坐禅の仕方と悟り,見性,身心脱落:井上貫道老師の庵 まとめブログ

Dharma Talks of an enlightened Japanese Zen Master Kando Inoue Roshi 井上貫道老師が、悟りを体現された経験から坐禅の方法や仏道について語られたものを掲載しています web上に散見される井上貫道老師のことばも引用掲載し、まとめブログとしました ( これは参禅者によるブログであり、公式サイトではありません ) このブログが正師への参禅のきっかけになりますように

タグ:座禅体験

井上貫道老師神戸(兵庫県)坐禅会


悟りの体現者・井上貫道老師2017年兵庫県神戸坐禅会は年間開催回数が増え、かつ1日の坐禅時間が増えます


[ 以下は神戸坐禅会主催者・世話人様からのお知らせの転載です ]


「井上貫道老師 神戸坐禅会」でございます。200_9685

井上貫道老師 神戸坐禅会(会場:楽の森)「2017/1/29(日)」、「2017/2/26(日)」のお申込み受付が、昨日11月29日から始まりました。(申込なしには参加できません)または、
井上貫道老師神戸坐禅会の詳細はこちらから

近日の関西坐禅会予定は、
 https://kobezazen.jimdo.com/
をご覧ください。

人気の坐禅会です。お早い目の参加申し込みをしてください。早めに満席になる場合が多いです。

H29貫道老師坐禅会予定


















・2017年から、井上貫道老師 神戸坐禅会は回数が増えます。
 1月、2月、4月、5月、7月、8月、10月、11月 (原則第4土曜の翌日日曜に開催予定 例外もあります)  

・坐布(丸いクッション)の下に四角い坐褥(ざにく)[坐物ざもつ]として大きな座布団を特注しましたので、快適に坐禅できるようになります

・坐禅の時間が1炷
(いっちゅう)増えます
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■前回からの変更点
・定員を縮小しました(32名→24名)。


・新しく人数分の坐禅用の座布団と坐蒲(丸いクッション)を購入しました。
 ※坐蒲のご持参は不要です。
 ※特大、肉厚の坐禅用座布団を特注してご用意しました。


・坐禅回数増と定員縮小により独参の機会が増えます。(4回→5回)


・軽めの昼食をご持参下さい。


・参加費が3,500円になります。
 定員縮小、座布団・坐蒲購入などの理由により、やむを得ず変更しました。
 ※ただし、ご夫婦で参加される場合はお二人で6,000円です。
 ※参加者に前回提唱のDVD1枚をお渡しします。



・独参を希望する方の順番は、受付時のくじ引きで決めます。(会場が狭いので先着順にすると現場が混乱するからです)



・差定(さじょう=時間割)に変更があります。詳細は下記リンクのページをご覧ください。
 ※昼食後に提唱/質疑応答、坐禅1回増(4回→5回)



・参加申し込み受付開始は、2か月前から約3か月前に変更になりました。
 


■詳細は、お申込みはこちらから。
 井上貫道老師 神戸大阪坐禅会
 http://www.rakunomori.com/other_kandouroushizazennkai.html

近日の関西坐禅会予定は、
 https://kobezazen.jimdo.com/
をご覧ください。


  [ 以下は神戸坐禅会主催者・世話人様からのお知らせの転載でした ]

70歳の参禅者が臘八摂心中に突然、見性体験をした例

Tさんの臘八大攝心中の見性体験です。臘八(ろうはつ)

 臘八の臘は臘月(ろうげつ12月)、八は八日のこと  お釈迦様(ゴータマ・シッダールタ)が臘八つまり12月8日に悟られたことにちなんで、禅宗寺院では12月8日まで摂心(せっしん)という宿泊型坐禅会で、早朝から夜まで一日中坐禅をします。



井上貫道老師・金曜坐禅会に参加されていた60代後半か70代くらいのTさんがいらっしゃいました。
その人に、話しかけることはありませんでしたが、Tさんのことは存じていました。


10年以上(約15年)にわたる相当長い間摂心にも参禅し続けられていた古参の方のようですが、
そのTさんがある冬の接心(臘八摂心)で体験された事が某ブログに詳細に記述されていますので、
見つけにくい方のためのここに引用をさせていただきます。 引用箇所は下部に記載しています。

元のブログで既にお読みの方もいらっしゃるかもしれません。



 
<ここから-->
 
今年 [数年前です]、一般のかた [ Tさん ] が見性されました。老師にも認められたようです。

[ Tさんが摂心をされていた道場は、掛川のお寺ではありませんでした。この「老師に認められた」の「老師」とは掛川の老師のことではないと思われます  この方は、掛川の老師以外に浜松の老師にも参禅されていました ]


禅堂から帰ってくるやいなや、
みんなの前で

「しゃべっておらずに坐らなければいかん! 坐れば分かる! 俺は分かった!」

と明言されましたので、
周囲も、えっ、と驚いて、質問攻めにされていました。





「もう自分には無理かな…」
と悩まれていたようなかたでもいらっしゃいましたので、
そのかたがひょっとしたきっかけで気づかれ、
一夜にして堂々と法を語り始められるということは、
実に興味深いことだと思います。


