
(音楽などは、上質のイヤフォンを使うとyoutubeでもかなりの高質の音楽が聞こえます)

ブルーツゥースBluetoothの片耳イヤフォンなども今は安価で入手できる時代になっています。
bluetoothheadset
写真のBluetoothイヤフォンはこちら マイク内蔵


管理人が3年間使っている353円のBluetoothイヤフォンはこれ↓↓
Bluetoothearphone353yen
353円のBluetoothイヤフォンの購入先はこちらです


地方でネット坐禅会を開催する方法

ネット禅会の特殊例

・地方在住の有志がどこかの会場に集まって、松本自證師とネットでつなぎ、代々木とその地方を結ぶネット禅会を開催することも可能です。 その場合は、松本自證師にお問い合わせください。 遠慮なく参禅費の相談などもしてください 。 有料の会場を借りる場合は、会場費は参加者の割り勘にすると良いです。
別途参禅会費(講師謝礼)を代表者が徴収するか、参禅者各自がそれぞれ松本師に送金するかになります。

神戸にてこのようなネット禅会が開催されたことがあります。


地方に松本自證師に来てもらう

地方での禅会開催

・会場が確保できれば、松本自證師に地方に出張指導を依頼することも可能です。 関西などではすでに実施されています。

この場合は、講師への謝礼、会場使用料の他に講師交通費、遠方なら宿泊費もかかるので、それらを考慮して赤字の出ないように会費を設定する必要があります。
関西や高知では参加費3,500円に設定されています。(今までの統計から行きますと、会費の6割が経費となります 20名以上の参加者が必要です そうでないと赤字もしくは謝礼を削るしかないのです もちろん主催者も会費を支払います)

坐禅の開始と終わりは、スマホのアプリを使えば、勝手に鐘を鳴らしてくれるので、主催者も坐禅に専念できます


地方で禅会を開催の場合は、このブログで告知いたします
地方会場開催の場合は、このブログでも告知させていただき、集客のお手伝いが可能です 管理人へのメッセージ欄にてご連絡ください


【最新情報】6月の岡山圓通寺坐禅会と高知坐禅会と大阪坐禅会(2箇所)は中止と決定 6月の磐田市福王寺坐禅会は再開  6月の東京は中止 7月から成願寺坐禅会開始 成願寺は20名限定の電話予約制/会場での予約制、昼食は持参 神田は未定(会場次第)  倉敷市・円通寺は7月中止、9月再開、神田(参加者名を主催者に事前登録必要)と神戸は7月から再開(神戸はすでに満席)、高知は9月再開、井上貫道老師オンライン禅会は毎月2回(新規募集は常時)






ある指導者から伺った実話です。

行商のお婆さんが、摂心終了しても気を抜かずにいたら、改札で体験が


それは、原田祖岳老師/雪水老師の時代だったか、原田雪渓老師の時代だったか聞いていませんが、小浜市・発心寺ほっしんじ専門僧堂の摂心に参加した行商のばあさんがいました。


ひょっとしたら、発心寺のお隣の佛国寺(仏国寺)の摂心だったかも知れません。
佛国寺だったら、師家は故・原田湛玄たんげん老師です。

※佛国寺(仏国寺)ぶっこくじは、元々發心寺の隠居寺で、お隣です。
※原田雪水、原田湛玄老師(二人共遷化せんげ)は、原田祖岳老師の法嗣ですが、原田雪渓老師は、そちらではなく井上義衍老師系統です。原田雪渓老師は、姓は、蜂須賀(雪渓)ですが、発心寺の住職になる都合で、養子縁組により原田姓となられています。雪渓老師は高齢により、もう指導されていません。



発心寺や佛国寺の僧堂の摂心には、雲水のみならず、外から大勢の男女が座禅をしにやって来ていました。
海外からやって来る方も多かったようです。通訳者が居ることもあり、米国・ドイツが特に多かったようです。

一時は青い目の雲水さんがたくさん安居(あんご)していました。
※安居とは、お釈迦様在世時代のインドの仏教僧の修行方法にならって、90日間禁足で僧堂に留まって、修行に専念すること

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行商のおばあさんが、発心寺専門僧堂のある摂心に参加しました。


お仕事を一週間休んで、摂心に参加しました。
前の日の夜から泊まり、最終日も深夜までありますから、翌日午前中にやっと下山できます。

実質あしかけ9日間仕事を休まないといけません。


自営ですから、当然、実入りは少なくなるのですが、それは覚悟の上です。

サラリーマンなどには有給休暇を全部摂心に使う人もいます。
それくらいかける価値があるということです。


7日間の摂心が終わり、駅まで歩き、そしてJR小浜駅から電車に乗りました。


おばあさんは行商がお仕事ですから、普段なら電車で乗り合わせた人によく話しかけます。


ところが、今回は、せっかく摂心に参加したのだから、摂心が終わってやれやれという気持ちにはならないで、もったいないので、電車の中で、目を開いて摂心の時の功夫(工夫)を続けました。

