坐禅の仕方と悟り,見性,身心脱落:井上貫道老師の庵 まとめブログ

Dharma Talks of an Enlightened Japanese Zen Master Kando Inoue Roshi 井上貫道老師が、悟りを体現された経験から坐禅の方法や仏道について語られたものを掲載しています web上に散見される井上貫道老師のことばも引用掲載し、まとめブログとしました ( これは参禅者によるブログであり、公式サイトではありません ) このブログが正師への参禅のきっかけになりますように

タグ:只管打坐曹洞宗

坐禅の内容=坐禅中にどのように過ごすか




坐禅の形・組み方(目・手・脚・口)―井上貫道老師 はこちら


大切なのは、どのように坐禅するかということです


井上貫道老師は、今の自分自身の様子(「事実」)を本当に見届ける(悟る・見性する)ための坐禅を教えておられます


chokokujisk32◇ 修行とは今の自分自身の様子に参じること



◇ 坐禅とは考え事をすることではありません
坐禅を組んでいて考え事をしているのだったら、
それは考え事をしているのであって、坐禅をしているのではありません



◇ 五官(眼耳鼻舌身)の機能にまかせる



◇ 目に見えるもの、耳に聞こえるもの、これらはすべて自分自身の様子なんです

事実に即していれば、考えが「やまる」んです。



◇ 六根(眼耳鼻舌身意)の働きのままに、浮かんできた思いをとらえずに手をつけずにそのままにしておく。




◇ (机を叩いて)「コン」とやると、
音がして気がつきますね。

音がするから気がつくんです。

気がつくのが必ず後になります。

気がつくより先にこういうこと(「コン」)があるんです。


これを丁寧によく見ていけば、それは人間の好き嫌いを超えているものだということがわかります。

そういうことに学ぶのが坐禅です。





◇ (外を車が走り去る音に)「ブーーーー」だけじゃないですか。

これだけです。

これだけじゃないですか。 





◇ 考えを「やめる」んじゃないですよ。
 



◇修行とは何もしないこと




◇五感を自分のために使うことをやめる



◇思いが起こってもそれを相手にしない、手をつけない

 [思考を観察することでもありません] 

[「観照者」というのも一つの思い・観念に過ぎません したがって、観照者だけになっても悟りではありません ほど遠いです]



◇思いがでないようにするのではありません



◇ よく、捨て切る、などと言います。これを聞いて、何か自分の持っているものを捨てるんだと思っていませんか?

何も捨てるものはないんですよ。


「コン」、

この瞬間にすべて捨て切っているんですよ。




◇ ワン、と聞こえると、あっ犬だ、と思いますよね。

思ったその瞬間には、もうワン自体はありません。

つかんだつもりの時にはもう無いんです。


考えるより先に事実があるんです。後から考え方に変えてるだけです。




◇数息観は数息観であって、坐禅ではありません
数息観を教える人がいたら、「あなたは数息観を行じて、その結果どうなったのですか?」と尋ねてみて下さい



◇数息観を教えれば、いくらでも人を引っ張れるんだね  完璧に出来る人いないから、教わる人は、自分はまだ修行が足りないと思って、何年でもついてくるからね



◇呼吸は普段無意識でしているでしょう それをわざわざ坐禅中に意識する必要はありません




◇事実に参じるのに目を閉じたらいけないですよね



◇『なぜ私というものが起きてくるのか?
それは有ると思うからです。……

悟りの様子もみんなに具わっているんだけれども、
自覚がない限りは誰も自分にそれがあると思っていないのです。

そんな素晴らしいことがあるとは思っていない。』




●漫然と坐っている人は寝ちゃうね。

「何もしないのが坐禅」って言いながら・・・。
三十年も坐ってる人は必ず寝ますね。

今の様子に参ずるのが下手なんだね。

寝たら坐禅になりませんよ。




●これほどの事実に参じていれば、脳は刺激だらけで寝ようがないんだけどね。




●想(おも)いがやまるほどに、このもの(自分)が無限の活動をしていることが分かってきます。決して「心静か」なんていう状態ではないですよ。



●機能としての「想い」は問題ありません。

それに自分の考えをかぶせるから問題になるんです。
手を付けてしまっているんです。



●眠るのは坐禅の大敵です。

坐禅ってどういうことなのか、よく分かっていないからボーッと眠るんです。


「坐禅」というのは、今の実相、活動にそのまま親しくしていればいいんです。

「ただ坐る」というのは、事実、実相(じっそう)、この(自分の)一大活動に親しくいることです。


事実との間に距離がないからこそ「手を付けない」という表現になるわけでしょ。

観察するのではなく、事実のままにあることです。




●今の様子に親しくいれば、先ほどの様子は微塵(みじん)もありません。そのことで十分です。



●悟っている人も、悟っていない人も、(手にした杖を立てて)こうすればこう見えるでしょ。



●坐禅の間には休憩時間がありますが、あれは休憩ってわけではないですよ。

その時間におしゃべりしたりすると、人間は会話に引きずられますからね。

せっかくの坐禅が台無しになってしまいます。



● (坐禅会の終わりに、古い参禅者が言いました) 

