坐禅の仕方と悟り,見性,身心脱落:井上貫道老師の庵 まとめサイト

Dharma Talks of a perfectly enlightened Japanese Zen Master Roshi Kando Inoue 井上貫道老師が、悟りを体現された経験から坐禅の方法や仏道について語られたものを掲載しています web上に散見される魯山貫道老師のことばも引用掲載し、まとめブログとしました ( これは参禅者によるブログであり、公式サイトではありません ) このブログが正師への参禅のきっかけになりますように

参禅者体験談・坐禅体験

老師が提唱しているのではなくて、自分が提唱をしていたーー初心のサラリーマン参禅者の体験


2016年10月19日 の投稿の復刻
井上貫道老師のある坐禅会が終わって、会場片付けの時に、何人かの人が老師の周りに集まってきました。

その中の一人Wさんが言われました。

「実は、このところ坐禅をする時間がなくて、今日はガッツリ坐禅ができました。


roshiteisho_FotoSketcherpen1hosonaga今日ですね、


老師が提唱しておられる時、


あれー、自分が提唱しているわー   ってなったんですよ。


……なんぞれかんぞれ(=なんだかんだ)……



それから、老師が言われた人の話を聞いていないというお話、
わたしも、自分の子供の話を聞いていないということ、ズンと響きましたわー」

*************

井上貫道老師の提唱中に、提唱しているのが貫道老師ではなくて、自分が提唱している
ことに気づかれた体験でした。


Wさんは一般のお勤めの方です。
井上貫道老師に参禅始めて多分一年くらいでの出来事です。1年経っていないかもしれません。

「ちょっと気をつけて坐禅している人は、気づきが来ますね。 一旦気づきがあるとガタガタッと変わって行きますね。」―― 井上貫道老師


 「長年坐禅している人ほど、居眠りしちゃっていますね」 ―― 井上貫道老師 



「いろいろ考えて、”正しい坐り方はこうなんだ” という結論を出して坐るのは坐禅でもなんでもないですよ

坐禅は考えてどうこうするということではないです」 ―― しみPさん


昔の管理人が長井自然老師と一緒の時
管理人:
「老師、『自分がない』というお話を聞いてから、そのつもりで坐禅すると坐りやすくなりました」

自然老師:「そういう考えを持って坐るんじゃないんです」 (=それ、全然坐禅になっていませんよ と暗に言われています)


◇    ◆    ◇    ◆    ◇    ◆    ◇    

世間のことと違い、坐禅に初心者とかベテランとか、全く無いことがよく分かります。坐禅は積み重ねて上達するものではありません。

他の坐禅らしきことや瞑想をやった経験のある人はそこが最初に苦労します。

従いまして、
老師に質問や独参をしてちゃんと自分の坐禅をチェックしてもらわないと、いくら提唱を聞いても我流となり、やっていることが坐禅ではないので、坐禅時間中に居眠りをするようになります。

おまけに老師の提唱中にも居眠りをする(眠くして仕方がない)ようになります。こうなると修行が全く進まないということです。


上の方、サラリーマンではなくて自営業者さんかもしれません

上記体験者の言葉で、子供の話を聴いていないという話というのは、

老師:
「親って、子供の話を聞きませんね。
子供の話を聞いたら、その話で出たものを買ってあげないといけないもんだと思いこんでいるものだから、
最初から、子供の話を聞かない。

子供の話を聞く ということと 子供の話で欲しがっているものを買ってあげないといけない ということは別なんですよ。

話を聞いても、買うこともあるし、買わないかもしれない。


子供だって、ちゃんと親の経済状況を分かっているから、
話を聞いてもらったら、あとは、我慢することだってできるんですよ。

それくらい子供は賢いですよ。」



と井上貫道老師がその日の提唱と質疑の時間に話されたことからです。

 坐禅ほんとうの初心者が座禅3日目に小鳥の声で気づく




上のボタンをクリックすると井上貫道老師参禅者の体験談がすべて最初から読めます。

 悟り(見性):もう元には戻らない―井上貫道老師 を読む


【投稿後記】
ここに記載した・これから掲載する参禅者体験は、1年を経過しているものを選んで投稿しています。
投稿者(=ブログ管理人)は、インタビュアーやレポーターではありませんので、その後、その人がどのように修行されているかは存じ上げておりませんし、その後の修行をインタビューはしていません。



このページでは松本自證老師に師事して修行してハッキリされた(=悟った)女性の体験を書いています

禅宗史を見ると悟っている女性が結構多いです

禅の語録や歴史を見ますと、悟りを開いていたり、一隻眼(いっせきげん)を備えたりしている女性が多いことが分かります。
令和の現代にもいます。
ただし、一瞥体験(いちべつ=チラッと見る)や「自分はいない」体験といった元に戻ってしまうような体験のことではありません。