目を閉じると、座禅になりません。


そして、目的の駅に着いたので、改札で、切符を取り出して駅員さんに渡したところ、あらっということが起こりました。

自分を駅員さんに手渡してしまったのです。

切符が自分だったのです。


-----------------------------


以上のようなお話を伺ったことがありました。

修行者は、日常においても気を抜いてはいけないとのことでした。

修行には、僧俗や男女や年齢は関係がないのですね。



⇒ 多忙な一流企業会社員が、離婚と元カノの死で無常を感じて毎朝30分の座禅に励んだ結果 を読む

介護真っ只中なのに、ある体験後、5日間1人で自宅座禅ができ、のちに会社で大悟した女子社員 を読む

  曹洞宗の専門僧堂の全僧堂一旦閉鎖へ を読む 



摂心情報があります

2019年ゴールデンウィーク中に新潟で井上貫道老師の摂心があります

◎ ゴールデンウィークの貫道老師の新潟摂心情報(27日夜の宿泊OK)の情報の希望者は、以下からご登録下さい。hokkaijoin_FotoSketcherpencil5

 ⇒ 摂心・集中坐禅会情報に登録する
         登録には本名は不要です 登録後、いつでも自力で配信停止することができます ここに登録しても攝心に参加する義務は発生しません


最近、Gmailアドレスで登録される方には、メールが届かない事象が発生しています。Gmailでも届く人もあります。マイクロソフト社のHotmailはもっとおすすめしません。hotmailは遅延と不達が頻発します。

プロバイダアドレスでのご登録を推奨します。Yahoo!アドレスでも大丈夫です。


一度も貫道老師の坐禅会に参加されたことがなくても、いきなり摂心に参加できます。

詳細を希望の方は、ご登録下さい。

登録されても参加ということになりません、情報のご案内のみです。

上記がクリックできない方は、
    https://tinyurl.com/inoueroshisesshin
から登録が可能です 同じものです

登録された方にはすぐに詳しい摂心情報・集中坐禅会情報をお送りします。



それ以後も臨時の摂心情報・集中坐禅会情報を時々お送りします。

またいつでも登録を解除できます。再度の登録も自由です。



すでに上記URLに登録されている方には、先日情報をお伝えしましたが、何人かにはメールが届きませんでした。
恐れ入りますが、プロバイダアドレスまたはYahoo!アドレスで再登録をお願いいたします。









 




悟ると感情がなくなってしまうのでしょうか?



悟るとどうなるのかということは、参禅者の気になることの一つです。
中でも、

・悟りを開くと、喜怒哀楽の感情がなくなるのではないか
・逆に、悟った人はいつもニコニコしているはずだ。

などと思ってしまいがちです。



なぜか涙が流れて来るのです―松本自證師

123bba1b2c02fccc2f54bda1d23b099b_s(松本自證師いわく)
以前、Mさんとは一緒に修行していましたが、病気でなくなりました。

彼と一緒にあるお店に何回か入ったことがあるのですが、いまでもその前を通ることが時々あるんですね。


そのお店の前を通ると、知らないうちに、涙が流れて来るのです。

その前を通るたびに、なぜか、涙が頬を伝わって来るのです。


でも、そこを通り過ぎると、いつの間にか涙は止まって、別の様子になっているのですね。


(少し笑いながら) 坐禅をしているご主人が怒ったからと言って、「そんなんでは修行が足らないわね」などと言わないでくださいね。


―松本自證師


関連記事 【質 問】悟った人は、人の気持ちを超越してしまうのですか? をご覧下さい。


 
 「松本自證師とは」 に登録する  ハンドルネーム可 今まで400名様以上が登録されています


◯松本自證師の関西禅会は次回2020年5月または6月の日曜日に、神戸三宮で行われます。 ネットでの申込みは2ヶ月前から。お申込みは、こちらへ


◯松本自證師のサイト(ホームページ)はこちらへ
遠方で東京や関西に行けない方、スケジュールが合わない方は、パソコンやスマホを使ってのネット坐禅会もされています



koshojisodonaibumini[管理人註 ] Mさんは、管理人も存じ上げていました。熱心に修行をされている方でおまけにとても謙虚であり、好感のもてる青年でした。

修行に打ち込んでおられ、この方こそ、出家されたら理想の雲水になるのではと思わせるような方で、立ち居振る舞いも美しかったのです。

お寺に泊まると、布団を敷いたあとは、消灯後も自分の寝具の上で坐禅を楽しんでから休まれるのが常でした。一日中接心で坐ると夜には脚がかなり痛いものです。 それを、彼は夜具を展(の)べてから1時間以上坐られていたかもしれません。