なお、いつ頃、どこのお寺で、誰が、ということについては、ご本人への興味や詮索等が高じてご迷惑をおかけすることが万が一にもあってはいけませんので、あえて伏せさせていただきます。
変に詮索することもお避けいただければと思います。あくまでも一般のかたですので。

見性というものが迷信ではなく、本当に誰でもできるということだけ信じていただければと思います。


Q・・・周囲の参禅者(複数)
A・・・ご本人


Q.
すごい明るくなっちゃった。ニコニコしてる。(笑)

A.
スパーンと分かっちゃった。



Q.
へえ、スパーンと分かる。

A.
変な言い方ですけどね、それしか言いようがないね。




Q.
何か事実が、ポーンとやってきたとか? 例えば鳥の鳴く声やセミの声を聞いてとか。

A.
それだとちょっと劇的でいいんですけどね。(笑)

なーんにもせずに坐ってて、「ああ!」だけです。

まあ、実はその前に伏線はあるんです。
(一昨日)ここで夜中まで話ししたということもありますし、みなさんでお風呂行ったでしょ、その時、風が強くて、笹がこう、動いてたんです。
それがねえ、なんとなく「んんん」という気にはしていたんです。

だから、まあ、それが、あとから考えりゃ伏線だと思えば伏線だし、関係ないと言やあ関係ない。

だから、あの、撃竹のようなね、ああいう、あの、絵になるような話はございません。(笑)



Q.
ああ、あの、風呂の窓の所の。

hata


A.
そうそう、あの笹すごかったよね、風が強いから。

あれがざーっとねえ、こう、あの、揺れてたんです。

それ見て「ああ…」というのはありました。





Q.
じゃあ、逆に、坐禅中に、なにか考え事をしていて、そのきっかけでふと気づいたとか。

そうではなく、本当に空白になっちゃったとか?





A.
あっ、私ね、最近、坐禅してもあんまりね、考えないようになった。

ただ本当に坐ってる感じが強くなってきました。


だから、あの、十何年こう坐っていて[坐禅していて]、もう毎回毎回「どうして、どういうふうに坐禅すればいいんだ、これでいいのか、どうのこうの」とだけが頭にありました。


それがねえ、ここちょっと[どのように坐禅していたら良いのかという]悩みがなくなっちゃって、こういうふうに坐っとけばいいんだというのが出て来た。

で、そういうふうにうちでも坐ってるんです。

だから、そういうのもあるのかとも思うんですけどね。



よく分かりません。(笑)



Q.
じゃあ、本当にその時はほったらかしになってたら、いきなりバッと?

A.
あ、そう、そうですね。本当に、ただ、こう、時間に行って坐ってたら、「ええっ」という感じですね。

よく分かりませんね。説明のしようがない。




Q.
「ええっ」となって、「なんだこれか」って感じですか?


A.
「ええっ」→「えっ」→「あ、なんだそうかぁ」(笑)ってな感じですね。

だからよく考えれば本当にどうってことないことなんですねえ。


先ほども老師とお話しした時に、「そのものは本当に保育園の子供でも分かるんですねぇ」ということですよ。
* この方は同系列の他の老師にも参禅されています


私はすごく勉強が好きだったから、正法眼蔵をざーっと読んでいたんです。

このお寺へ来て、老師に本を読むなと言われて、でもなかなか読まずにはおれなくて、でも確かに読む必要はないなと思いましたね。



Q.
じゃあ、結果的には、読まなくてもよかった?

A.
いや、読まなかったとかいうんじゃなしにね、まあ、読んで、覚えたこともあるだろうし。



Q.
分からないね。

A.
うん。



Q.
笹の話をもう一度お願いできますか?

A.
ああ、風呂入っててねえ、風が強かったでしょ、昨日。
笹がありましたですよ。
それがこう、かなり動いてた。

それを見てね、なんとも「うーん」という感じがあったんです、その時にね。

「ああ風かあ、うん竹かあ」、
あの、まあ、幡がねえ、ありますでしょ。
風が動かしてんのか幡が動いてんのかっていう、そういう問答※が頭にあるので、
「ああなるほどなあ、風がってか、笹が動いてんなあ」ってのがやっぱり、思いをしてるんですね、その時。