そういう体験ではまだ終わらないので仏道があります。

まして、ヤーコプベーメの神秘体験やマイスター・エックハルトの体験とか、禅宗の僧侶でも「身体が木っ端微塵になった」「宇宙までふっとんだ」というような体験は悟りではないのです。


女性の参禅者にも、若い時に、万物と一体となる体験をたまたま経験したけれども、それが何なのか、どうしたら良いのか、尋ねる人もなくて、家庭生活も経験した今、情報が豊かになった現代にやっと正師(しょうし)にめぐりあえて修行を始めた人たちもいます。参禅者に意外にたくさんいらっしゃいます。

つまり仏道でないと最終ゴールが示せないのです。
方法論つまり修行方法がないと最終地点に行けないのです。


祖師と言われる方々は、以上の体験ではなくて、お釈迦様(ブッダ)と同じ体験をして、現代まで伝えられて来たのです。それが仏道です。
そして坐禅という修行方法を伝えられて来たのです。


【管理人の見解です】
本当の仏道を伝える人は極めて少数で、そういう方々は、肩書や地位が宗教界では低いものです(本人が亡くなってから後世立派な肩書が与えられることはあります)。
宗教界での出世は、世間の出世と同じで、宗教組織が決めた基準を満たしているということでそうなります。

そういうことに興味のない本物は現代も確実に存在しています。
【以上管理人の見解でした】


歴史を残す(記述する)人がどうしても僧侶(比丘びく)であり、また、参禅ということについては男性が有利な環境が続いたので、当然開悟する人は、男性で、しかも出家が多いような記述になりますが、悟っている人は女性にも多いのです。


己事究明(こじきゅうめい)に、男女や年齢や経験の有無、僧俗(出家しているかしていないか)はまったく関係がないと正師(しょうし)方が云われるとおりです。




禅の語録には、悟りの眼(まなこ)を持った婆さんが修行僧(雲水うんすい)に問答をしかけると言った場面も多く見られます。


中国の話になりますが、
『金剛経』Diamond Sutra の大量の注釈本を背負った未悟の徳山宣鑑(とくさんせんかん)和尚という方がいましたが、まだ理論屋の学僧だった時のことです。

ある山に来て、茶店で点心(てんじん)を買おうとして、婆さんに問答されたことがきっかけで龍潭祟信(りゅうたんそうしん)禅師に参じるようになりました。
 ※点心(てんじん) とは、小腹を満たす簡単な食事。心に点ずると書いているので、それがこの和尚に、婆さんが問答するきっかけとなった。
婆さんに、「金剛敎に三世心不可得とあるが、和尚さんは、過去心を以て心に点ずるのか、現在心を以て心に点ずるのか、未来心を以て心に点ずるのか、どれか」と尋ねられて、徳山は答に窮した という故事


そのお蔭で老師に出会い、宿泊しようとして、ロウソクを手渡されて思わず吹き消された途端、徳山和尚は大悟しました。



婆子焼庵(ばすしょうあん)という有名な公案もありますね。

お婆さんが、修行僧に修行が進んだかどうか娘を使って確かめる問答をしたのですが、その答えがダメだったので、「今まで何をやっていたんじゃ この僧はもう世話をするに値しない」と修行に使っていた庵を燃やしてしまった故事です。




江戸時代の日本になると、
 遊女が遊郭で悟りを開いたー悟りはいつも頓悟

の記事で紹介している大橋太夫(おおはしたゆう)もそうです。wikipediaにも「大橋太夫」として記載があります。

そのほかお察(さつ)婆さんや杉山政女や茶屋の婆さんなど歴史に残る人たちがいます。


もっと近いところでは、井上義衍老師の会下の山王タキノ大姉(義衍老師の印可証明を得られています)や松本うた女史などです。


幸い現代は、女性も対等に参禅することができるような時代になりました。



子供の居る部屋で坐禅をして自己を忘じた女性


代々木の指導者・松本自證師

井上貫道老師のお弟子に東京渋谷区に松本自證師という方がおられます。
僧侶ではない一般人として老師に参禅し、摂心、坐禅会に通って、大悟徹底された方です。
それをきっかけに在家得度されています。