大企業に勤めておられましたが、やがて修行に専念するために若いのにそこを退職して、師匠と同じ町に移って近くにアパートを借りて、そこからお寺に通って修行をする生活をされました。
病気発覚後は、出家をされて専心されました。 合掌礼拝



70歳の参禅者が臘八(ろうはつ)摂心中に突然、見性(けんしょう)体験をした例

管理人です:
Tさんの臘八大攝心中の見性体験です。臘八(ろうはつ)

 臘八の臘は臘月(ろうげつ12月)、八は八日のこと  お釈迦様(ゴータマ・シッダールタ)が臘八つまり12月8日に悟られたことにちなんで、禅宗寺院では12月8日まで摂心(せっしん)という宿泊型坐禅会で、早朝から夜まで一日中坐禅をするところが多くあります。



井上貫道老師・金曜坐禅会に参加されていた60代後半か70代くらいのTさんがいらっしゃいました。
その人に、話しかけることはありませんでしたが、Tさんのことは存じていました。


10年以上(約15年)にわたる相当長い間摂心にも参禅し続けられていた古参の方のようですが、
そのTさんがある冬の接心(臘八摂心)で体験された事が某ブログに詳細に記述されていますので、
見つけにくい方のためのここに引用をさせていただきます。 引用箇所は下部に記載しています。

元のブログで既にお読みの方もいらっしゃるかもしれません。



 
<ここから-->
 
今年 [数年前です]、一般のかた [ Tさん ] が見性されました。老師にも認められたようです。

[ Tさんが摂心をされていた道場は、掛川のお寺ではありませんでした。この「老師に認められた」の「老師」とは掛川の老師のことではないと思われます  この方は、掛川の老師以外に浜松の老師にも参禅されていました ]


禅堂から帰ってくるやいなや、
みんなの前で

「しゃべっておらずに坐らなければいかん! 坐れば分かる! 俺は分かった!」

と明言されましたので、
周囲も、えっ、と驚いて、質問攻めにされていました。





「もう自分には無理かな…」
と悩まれていたようなかたでもいらっしゃいましたので、
そのかたがひょっとしたきっかけで気づかれ、
一夜にして堂々と法を語り始められるということは、
実に興味深いことだと思います。


なお、いつ頃、どこのお寺で、誰が、ということについては、ご本人への興味や詮索等が高じてご迷惑をおかけすることが万が一にもあってはいけませんので、あえて伏せさせていただきます。
変に詮索することもお避けいただければと思います。あくまでも一般のかたですので。

見性というものが迷信ではなく、本当に誰でもできるということだけ信じていただければと思います。


Q・・・周囲の参禅者(複数)
A・・・ご本人


Q.
すごい明るくなっちゃった。ニコニコしてる。(笑)

A.
スパーンと分かっちゃった。



Q.
へえ、スパーンと分かる。

A.
変な言い方ですけどね、それしか言いようがないね。




Q.
何か事実が、ポーンとやってきたとか? 例えば鳥の鳴く声やセミの声を聞いてとか。

A.
それだとちょっと劇的でいいんですけどね。(笑)

なーんにもせずに坐ってて、「ああ!」だけです。

まあ、実はその前に伏線はあるんです。
(一昨日)ここで夜中まで話ししたということもありますし、みなさんでお風呂行ったでしょ、その時、風が強くて、笹がこう、動いてたんです。
それがねえ、なんとなく「んんん」という気にはしていたんです。

だから、まあ、それが、あとから考えりゃ伏線だと思えば伏線だし、関係ないと言やあ関係ない。

だから、あの、撃竹のようなね、ああいう、あの、絵になるような話はございません。(笑)



Q.
ああ、あの、風呂の窓の所の。

hata


A.
そうそう、あの笹すごかったよね、風が強いから。

あれがざーっとねえ、こう、あの、揺れてたんです。

それ見て「ああ…」というのはありました。





Q.
じゃあ、逆に、坐禅中に、なにか考え事をしていて、そのきっかけでふと気づいたとか。

そうではなく、本当に空白になっちゃったとか?