それがその縁の中に入ってるのか、それは分からないですけど。
ただそれをなんとなく気になってたですね。



Q.
一昨日、あんだけバトルをしていたというのに。(笑)

A.
あれは、本当に、わあわあ言っててね、それでね、自分の中でね、知らぬ間に整理が出来てたかもしれませんね。



Q.
じゃあ、ぜひまた提唱を。(笑)

A.
そういう皮肉をおっしゃらないでください。(笑)



Q.
そういうのがまた、どんな縁になって他の方が見性されるかもしれませんよ。

A.
縁って、作ろうと思って作れるもんじゃないじゃないですか。



Q.
運命的なものですか? 自分の問題ですか? それとも、いわゆる他力っていうか、どこか他から? それともあくまで自分自身の力ですか?

A.
言葉で単純に言えば、本来の面目がバンと現前したということですわね。
本来の面目、まあ出ますけどね。
その、本当、それが、現状したということですかね、自分の中にね。
「ああ、そうか」っていうのはそういうことですね。



Q.
ああ、本来の面目ね…よく分からん。(笑)

A.
だから言葉はいけないんです。なるほどなあ、いかんなあと思いましたねえ。



Q.
一昨日と逆の事を言ってる。(笑)

Q.
「ハッ」と思うでしょ、その後は、もう、今までの疑問みたいなものがなくなる?

A.
うん、分かる。

さっき老師に言われたんですけどね、「(語録は)読みゃ分かるだろ」って言われたんですけどね、そうなんです。



Q.
古い言葉は分からなくても?

A.
ええ。別に翻訳することじゃないから。
言われていることが「ああ、そのままだなあ」と、そのままに。

要するに書いてあることが分かる。



Q.
何が起きても、今あるものとかは、もう絶対に揺るがないものなんですか?

A.
分かったことはね、もう、そのものだから、揺れやしないし倒れやしないし。
だって私が立てたんじゃなしに、昔から立ってるそれだけのことを、立ってるのが分かっただけのことだから、揺るぎもしなけりゃ無くなりもしないし。


Q.
「無」とか「空」とかそういうことも分かっちゃうの?

A.
ああ、あんなもんねえ、どうでもいいことなんです。(笑)

「無」「空」なんて、そんなあほくさいこと言ってる必要はないんです。

だから、「無」っていうのはこんなもんか、ということは分かります。

「空」って、じゃあ、こういうことかというのは分かります。

だけど、じゃあそれが分かっても、言葉じゃなんにもならないです。
 



Q.
一昨日までは分かんなかった?

A.
理屈でね、こういうもんじゃないのかなあというのは、誰でもやっぱり理屈で考えますよね。
それはあったんです。

だけど、「コン」、こっちが分かってみたら、「空はなんだ、無はなんだ」なんてことは、そんな面倒くさいことはする必要がないなあって思って。



Q.
じゃあ般若心経はどうなっちゃうんですか?

A.
だから、「色即是空」、本当そのとおりなんです。
だからね、「色に対して空がある」と思ってたから大間違いなのね。
文章だから、「色は空だ」と読むから間違うんです。

そうじゃない。

いやいやえらそうに言っちゃって恥ずかしい。(照)
<--ここまで>



以上は、『浜松で禅修行』からの引用です。

記事を見つけにくい人のために引用させていただきました。
 


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※非風非幡=五祖弘忍禅師のもとで、のちの六祖・大鑑慧能禅師が米搗きをして、まだ居士のまま、印可証明を受けて、五祖弘忍禅師の下を密かに抜け出した
そのあとかなり経ってから、ある寺院を慧能が通りかかった時に、
僧たちが「風が動いているのか、幡が動いているのか」と論争していた。
まだお坊さんになっていなかった六祖大師が、「風が動いているのでも、幡が動いているのでもなく、仁者(あなた方)の心が動いている」
と答えたという故事のことを指します。(無門関第29則)
この寺院の主は、この人こそ、噂の五祖の法を嗣いだ方だと直観し、慧能は、この寺院ではじめて出家得度することになります。
のちの六祖慧能大鑑禅師です。この方からたくさんの法嗣が出て、中国で禅宗が勢いつきます。
中国初祖達磨大師から六祖大師に至って、のち一華五葉を開くといわれたゆえんです。


六祖、因ミニ風、刹幡ヲ揚グ。二僧有リ対論ス。一(ヒト)リハ云ク幡動くクト、一(ヒト)リハ云ク風動クト、往復シテ未ダ曾テ理ニ契ハズ、祖云ク、是レ風ノ動クニ非ズ、是レ幡ノ動クニアラズ、仁者ガ心動クナリト。
二僧慄然タリ。




【投稿後記】
このお話には大変重要なポイントがあるとされています。 それは次の新記事であらためてお伝えします。


ここに記載した・これから掲載する参禅者体験は、1年を経過しているものを選んで投稿しています。
投稿者は、インタビュアーやレポーターではありませんので、その後、その人がどのようにされているかは存じていませんし、その後の修行をインタビューしていません。

上記Tさんのように、個人を知っている人であってもできるだけ個人を特定できないように余分な情報は書かないようにしています。使用した人名のアルファベットは、その人の本名とは全く関係がありません。ZからAまでを、日本人の姓にならないものは除外して使っていきますので、まずはYさん、次はWさん、次はUさん、Tさん、Sさんという順番になります。
 

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