「ま、そのうち、
だんだん分かるようになるでしょう}


老師:(即座に) いえ、だんだん分かってくるということはないのです。




● (別の坐禅会での参禅者が)
「ここの坐禅会に来るようになって、
今まで読んで分からなかった本(仏教書や井上義衍老師の本)が
同じ所を読んでも分かるようになってきました」


老師:それはね、考え方の話です。
考えが整理されただけのことです。




● (ある夏の接心3日目の提唱で)
参加者には、もう、
内と外がなくなった人がいます。

そうなれば、それだけでも人生観変わるでしょうね。




次は、





座禅の組み方・坐禅の方法・坐禅の仕方ー井上貫道老師




坐禅中は、かならず目を開けます

道元禅師は、「目は常にすべからく開くべし」

「常に」と「すべからく」ですから、
「坐禅中は目を開けなさい亅とかなり強く言われているわけです―井上貫道老師


(正しくは坐禅であって、座禅ではありません 坐は動詞、座は名詞です)



『普勧坐禅義提唱』ふかんざぜんぎていしょう に基づいて


まずは身体の整えかたから。by 少林寺・井上貫道(いのうえかんどう)老師


[ 禅堂には、時計やスマホはもちろん自分の荷物は持って入れません。
また坐禅をする禅堂とトイレでは会話をしてはいけません

禅堂と東司(とうす=トイレ)と浴司(よくす=風呂場)とは三黙道場と言って、会話をしてはならない場所です

禅堂に入る前に、夏冬かかわらず、靴下は脱いでおきます

禅堂に入ったら、一歩進んだところで一礼してから叉手(しゃしゅ)で、坐禅の場所である「単(たん)」までゆっくりと進みます  この時、聖僧(しょうそう)様と堂頭老師(どうちょうろうし、壁に向かわずこちらを向いて坐禅されている)の前は横切ってはいけません]



●「袈裟けさを掛かくべし」と書かれてありますが、ビジネスで喩(たと)えれば背広を着てネクタイを締めるってことです。正装ということです。だらだら坐らないこと。それが心に影響するからです。在家得度(とくど)されている方なら絡子(らくす)を掛けます。

お坊さんが袈裟をつけて坐禅をするということは最高の服装で坐禅をしているということです。
在家の人も、たとえばデートをするという時には最高の服装をなさるでしょう。
ですから、坐禅をする時は、身体も清めて、清潔な服装をする必要があります。

[投稿者:ここでは触れておられませんが、一般の人がお寺や道場で他の人と坐禅する時は、黒や紺などの地味な、目に障りにくい色が良いとされています 黄色や赤、しま模様は目にチカチカすることがあり、おすすめではありません]



●坐蒲(ざふ、ざぶ)
坐蒲は前半分を使います。真上からどっかと座るのではありません。 尾てい骨が坐蒲の中心に来るぐらいに坐ります。



●結跏趺坐と半跏趺坐(けっかふざ、はんかふざ) 

冬でも靴下・ストッキングは脱いでおきます

hokkaijoin_FotoSketcherpencil5どちらも正式な形です。半跏趺坐が略式だと思われがちですが、そうではありません。どちらも正式です。

両ひざと尾てい骨、頭で三角錐になります。120°ぐらいの一番安定する角度で足を組みます。


結跏趺坐で両方の足を組めばそういう形になりますが、半跏趺坐だと片方の膝が浮く場合もあります。
身体が硬いとそうなります。膝が上がりすぎるようなら何かそこにかませれば安定するでしょう。

あぐらは坐禅にはなりません。第一長時間組めないですよ、あぐらでは。
何千年の歴史を経て、結跏趺坐とか半跏趺坐が坐禅に最適だと立証されて来ているんです。


[怪我などで]足が組めない人は他の形でもかまいません。西洋の人などは椅子でやっているような場合もあります。
足が無い人だって、それなりの形で坐ってもらえればけっこうです。

足は腿の上まで上げて、足の裏が見えるようにします。ふくらはぎの上ですませている人がいますが、腿(もも)の上まで上げます。




●服
ぴったりしたズボン等は体を締め付けますから、なるべく避けます。逆に和服の場合はゆったりしますが、衣服が広がり過ぎて隣の人に迷惑をかけないようにまとめてください。
[在家修行者の正式な服装は、和服に袴(はかま)です]