A.
あっ、私ね、最近、坐禅してもあんまりね、考えないようになった。

ただ本当に坐ってる感じが強くなってきました。


だから、あの、十何年こう坐っていて[坐禅していて]、もう毎回毎回「どうして、どういうふうに坐禅すればいいんだ、これでいいのか、どうのこうの」とだけが頭にありました。


それがねえ、ここちょっと[どのように坐禅していたら良いのかという]悩みがなくなっちゃって、こういうふうに坐っとけばいいんだというのが出て来た。

で、そういうふうにうち [家]でも坐ってるんです。

だから、そういうのもあるのかとも思うんですけどね。



よく分かりません。(笑)



Q.
じゃあ、本当にその時はほったらかしになってたら、いきなりバッと?

A.
あ、そう、そうですね。本当に、ただ、こう、時間に行って坐ってたら、「ええっ」という感じですね。

よく分かりませんね。説明のしようがない。




Q.
「ええっ」となって、「なんだこれか」って感じですか?


A.
「ええっ」→「えっ」→「あ、なんだそうかぁ」(笑)ってな感じですね。

だからよく考えれば本当にどうってことないことなんですねえ。


先ほども老師とお話しした時に、「そのものは本当に保育園の子供でも分かるんですねぇ」ということですよ。
* この方は同系列の他の老師にも参禅されています


私はすごく勉強が好きだったから、正法眼蔵 [しょうぼうげんぞう] をざーっと読んでいたんです。

このお寺へ来て、老師に本を読むなと言われて、でもなかなか読まずにはおれなくて、でも確かに読む必要はないなと思いましたね。



Q.
じゃあ、結果的には、読まなくてもよかった?

A.
いや、読まなかったとかいうんじゃなしにね、まあ、読んで、覚えたこともあるだろうし。



Q.
分からないね。

A.
うん。



Q.
笹の話をもう一度お願いできますか?

A.
ああ、風呂入っててねえ、風が強かったでしょ、昨日。
笹がありましたですよ。
それがこう、かなり動いてた。

それを見てね、なんとも「うーん」という感じがあったんです、その時にね。

「ああ風かあ、うん竹かあ」、
あの、まあ、幡がねえ、ありますでしょ。
風が動かしてんのか幡が動いてんのかっていう、そういう問答※が頭にあるので、
「ああなるほどなあ、風がってか、笹が動いてんなあ」ってのがやっぱり、思いをしてるんですね、その時。


それがその縁の中に入ってるのか、それは分からないですけど。
ただそれをなんとなく気になってたですね。



Q.
一昨日、あんだけバトルをしていたというのに。(笑)

A.
あれは、本当に、わあわあ言っててね、それでね、自分の中でね、知らぬ間に整理が出来てたかもしれませんね。



Q.
じゃあ、ぜひまた提唱を。(笑)

A.
そういう皮肉をおっしゃらないでください。(笑)



Q.
そういうのがまた、どんな縁になって他の方が見性されるかもしれませんよ。

A.
縁って、作ろうと思って作れるもんじゃないじゃないですか。



Q.
運命的なものですか? 自分の問題ですか? それとも、いわゆる他力っていうか、どこか他から? それともあくまで自分自身の力ですか?

A.
言葉で単純に言えば、本来の面目がバンと現前したということですわね。
本来の面目、まあ出ますけどね。
その、本当、それが、現状したということですかね、自分の中にね。
「ああ、そうか」っていうのはそういうことですね。



Q.
ああ、本来の面目ね…よく分からん。(笑)

A.
だから言葉はいけないんです。なるほどなあ、いかんなあと思いましたねえ。



Q.
一昨日と逆の事を言ってる。(笑)

Q.
「ハッ」と思うでしょ、その後は、もう、今までの疑問みたいなものがなくなる?

A.
うん、分かる。

さっき老師に言われたんですけどね、「(語録は)読みゃ分かるだろ」って言われたんですけどね、そうなんです。



Q.
古い言葉は分からなくても?

A.
ええ。別に翻訳することじゃないから。
言われていることが「ああ、そのままだなあ」と、そのままに。

要するに書いてあることが分かる。



Q.
何が起きても、今あるものとかは、もう絶対に揺るがないものなんですか?

A.
分かったことはね、もう、そのものだから、揺れやしないし倒れやしないし。
だって私が立てたんじゃなしに、昔から立ってるそれだけのことを、立ってるのが分かっただけのことだから、揺るぎもしなけりゃ無くなりもしないし。


Q.
「無」とか「空」とかそういうことも分かっちゃうの?

A.
ああ、あんなもんねえ、どうでもいいことなんです。(笑)

「無」「空」なんて、そんなあほくさいこと言ってる必要はないんです。

だから、「無」っていうのはこんなもんか、ということは分かります。

「空」って、じゃあ、こういうことかというのは分かります。

だけど、じゃあそれが分かっても、言葉じゃなんにもならないです。
 



Q.
一昨日までは分かんなかった?

A.
理屈でね、こういうもんじゃないのかなあというのは、誰でもやっぱり理屈で考えますよね。
それはあったんです。

だけど、「コン」、こっちが分かってみたら、「空はなんだ、無はなんだ」なんてことは、そんな面倒くさいことはする必要がないなあって思って。



Q.
じゃあ般若心経はどうなっちゃうんですか?

A.
だから、「色即是空」、本当そのとおりなんです。
だからね、「色に対して空がある」と思ってたから大間違いなのね。
文章だから、「色は空だ」と読むから間違うんです。

そうじゃない。

いやいやえらそうに言っちゃって恥ずかしい。(照)
<--ここまで>



以上は、『浜松で禅修行』からの引用です。

記事を見つけにくい人のために引用させていただきました。
 

お願い:読み違えないでくださいませ 長年参禅しないと悟れない例ではありません むしろこの方は、長年摂心や坐禅会に通っていたにも関わらず、坐禅の仕方が分からず、 坐禅のやり方が分かった途端に、数カ月後に摂心という縁を得て、見性されたのです
⇒ 