修行中は、毎週、関東から静岡県まで坐禅会に通われたそうです。
それと年に何回かの摂心に決まって参加されたようです。

子育て中だけれども、突き動かされてともかく坐禅をした

その代々木の松本自證師(井上貫道老師弟子)の指導を受けて、zazenzafukakudai
自分の子供達が居ても、その部屋で目を開いて坐禅をして、ついに自己を忘じた女性がいます。

修行は極めて短期間です。


その体験の詳細は、
https://www.muishinso.com/blank-20
に参禅記として書いてあります。


同じく、松本自證師の指導で、
3年で自己を忘じて決着がついた(悟った)千葉県在住の妻子ありの多忙なサラリーマン男性のことば を読む

介護で大変だった女性が法話と坐禅で激変ー修行僧以上の境涯となり、さらに大悟した実例 を読む







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 ⇒ 坐禅3日で自分がなくなった巨漢の青年:会社の研修でお寺に来て、摂心突入したが、脚が痛くて坐禅にならなかったのが… を読む

20年も松本自證師神戸坐禅会ー三宮と新開地にて

zazenshisenwitheyesopenshalftone2020年にも神戸にて松本自證師の坐禅会があります。コロナの影響で予定は未定になっています。

一日のかなりを坐禅します。
経行(きんひん)+抽解の時間もわずか10分にされています。



詳細は、松本自證師関西禅会ホームページ をご覧ください。



松本自證師代々木禅会とネット禅会はこちら

松本自證師の代々木坐禅会詳細についてはこちら 現地に行けない方はネットからの参加が可能です。



自宅自粛中 特別音声ーしみPさん
このサイトに初めて来た人用

しみPさんのプロフィールはこちら 多忙なサラリーマンをしながら3年間坐禅に打ち込み見性(けんしょう)された人

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苦しみはどうしたら良いか 悩みを…


聞き流し用動画(映像なし)
[ 前半 ] (坐禅とは関係のない話) 苦しみを見つめましょうとか苦しみと親しくしましょうと説く人は、本当の苦しみを知らない人 それは止めた方が良い 苦しみの原因は悩みなのでそちらを対処しようというのが私の立場

正しい坐禅の仕方を考えている人が多い


[ 後半:開始40分頃から ]
「いろいろ考えて、”正しい坐り方はこうなんだ” という結論を出して坐るのは坐禅でもなんでもないですよ
坐禅は考えてどうこうするということではないです」

「老師への質問の仕方 質問してもしようがない事と質問すべき事」



妻子ありの多忙な50代サラリーマン・しみPさんのウェブサイト

 https://www.the-road-of-zen.com/
    
    https://www.the-road-of-zen.com/profile-2 (プロフィール)




妻子あり50代サラリーマンしみPさんの質問箱(Q&A集)




喝(カーツ)と言われて耳が3日間聞こえなくなった―百丈懐海禅師

百丈懐海禅師

【原文】
「我当時被馬祖一喝直得三日耳聾」
「我れ当時(そのかみ)、馬祖に一喝いっかつせられて、直じきに三日耳聾(みみろう)するを得たる」―百丈懐海禅師が弟子の黄檗希運(おうばくきうん)禅師に語ったことば

老僧昔再蒙馬大師一喝直得三日耳聾眼黒」とも
(景徳傳燈録第六など) 百丈再参

3日間も耳が聞こえなかった訳とは―松本自證師

「馬祖さんは、何を聞かれても「喝」カーツ!で、事実を示されていたそうです。

お弟子の百丈さんが、馬祖さんとの問答で、「喝」カーツ!と言われて、3日間耳が聞こえなかったそうです。

皆さんもハッキリするとどういうことか分かります。」―松本自證師


特に大声であったわけではないと。
「喝」の中国語での発音はこちら

※ハッキリする=松本自證師特有の表現で、「悟る」「決着がつく」と同義


悟りについて:悟後の修行はないby松本自證師 の記事を読む

在家で悟りを開いた現代人:松本自證師 という記事を読む



◯ 松本自證師のサイト(ホームページ)はこちらへ
 遠方で東京や関西に行けない方、スケジュールが合わない方は、パソコンやスマホを使ってのオンラインでの指導もされています

◯ 松本自證師のネット坐禅についてはこちらへ

 井上貫道老師の9月18日愛知真如寺坐禅会の情報を見る


◯ 9月29日は坐禅会が全国でありました
東京神田では、豊島徹禪 師
神戸では、松本自證老師 満席
高知では、井上貫道老師

◇ 井上貫道老師の9月25日大阪坐禅会の情報を見る


◇ 松本自證老師の9月29日神戸坐禅会の情報を見る 満席

◇ 井上貫道老師の9月29日高知坐禅会に参加する 
kochizazenkai

kandoroshji_shizuokajoho



以下は付録です

馬祖道一禅師(ばそどういつぜんじ)と百丈懐海禅師(ひゃくじょうえかいぜんじ)

