いわゆる坐禅は、習禅にはあらず。ただこれ安楽の法門なり。

いわゆる坐禅は、習禅にはあらず

(坐禅は)「習禅には非ず」いつもその一回こっきりで終わりです。

坐禅は、積み重ねてだんだん上手になるような行をしているわけではない。

もう一回さっきの音を聞きたいなんて無理ですから。やれないんです、もう一回。



ただこれ安楽の法門なり。

「安楽の法門」(コン)こうやって音がするととにかくそのようになる。

目を開けてると目の前のものがその通りに見えるように出来てる。

本当に何もしなくたって大丈夫。

こんな楽なことはないじゃないですか。



――井上貫道老師17/3/23提唱から 【3/23提唱DVDからの抜粋】 DVD製作者様による文字起こしになります


【重  要】
神戸楽の森「坐る会」のサイト https://tinyurl.com/kobeteisho
にも、井上貫道老師の神戸坐禅会の提唱の一部が文字に起こされています。

大切なことを分かりやすく提唱されている部分ですので、ぜひ、ご覧ください。