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※非風非幡=五祖弘忍禅師のもとで、のちの六祖・大鑑慧能禅師が米搗きをして、まだ居士のまま、印可証明を受けて、五祖弘忍禅師の下を密かに抜け出した
そのあとかなり経ってから、ある寺院を慧能が通りかかった時に、
僧たちが「風が動いているのか、幡が動いているのか」と論争していた。
まだお坊さんになっていなかった六祖大師が、「風が動いているのでも、幡が動いているのでもなく、仁者(あなた方)の心が動いている」
と答えたという故事のことを指します。(無門関第29則)
この寺院の主は、この人こそ、噂の五祖の法を嗣いだ方だと直観し、慧能は、この寺院ではじめて出家得度することになります。
のちの六祖慧能大鑑禅師です。この方からたくさんの法嗣が出て、中国で禅宗が勢いつきます。
中国初祖達磨大師から六祖大師に至って、のち一華五葉を開くといわれたゆえんです。


六祖、因ミニ風、刹幡ヲ揚グ。二僧有リ対論ス。一(ヒト)リハ云ク幡動くクト、一(ヒト)リハ云ク風動クト、往復シテ未ダ曾テ理ニ契ハズ、祖云ク、是レ風ノ動クニ非ズ、是レ幡ノ動クニアラズ、仁者ガ心動クナリト。
二僧慄然タリ。




【投稿後記】
このお話には大変重要なポイントがあるとされています。 それは次の新記事であらためてお伝えします。


ここに記載した・これから掲載する参禅者体験は、1年を経過しているものを選んで投稿しています。
投稿者は、インタビュアーやレポーターではありませんので、その後、その人がどのようにされているかは存じていませんし、その後の修行をインタビューしていません。

上記Tさんのように、個人を知っている人であってもできるだけ個人を特定できないように余分な情報は書かないようにしています。使用した人名のアルファベットは、その人の本名とは全く関係がありません。ZからAまでを、日本人の姓にならないものは除外して使っていきますので、まずはYさん、次はWさん、次はUさん、Tさん、Sさんという順番になります。
 


井上貫道老師関連摂心情報

ネットで公表がない今後の摂心(せっしん)・連続坐禅会のお知らせがあります。

昨年2017年もネットでは発表されない攝心が2回ありました。

摂心には、初心とかベテランとかは何の関係もなく参禅ができます。
修行には、「初めて」とか「何年もしている」とかは無関係だからです。



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[ 付録 ]  番外編1

東京大学卒業者で大悟した現代人たち

著書などで世に知られている3人だけのご紹介です

飯田トウ隠老師 医師・飯田氏 この節一部追加あり



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飯田欓隠老師は、山口県の生まれ 旧姓片野だったが、飯田家の養子となる。

東京大学医学部出身で、東京大学附属病院医師であった。

その時代にコレラで人がつぎつぎと亡くなるのに無常を感じて、広島の大本山佛通寺(臨済宗)の香川寛量老師に参禅開始。


初めての7日間摂心(せっしん)で見性(けんしょう)に似た体験をする。
ここで、仏通寺・寛量老師の印可証明を受けるも、満足せず、当代臨済宗随一の師家(しけ)とされた南天棒中原橙州老師(なかはらとうじゅう)に参禅する。

南天棒老師は、当時臨済宗の老師(師家(しけ)・師家分上(しけぶんじょう))の悟りがあやしいと思って、『宗匠検定法』しゅうしょうけんていほう というのを考えて、各地の師家(しけ)の点検を行おうとしたとされる
(明治時代 臨済宗の公案体系を使う公案禅も江戸末期から始まった)
※『宗匠検定法』は、当時の師家会の反対にあって、結局実現しなかった

中原橙州老師は、いつも南天の木から作った棒を竹篦(しっぺい)として携えていたため、南天棒と称される。



医師飯田居士は開業医をしながら、師匠・南天棒老師に師事 ひそかに、曹洞宗の師家にも同時に参禅し、只管打坐(祇管打坐しかんたざ)を修していたとされる。

その後、飯田居士は、自分ではまだと思っているのに、南天棒老師が「そろそろ印可証明をやってもよいと思っている」と第三者に話すのをたまたま聴いてしまい、老師に疑問を感じて見限り、老師のもとを辞して、公案禅を捨てた[自分が大悟徹底したという実感がないのに、印可証明をやろうというのはおかしいと思った]