馬祖道一禅師709-788 この禅師によって江西地方に禅が一挙に広まった。馬祖の法嗣は百丈懐海や南泉普願(趙州和尚の師)など88人。
喝は後世の臨済禅師の方が有名になってしまった。

百丈懐海禅師749-814 この禅師までは禅宗僧侶は律院に寄寓していたが、この禅師が初めて禅院(禅宗の寺院)を開いたとされる。 
高齢なので弟子が老師の畑の道具を隠したところ、
一日不作、一日不食 「一日作(な)さざれば一日食らわず」と言って、作務をしない日は食事を摂らなかった。

『百丈清規ひゃくじょうしんぎ』を制定して禅門の規範を定めた。

二人とも、中国の唐の時代(618-907)の祖師。

山仕事をしていて悟られた慧能さん、のちの六祖大師の法系

<<伝燈の系譜>>
六祖大鑑慧能禅師⇒南嶽懐譲禅師⇒馬祖道一禅師⇒百丈懐海(えかい)禅師⇒黄檗希運(おうばくきうん)禅師⇒臨済義玄禅師

六祖大鑑慧能禅師⇒青原行思禅師⇒石頭希遷禅師⇒薬山惟儼(いげん)禅師⇒雲巌曇晟(うんがんどんじょう)禅師⇒洞山良价禅師

ちなみに、百丈禅師の法孫の臨済禅師が事実を挙すのに、「喝」を用いた。馬祖大師の喝より有名になってしまった。







このページは、
松本自證老師に3年間参じて見性(けんしょう)された妻子持ちの多忙なサラリーマン:「しみP」さんのご紹介

坐禅の進み具合は自覚できるものなのかどうなのか

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しみPさんは、産業カウンセラー資格を持つ多忙なサラリーマンさんみたいです



坐禅中に音がして……

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なお、ツイッターはアカウントを持っていない(登録していない)方でもご覧になれます
「ツイッター しみP」で検索

Youtubeの動画もあります



意が止む時のこと

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意が止む

この方の経歴からも、坐禅する時間がたっぷり取れない ことは修行成就には関係がないということがよく分かりますね. 
この方は3年間に一度も接心に参加されていません.

shimipmatome


「わたしと貫道老師とか、わたしと松本老師とかのように、同時に2人の人に独参しないでください。同じことを言っているのですが、老師によって表現の仕方が違います。そうでないと混乱して坐れなくなり(坐禅できなくなり)ますよ。」ーしみPさん
(1人に決めるまでは構わないと言っておられます)

サラリーマンしみPさんのウェブサイト

 https://www.the-road-of-zen.com/
    


悟りを開いた人に、人の気持は分かるのですか?


直接の回答ではありませんが、井上貫道老師の逸話があります。

井上貫道老師の逸話

ホームレスの人と談笑していた老師

ある時、ある人が貫道老師と新宿の繁華街で待ち合わせをしました(繁華街にもお寺はあります)。

その人より早く貫道老師が待ち合わせ場所に着いておられましたが、
到着してみると、貫道老師がそこに居合わせたホームレスの人と談笑をされていたそうです。

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老師は、電車に乗っているときでも、長距離のになると横の人に話しかけられることも多いようです。

決して説法や仏教のお誘いをされるわけではありませんが、見知らぬ人でもお友達のように話しかける力があります。



ダンスの女性たちが初見の老師に笑顔でお辞儀をした

1441120ある坐禅会の時、会場に到着された井上貫道老師をご案内して、エレベーターの入り口まで来た時のことです。

エレベーターの乗り口の右手に、女性たちが別室にダンスの練習に集まっているのがガラス越しに見えました。

ちょうどこちらを向いている女性が一人いましたので、老師が笑顔でお辞儀をされました。
そしたら、その女性が一礼したあと、隣の仲間に知らせました。

結果、老師に対して4人の女性たちが楽しげにお辞儀をされました。

エレベーターが降りてくるまでの間、老師がまたお辞儀をされると、また、女性たちが笑顔でお辞儀をします。


彼女たちは、老師とは初対面なのに、いままで会ったことのあるかのようなにこやかな様子でした。
お茶目な老師も楽しそうでした。

そういう雰囲気を作れる貫道老師なのです。

(このサイトの画像は、フリー素材または管理人による実写のものになります)