●法界定印(ほっかいじょういん)

lotusposition_FotoSketcher2よく、指の組み方がいかにも坐禅の本質にせまるようなことを言われていたりしますが、そんなことは全くありません。

指の組み方が気になっているような状況ではまともに坐禅ができません。

自然に手を組めば自然に落ち着く場所があるでしょう。


法界定印がちゃんとたまご型になっているか、一度そのまま手を目の高さに持って来て、確認して下さい。


組んだ手は体に沿って静かに下ろした位置に置きます。あまり身体から離して前の方に置くと、筋肉が緊張しがちです。

時々、腕が宙吊りになっている人がいますが、それは肩に力が入っているからです。

肩から力を抜いて、法界定印を組んだ脚の上においてください。

それでも、まだ腕が宙吊りになる人がいますが、それは腕が短いからです。
その場合は、組んだ脚の上にタオルなどを置いてその上に法界定印を載せるようにすると安定します。



●口
普通に口を閉じてください。そうすると舌が上あごに付きます。少し舌には力が入っていますかね。
力が完全に抜けていると上あごに付かないですね。

気力がなくなっているかどうかというときに大事なことです。また、気の抜けたように口を開かないこと。



●目
坐禅中は開けています。

zazenshisenwitheyesopenshalftone
目を閉じていると、目の前のことが見えなくなり、代わりにいろんなことがいっぱい想起されてきます。真実を見極めようとしているのに、想像の世界で見極めようとすると、あやまちが多くなります。




目を開いていると、必然的に頭の中に思い起こされることが休まるようにできています。「妄想」というものが起こりにくくなります。また眠気も起りにくいです。

そして前方45度、1mぐらいの所に視線を落とすと、自然に半眼になります。


「目を開けると言っても、一点を見つめるのではないですよ。
どこかに焦点を合わせるのではありません。」




●法界定印が崩(くず)れていないか、舌が上あごについているか、目が開いているかの3点セットが、気が抜けていないかのポイントになります。

hokkaijointongueinzazen












【閑話休題】
自然な坐禅をしたら、3日間ぶっ続けで坐禅できた人の体験談はこちら




●欠気(かんき)
形が整ったら、口をわずかに開いて、息を全部吐(は)き切ります。吐き切ることが大事です。吐き切れば自然に空気が入ってきます。これを2~3度やると、形を崩さずに身体の緊張が取れ、坐りやすくなります。

坐禅中は、あとは呼吸は意識しません。
息を整えたり、数息観も不要です。

呼吸を意識しないのが、呼吸が整っているということです。




●左右揺身(さゆうようしん)
sayuyoshintoright_FotoSketcher両手を両ひざの上に仰向けて起き、身体を左右に、最初は大きく、徐々に小さく揺らしていき、身体を緩めます。最後に真ん中で静かに坐ります。

このとき大事なのは、肛門の括約筋をきちっと締めることです。足を開くと肛門も開くため、そのまま坐ると痔になりやすいですから、きちっと締めます。「痔じ」って、やまいだれに「寺」ですね。お坊さんが痔になりやすかったってことでしょう。




坐禅を解く時は、両手を両ひざの上に仰向けて起き、身体を左右に、
今度は、最初は小さく、徐々に大きく揺らしていき、身体を緩めます。

sayuyoshintoleft_FotoSketcherこういった左右揺身も、本当の修行者はないがしろにはしません。ちょうど、一流のプロ選手が基本を大事にするのと同じです。ベテランになったからと言って、やらなくて良いというものじゃありません。










●兀兀(ゴツゴツ)と坐る
山がドシンと坐ってるように、どっしりと坐ります。





Q.
坐禅をする時に、視線の位置はどのあたりを見ていればいいですか?

A.
大体教えられてるのは、大体1mぐらい前に視線を落とすと言う。

その視線を落とすまえに、下から順番に姿勢が整ってるうえでの話です。
 

坐蒲の上に腰をまず下ろす時に、坐蒲は大体前半分を使用するということ。

それから左右に揺れがないように、尾てい骨は大体坐蒲の中央ぐらいに位置するっていうことでしょう。
 

結跏趺坐か半跏趺坐か、いずれにしても両膝とお尻の三点が床に着いて、
床て言うか、蒲団と言うか、に着いて、均等に力が掛かってる。

まあ、図形で言えば、二等辺三角錘か、ね、百二十度ぐらいの角度でこうなってるのが一番崩れにくい形になってます。



その上に腰を載せて、腰椎、腰骨の尾てい骨から上へ二つ三つぐらいのへんをしっかりこう伸ばす。「腰を入れる」て言います。

下腹、おへそが前に出るようにぐっと伸ばすと、それでその上に身体をこう置いて、
で、しかも顎をそれで引きます。

顎を引いて、大体1mぐらいですかね、にそうやって置きます。

 