爾後、公案禅を捨てて、只管打坐(祇管打坐 しかんたざ)に専心。 

岐阜県・多治見の虎渓山(こけいざん)永保寺で独摂心をし、大悟徹底して修行が終わる。
ある朝、洗面の後、スズメが道を歩いているのを見て、身心脱落したとされている。
飯田欓隠老師の決着の体験(未掲載) を読む

※独攝心(どくぜっしん)とは、一人でどこかに籠もって摂心をすること 
基本は7日間など期限を切る 通常は食事を摂り、夜は適度な睡眠を摂って行なう 一人で籠もれる空間だけでなく、トイレも必要になるので、場所の選択も難しい
独摂心(どくぜっしん)は、一度は見性しているとかの力のある人でないとできないとされる  
(形だけの独接心なら少しの根性だけでだれでもできるから)



この後、
遂翁和尚(すいおうおしょう)の法系の敬峰和尚に安芸(広島)で偶々出会い、即座に印可証明を受ける。 56歳。
※この敬峰老師は、阿波(あわ・徳島)の鬼文常と言われた懶翁文常老師の印可。
※出会って、少し問答を交わしてすぐに印可証明を受けるということがある。

飯田老師は、居士の身で、各地で禅会に呼ばれる。
東京大学卒業者であり、山口県の名家の出身でもあったので、皇族貴族などの参禅者も多かったという。
また大学創始者、今の一流企業の創業者などの参禅者もいたとされる。


参禅会の人々の懇願があり、のちに60歳で、福井県小浜の発心寺僧堂で曹洞宗の僧侶として出家。





飯田トウ隠老師の提唱の前座として、井上貫道老師の師である井上義衍老師が提唱をされることがあった。
その縁で、この飯田とう隠老師に、すでに大悟に近い体験を25歳の時にされていた(鑑覚の病があったと言われている)井上義衍老師が修行の完成のために参禅された。
大阪府高槻市古曽部町の少林窟道場で参禅されたのであった。

つまり、飯田欓隠老師は、井上義衍老師最後の参禅の師。


この高槻市の少林窟道場は禅堂・方丈・衆寮などが今なお当時のまま現存していて、飯田老師の児孫である京都大学元教授の管理下にある。






玉城康四郎博士 東京大学教授

たまきこうしろう

東大文学部卒のインド哲学の学者 故人。

26歳の時に、専門道場の7日間摂心に僧侶とともに参加して、終了後の直後に、東大図書館で見性に似た体験をする。



のち、原田祖岳老師の系統の老師に師事して、本人の言葉では、大悟はしたが悟りを忘れることができなかった[大悟徹底できなかった・身心脱落できなかった]という。

明眼の宗師とは縁がなくそこまでだったと言われている(本人の述懐)
http://tardiozine.tumblr.com/post/882009230/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E6%95%99%E6%8E%88%E7%8E%89%E5%9F%8E%E5%BA%B7%E5%9B%9B%E9%83%8E%E5%8D%9A%E5%A3%AB
 
に詳細がある。



「難しいのは悟りを開くことより、むしろそれを忘れることです。誰でもようやく達成した結果にしがみつくのは人情ですが、その間違いを指摘してくれる人は容易にはおりません。」―― 玉城康四郎

この方の例は、結局「悟り損ねた」ということだと思われます。

 悟後の修行はない、悟りそこねたということです という記事を読む


川上雪担老師 元・高校数学科教師


東京大学 理III (医学部) に入学したが、考える所あり、文系に転部 東大文学部卒業後、高校数学教師を経て、出家。

当時、曹洞宗で一番厳しいとされた小浜の発心寺僧堂に掛搭するも、浜松の井上義衍老師の名声を聞いて、僧堂を飛び出して浜松龍泉寺に至って修行 ( 当時の発心寺僧堂師家は原田祖岳老師の次の原田雪水老師 )
当時、井上義衍老師が指導されていた龍泉寺は、常摂心と言って、常に摂心をしている状態。

そこに天下の鬼叢林とされる小浜の發心寺専門僧堂を密かに抜け出て、やってくるもの多数。 中には原田祖岳老師の印可証明を持つ修行僧、臨済宗の印可証明を持つ修行僧もいたと言われている。
発心寺の弟子であった蜂須賀雪渓師(のちの原田雪渓老師)も、発心寺僧堂を抜け出して、龍泉寺に掛搭されています。

