坐禅の仕方と悟り,見性,身心脱落:井上貫道老師の庵 まとめサイト

Dharma Talks of an enlightened Japanese Zen Master Rosan Kando Inoue Roshi 井上貫道老師が、悟りを体現された経験から坐禅の方法や仏道について語られたものを掲載しています web上に散見される魯山貫道老師のことばも引用掲載し、まとめブログとしました ( これは参禅者によるブログであり、公式サイトではありません ) このブログが正師への参禅のきっかけになりますように

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参禅者体験談・坐禅体験

悟りを開いた人に、人の気持は分かるのですか?直接の回答ではありませんが、井上貫道老師の逸話があります。井上貫道老師の逸話ホームレスの人と談笑していた老師ある時、ある人が貫道老師と新宿の繁華街で待ち合わせをしました(繁華街にもお寺はあります)。その人より早く
『【質問】悟った人は、人の気持ちを超越してしまうのですか?』の画像

悟ると感情がなくなってしまうのでしょうか?悟るとどうなるのかということは、参禅者の気になることの一つです。中でも、・悟りを開くと、喜怒哀楽の感情がなくなるのではないか・逆に、悟った人はいつもニコニコしているはずだ。などと思ってしまいがちです。なぜか涙が流
『【質問】悟ると喜怒哀楽の感情はどうなるのですか?』の画像

喝(カーツ)と言われて耳が3日間聞こえなくなった―百丈懐海禅師【原文】 「我当時被馬祖一喝直得三日耳聾」 「我れ当時(そのかみ)、馬祖に一喝いっかつせられて、直じきに三日耳聾(みみろう)するを得たる」―百丈懐海禅師が弟子の黄檗希運(おうばくきうん)禅師に語ったことば
『3日間耳の聞こえなかった体験―百丈禅師 を松本自證師が提唱』の画像

禅宗史を見ると悟っている女性が結構多いです禅の語録や歴史を見ますと、悟りを開いていたり、一隻眼(いっせきげん)を備えたりしている女性が多いことが分かります。歴史を残す(記述する)人がどうしても僧侶(比丘びく)であり、また、参禅ということについては男性が有利な環
『子供のいる部屋でも構わず坐禅していて、自己を忘じた女性:悟る女性は多い』の画像

午前3時に起きて坐禅をしていた女性ー井上義衍老師の時代井上義衍老師の時代には、専門僧堂でもなく、肉山でもなく、また、都会でもないのに、義衍(ぎえん)老師のお寺に全国から修行僧(雲水うんすい)が集まりました。※肉山にくさん=経済的に豊かな寺院  井上義衍老師のお
『毎朝午前3時に起きて坐禅をしていた女性ーそれを10年間』の画像

ある指導者から伺った実話です。行商のお婆さんが、摂心終了しても気を抜かずにいたら、改札で体験がそれは、原田祖岳老師/雪水老師の時代だったか、原田雪渓老師の時代だったか聞いていませんが、小浜市・発心寺ほっしんじ専門僧堂の摂心に参加した行商のばあさんがいました
『行商のおばあさんが摂心の帰り道に体験する―発心寺僧堂の摂心後』の画像

遊女が悟りを開く―悟りに、善業・悪業は関係なくて、頓悟坐禅は必ず目を開いて行ないます律女は、旗本の家に生まれるが、事情にて京都島原の遊女となる江戸時代のことです。1千石の旗本の家に生まれた律女は、父がさる事情で浪人ろうにんとなり一家が京都に移住して落魄(ら
『遊女が遊郭で悟りを開いたー悟りはいつも頓悟』の画像

自分の娘が亡くなって、本気になって臘八ろうはつ摂心で只管打坐の坐禅に打ち込んだ結果ある老師からお聞きした話です。坐禅は必ず目を開いて行っています。専門僧堂に行って真面目に修行して、お寺の住職にもなったある和尚さんがいましたお寺の住職ですから、葬式・法事も
『自分の娘を亡くし、本気になって12月の臘八大接心に挑んだら、悟りが…』の画像

70歳の参禅者が臘八(ろうはつ)摂心中に突然、見性(けんしょう)体験をした例管理人です:Tさんの臘八大攝心中の見性体験です。臘八(ろうはつ) 臘八の臘は臘月(ろうげつ12月)、八は八日のこと  お釈迦様(ゴータマ・シッダールタ)が臘八つまり12月8日に悟られたことにちなん
『70歳の古参の参禅者が臘八大摂心中に見性 (けんしょう)』の画像

参禅歴15年で見性(けんしょう)した参禅者は、15年のうち、実は1年しか修行していなかった [ 管理人 ] 大変失礼な言い方かもしれませんが、14年間、間違った坐禅をしていた=14年間、坐禅の仕方が分かっていなかった の意味です。この記事では、正師に出会って、長年摂心や
『正師に出会いながら、15年のうち、14年間、間違った坐禅をしていた人』の画像

[ 付録 ]  番外編1 東京大学卒業者で大悟した現代人たち著書などで世に知られている3人だけのご紹介です飯田トウ隠老師 医師・飯田氏 この節一部追加あり飯田欓隠老師は、山口県の生まれ 旧姓片野だったが、飯田家の養子となる。東京大学医学部出身で、東京大学附属病院
『東京大学卒で大悟した禅者・僧侶たち―現代人の悟り』の画像

「坐禅は習禅にはあらず」・坐禅はトレーニングではない  坐禅は本当に何もする必要が無かった「修行は「思い」ではないんです。『こうやればいいんだ』って方程式を立てておいて、それに沿ってやることではないです。」― 井上貫道老師坐禅の形・組み方(目・手・脚・口)―
『坐禅はこうするのだ:坐禅の仕方―何もしないのが坐禅』の画像

井上貫道老師に参禅を始めて、すぐに、自分はいない体験(自我消滅体験) をする人達井上貫道老師のある坐禅会の司会の方が、ある時このような発表をされました。「最近、参禅始めた初心者の方に体験の出るのが多いです。ある人は、自分の部屋に入った時、自分がいないことを体
『参禅入門後すぐに、自分がいない体験をする人々―― 坐禅の本質』の画像

自己は消え、老師の声が聞こえるのみ――貫道老師坐禅会参加が2回目のある女性の体験井上貫道老師のある坐禅会のことです。午前中坐禅を3炷(ちゅう)、それから斎座(さいざ=昼食)、午後坐禅1炷、提唱、質疑応答という差定(さじょう=時間割)です。老師の提唱後、お茶とお菓子
『自分は無く、 ただ声だけがあった――女性参禅初心者の体験』の画像

老師が提唱しているのではなくて、自分が提唱をしていたー一参禅者の体験井上貫道老師のある坐禅会が終わって、会場片付けの時に、何人かの人が老師の周りに集まってきました。その中の一人Wさんが言われました。「実は、このところ坐禅をする時間がなくて、今日はガッツリ坐
『老師ではなくて、自分が提唱している―ある参禅者に起こった体験』の画像

井上貫道老師に参禅を始めて1年で気がついたサラリーマン これはある人Yさんの体験談ですわたし [このブログ投稿者] が、井上貫道老師の坐禅会に出た帰りのことでした。駅近くでYさんに出会って、多分初めてこの人に話しかけました。前日の他所での貫道老師の坐禅会での一参
『井上貫道老師に参禅始めて1年で気がついた一般人―平成の現代で悟り体験をした人々』の画像

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