こうやって(のけぞって)やる人もいれば、こういうふうに(前かがみに)なったままやってる人がいます。


顎を出したまま1m前へ目を落とすのはものすごい大変でしょ。(笑)
顎を引いたら、そしたら当たり前なんですよ、顎を引いたら、普通にこうやって。
 

で、一番楽な眼になる半眼ぐらいになる。
で下向いてるっていうのが一番人間、力あります。

眼、疲れない。で、死ぬるようになると、
 

白目がハーッって、これもう全然駄目ですね。


目の玉が上に行くような坐り方してる時は、寝てる時。(笑)
それは、形は坐っていても、坐禅にはならないね。

 

あらゆる面から、大体そのへんが、何百年何千年か知りませんが、やってきて、残された形でしょう。
だから、まあ、それが当たってると思いますよ、やってみて。

うん。この姿勢が良くなって顎を引いて1mぐらい。
そうでないと無理。


これだと肩の力が入らなくて、肩凝ってる人が坐禅をすると大概治る。
坐禅して肩が凝るのは絶対どっかおかしい


基本的に。ヨガのポーズですから。ヨガのポーズってのは身体がリラックスするように出来てるんですね。うん。



Q.
ありがとうございました。

A.
形の上からこんなに楽な姿勢ってないでしょ、坐って。

たぶん。坐禅ほど楽に坐れる形って他にない。
長時間。
坐禅堂_FotoSketcher
350zafuonzabuton_FotoSketcher



坐布団[四角い方]が下に敷いてあって、厚い坐蒲[丸い方]があって。

あれだけでも、うちに来て「坐禅が出来るかしらん」ってって初めて来た人でも、「えっ、坐禅てこんなに気持ちいいの」ってって帰るよ。


坐蒲(ざふ)だけで坐るとそうはいかないね。

だからいかにこの単布団ていうか坐布団が大事かってのがよく分かります。



「ボーッとするのではないですよ。
意識はいつもクリアです。

そのために、坐禅中は、
目を開いている
舌を上顎につけている
法界定印の親指がくっついている
この3点セットを守ります」


[ 管理人より ]舌の位置:最近内科医や歯科医から、正しい舌の位置ということが盛んに言われるようになりました。

2tongueinzazen










tongueinzazen








<ここから管理人-->
上の口腔内の図は、歯科医の方々からの指摘です。
道元禅師は、800年前から『普勧坐禅儀』に言われていました。
坐禅中に限らず、健康な舌の位置は、舌が上顎骨にピッタリついていることです。
最初からこういう位置に舌が来ている人がいますが、そうでない場合は、意識的にこのような位置に持ってきます。あいうべ体操などが、内科医などによって提唱されています。
昔から、親が「口をぽかんと開けるな」と子供に注意したのは、医学的理由もあったのです。







舌を上顎つまり硬口蓋につけるようにすると、呼吸も口呼吸ではなくて、鼻呼吸となります。 
免疫力も向上するという臨床例が上がっているようです   <--ここまで管理人
>







 座禅作法を教える曹洞宗の図解入りホームページ


以上が、座禅の組み方(外見)の基本ですが、
大切なのは、どのように坐禅中を過ごしているか、その内容です
道元禅師によれば、内容によって、

「毫氂も差あれば、天地懸かに隔たる」 (普勧坐禅儀)
髪の毛一本も差があると、天と地とくらいに隔たりが出てくる

と言われています。


貫道老師
「(坐禅中、どのように時間を過ごしているかに話題を戻される。)
ものすごく嫌がる話題ですね、これね。(笑) 
参禅会に来てて、一番、たぶん、触れられたくないところ、誰も。


だから、坐禅があんまり本当に効果が上がらないのは、それが一番、元かと思うな。


分かったような顔して坐ってるだけ。

それらしい格好して坐ってるだけ。


本当はそこらへんが十分に理解が行かないまま坐ってる。
それ、長くやって苦労した人、話してごらん、聞いてごらん、きっとそうだよ。(笑) 


そこが分からなくて時間がかかるんだよ。


で、そういう話題を提供してくれないもん、なかなか。坐禅をするったって。


だからそういう意味では、井上義衍老師の流れを汲んでる人たちのところは、
まことにありがたいと思いますよ。

得難いですよ。

うん。



【閑話休題】
自然な坐禅をしたら、3日間ぶっ続けで坐禅できた人の体験談はこちら




坐禅の内容、坐禅中にどうしたら良いのかについては、下記をご覧ください。気に入ったタイトルだけ読まずにすべてお読み下さい。

次は、「坐禅の仕方・方法 の注意点」です。

または、
上の方にあるメニューの「座禅の仕方・坐禅の方法」をクリックすると、すべての記事が古い記事から順に読めます。
zazenblogmenu









↑このページのトップヘ