常摂心なので、一度も坐禅の終わりの鐘がならず、ずっと坐禅しっぱなしだったという。
臨済宗で長年修行してきたつわものの修行僧が、苦痛で逃げ出したということもあったらしい。

現代のような専門僧堂ではないので、一般からの供養体制もなく、食べ物にも不自由したが、少ない食べ物をみんなで分け合って修行に励んだという。


川上雪担師は、頭脳明晰なるがゆえに苦労をしたと自分でも言われている。


龍泉寺を出て新潟東山寺に住職するも修行を続けてある時、決着がついたとされる。
文才豊かで、独特の家風がある。


「分かる人はすぐに分かる 頭の良さは関係がない」
ある時などは普通の女の子がやって来て、坐禅の仕方を伝えたらその日の午後には本当の坐禅ができるようになったという。

平成23年遷化(せんげ)された。


東大卒で悟られた方として、3人を挙げました。
以上の方々は、貫道老師より以前の方々ですので、貫道老師の会下(えか=参禅者)ではありません
※会下(えか)≠弟子 (会下とは参禅者のことであって、弟子とは区別します 弟子には、得度の弟子(お坊さんにしていただいた)や嗣法の弟子などがあります 嗣法には形式的な嗣法、実質の嗣法とあります 寺院嗣法もあります)

 最高の知能を誇る物理学者が悟りを開いている人に徹底的に質問をした結果 もお読み下さい

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いずれの方も、攝心(せっしん 摂心)などで坐禅に励んだ結果として、悟りを得ておられます。
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摂心の心得などは、
 こちらをご覧ください











「事実」に触れるためには、実践してみる



「本当に『事実』に触れると、今まで体験したことがないものだから、驚くんです」


本当にこういうことの内容に触れたかったら、やってみるしかないんじゃないですかね。

やらないで評価してみてもどうしようもないと思う。

やったら自ずから分かるようになってる。


実践するまでは修行をしているとは言えない

触れあっていく中でだんだん、あの人の言っていることはどういうことなんだろう、じゃ一度本当にやってみようっていう風に変わった時に初めて、この仏道の修行になってくるんだろうと思う。

それまでは仏道の修行ではないね。



坐禅中の「思い」の性質、「思い」の対処法


坐禅中の思いは自分で起こしているのではない

坐っている(=坐禅している)時にいろんなことが出てくるというのは、自分で思い起こしたことはほとんどない。出てきたものに気が付くだけですよ。

出てきた時に出てきた通りのことがあるだけで、終わっていくんですね。重なることはない。


坐っていて(=坐禅していて)精細に自分の様子に親しくいないと、自分で思いをつけて過ごしているか、そのままでいるかということが、容易に見ることが出来ないね。そのくらい瞬時に起こるものですよ、思いって。


「思い」の評価はしてはいけない


出て来るものに対して、人って本当に不思議なくらい評価するんだよね、自分で。

その評価が自分の中で混乱を起こす。


どんなことが思えても、それによって人が苦しむことは、本当にない。

出てきたものに対して自分の思いがくっついたことで苦しむ。


関連記事の質疑:坐禅中に思い・想念が出て来るのですが  (2018年5月29日投稿記事) を読む


――井上貫道老師17/3/23提唱から 【3/23提唱DVDからの抜粋】 
DVD製作者様による文字起こしになります
不明点、疑問、足らないところは、坐禅会への参禅をお願い致します  実践して何か体験を得た場合も正師への参禅が必須です


【重  要】
神戸楽の森「坐る会」のサイト https://tinyurl.com/kobeteisho
にも、井上貫道老師の神戸坐禅会の提唱の一部が文字に起こされています。

大切なことを分かりやすく提唱されている部分ですので、ぜひ、ご覧ください。



井上貫道老師に参禅を始めて1年で気がついたサラリーマン



 
これはある人Yさんの体験談です


わたし [このブログ投稿者] が、井上貫道老師の坐禅会に出た帰りのことでした。駅近くでYさんに出会って、多分初めてこの人に話しかけました。

前日の他所での貫道老師の坐禅会での一参禅者の人がちょっとした見解を話されたので、そのことについて、前夜も出席されていたYさんはどう思われますかということを尋ねました。


Yさんは、坐禅に真剣に取り組んでおられること、かならず井上貫道老師の独参の列に並んでおられること、経行(きんひん)(歩行禅)の姿が美しいことで、以前からはその存在には気づいていました。

僧侶ではなくて、企業に勤めていた一般人の方です。 


その時のわたしの質問に対してどう答えられたかは覚えていませんが、続いてこう言われたことをハッキリと覚えています。



「こういう会話って、この坐禅会の人ってあまりしないんですね。

実は、わたしは貫道老師に参禅始めてちょうど1年くらいの時、見性したんです。
[ 当時は、この「見性」という用語をYさんが使われたかどうか、記憶が定かではありません ]


攝心の時に朝の坐禅で、坐禅終了の鐘が鳴った時に体験がありました。
zendohansho 


貫道老師に出会ってから、言われたとおりに修行していただけです。

修行ってとても簡単なことだなと思いました。

 


そうそう、
そのあとの体操の時に、雨だったから本堂で体操があったのですが、インストラクターの人に向かうと、インストラクターの人以外誰もいないんですよ。
とても面白かったですよ。※




でも、そういう体験があるとどうしてもつかんじゃうんですね。」





投稿者「その体験のことを老師には独参で言われたのですか?」


Yさん「はい。 老師にも、その体験の内容ではないぞ、掴んではいけないよと言われたのですが、つかんじゃいました。」
(実際には老師とYさんとの間にどのようなやり取りがあったのかは不明ですのでご注意下さい)




Yさんの体験について、その時はもっと質問したいことがあったというか、体験の時は、どんな感じだったかもう少し詳しく知りたかったのですが、修行上の先輩であるMさんの所に行く約束があるということで時間切れになりました。

その後もYさんと話す機会はありましたが、人の体験については、興味がなくなってしまっていましたので、彼の上記の体験については、それ以上尋ねたりすることはありませんでした。


      *            *           *            *           *            *           *            *

 

Yさんは貫道老師に参禅を始めて1年で気づきを得られたのです。
その前に一度だけ、宗門の専門僧堂で修行僧に混じって、攝心をしたことがあったと話されていました。

体験を掴んでしまわれたので、終わりとはならず、それ以後も坐禅修行と参師聞法を続けられました。


ずっと、あとから分かったことですが、その人は、老師の指導される正しい坐禅が本当にすぐにできるようになったそうです。



「真っ正直な人って、修行が速く進みますね」 ―― 井上貫道老師


「一ヶ月に一度坐禅会にやって来て、そこで修行を思い出すのでしょう。 普段は何もやっていないんだね。
それでは、絶対に [修行成就は] 無理ですよ。
何年かけても無理。

世の中のことでもそうでしょう。

実践したら、一ヶ月もあれば何かあるはずだから、どうなったか教えてください。
やっていないと疑問も何も出てこないでしょう?」

―― 井上貫道老師
[ 井上貫道老師坐禅会では、必ず、質疑応答の時間があります ]





※[攝心 (せっしん) というのは、在家の人も、仕事は休み、人間関係を絶ち、ニュースやTVやスマホを見ずに、日記もつけず、すべてをお預けにして、道場に泊まり込んで行なう合宿型の坐禅修行期間のことです。
朝から寝るときまで坐禅を中心に一心不乱に修行に専念します。この期間は、心おきなく自分の様子に親しくいることができる大変貴重な時間です。

師家(老師)を指導者として、坐禅、提唱(ていしょう)、独参(個人指導)で構成されています。 食事は1日3度ありますが、食事を摂るのも、トイレも、昼の休憩中も、形の異なる坐禅修行になります。
提唱の講本以外、文章を読み書きするのも禁止です。 


よくある荒行のように、食事も睡眠も制限されることはありませんし、1日11炷と言っても、人と一緒にするので、よほどでなければリタイアするような厳しさはないので、ついつい、甘く見て真正面から取り組まずに、ただ外見上は坐禅の形を守るだけで数日を過ごす人もいないわけではありません。

あくまでも内面でどのように自分の今の様子と親しくいるかが問われますので、摂心のあとは、人によって大きな差が生まれてしまう行でもあります。


道元禅師や井上義衍老師は道場で、一夏90日間の安居期間中は、隣で坐禅している人の顔を見たことがなかったと言われています。 




この体験談当時は、攝心の暁天2炷の坐禅のあと、朝課(朝のお経)があって、その後、戸外で体操をしていました。その時は雨降りだったので、本堂でしていたようです]



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cover_teisho1kindle20170707small真実、悟り、禅修行とは(1)
道元禅師『学道用心集』『普勧坐禅儀』、黄檗希運禅師『伝心法要』提唱録』
(井上貫道提唱、2016年)


※書籍タイトルを『井上貫道老師提唱録 修行の大前提:真実とは、悟りとは、修行とは、禅とは』から変更しました


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https://satorizen.wixsite.com/satori/blank


 真実に気付く(悟る)ためにはどうすればよいのか。十代で悟りを開いた井上貫道老師が、修行の大前提としてまず理解するべき基本(真実、悟り、修行、禅とは何か)を、道元禅師の『学道要心集』『普勧坐禅儀』、黄檗希運禅師『伝心法要』を紐解きながら、懇切丁寧に説明。さらに只管打坐の坐り方についての具体的な説明も独立した一章としてあり、即実践を始められるようになっている。真実を求め、修行を志す方は必読の書。


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