関連記事 【質問】悟ると喜怒哀楽の感情はどうなるのですか? をもご覧ください





ある指導者から伺った実話です。

行商のお婆さんが、摂心終了しても気を抜かずにいたら、改札で体験が


それは、原田祖岳老師/雪水老師の時代だったか、原田雪渓老師の時代だったか聞いていませんが、小浜市・発心寺ほっしんじ専門僧堂の摂心に参加した行商のばあさんがいました。


ひょっとしたら、発心寺のお隣の佛国寺(仏国寺)の摂心だったかも知れません。
佛国寺だったら、師家は故・原田湛玄たんげん老師です。

※佛国寺(仏国寺)ぶっこくじは、元々發心寺の隠居寺で、お隣です。
※原田雪水、原田湛玄老師(二人共遷化せんげ)は、原田祖岳老師の法嗣ですが、原田雪渓老師は、そちらではなく井上義衍老師系統です。原田雪渓老師は、姓は、蜂須賀(雪渓)ですが、発心寺の住職になる都合で、養子縁組により原田姓となられています。雪渓老師は高齢により、もう指導されていません。



発心寺や佛国寺の僧堂の摂心には、雲水のみならず、外から大勢の男女が座禅をしにやって来ていました。
海外からやって来る方も多かったようです。通訳者が居ることもあり、米国・ドイツが特に多かったようです。

一時は青い目の雲水さんがたくさん安居(あんご)していました。
※安居とは、お釈迦様在世時代のインドの仏教僧の修行方法にならって、90日間禁足で僧堂に留まって、修行に専念すること

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行商のおばあさんが、発心寺専門僧堂のある摂心に参加しました。


お仕事を一週間休んで、摂心に参加しました。
前の日の夜から泊まり、最終日も深夜までありますから、翌日午前中にやっと下山できます。

実質あしかけ9日間仕事を休まないといけません。


自営ですから、当然、実入りは少なくなるのですが、それは覚悟の上です。

サラリーマンなどには有給休暇を全部摂心に使う人もいます。
それくらいかける価値があるということです。


7日間の摂心が終わり、駅まで歩き、そしてJR小浜駅から電車に乗りました。


おばあさんは行商がお仕事ですから、普段なら電車で乗り合わせた人によく話しかけます。


ところが、今回は、せっかく摂心に参加したのだから、摂心が終わってやれやれという気持ちにはならないで、もったいないので、電車の中で、目を開いて摂心の時の功夫(工夫)を続けました。

目を閉じると、座禅になりません。


そして、目的の駅に着いたので、改札で、切符を取り出して駅員さんに渡したところ、あらっということが起こりました。

自分を駅員さんに手渡してしまったのです。

切符が自分だったのです。


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以上のようなお話を伺ったことがありました。

修行者は、日常においても気を抜いてはいけないとのことでした。

修行には、僧俗や男女や年齢は関係がないのですね。



⇒ 多忙な一流企業会社員が、離婚と元カノの死で無常を感じて毎朝30分の座禅に励んだ結果 を読む

介護真っ只中なのに、ある体験後、5日間1人で自宅座禅ができ、のちに会社で大悟した女子社員 を読む

  曹洞宗の専門僧堂の全僧堂一旦閉鎖へ を読む 



摂心情報があります

2019年ゴールデンウィーク中に新潟で井上貫道老師の摂心があります

◎ ゴールデンウィークの貫道老師の新潟摂心情報(27日夜の宿泊OK)の情報の希望者は、以下からご登録下さい。hokkaijoin_FotoSketcherpencil5

 ⇒ 摂心・集中坐禅会情報に登録する
         登録には本名は不要です 登録後、いつでも自力で配信停止することができます ここに登録しても攝心に参加する義務は発生しません


最近、Gmailアドレスで登録される方には、メールが届かない事象が発生しています。Gmailでも届く人もあります。マイクロソフト社のHotmailはもっとおすすめしません。hotmailは遅延と不達が頻発します。

プロバイダアドレスでのご登録を推奨します。Yahoo!アドレスでも大丈夫です。


一度も貫道老師の坐禅会に参加されたことがなくても、いきなり摂心に参加できます。

詳細を希望の方は、ご登録下さい。

登録されても参加ということになりません、情報のご案内のみです。

上記がクリックできない方は、
    https://tinyurl.com/inoueroshisesshin
から登録が可能です 同じものです

登録された方にはすぐに詳しい摂心情報・集中坐禅会情報をお送りします。



それ以後も臨時の摂心情報・集中坐禅会情報を時々お送りします。

またいつでも登録を解除できます。再度の登録も自由です。



すでに上記URLに登録されている方には、先日情報をお伝えしましたが、何人かにはメールが届きませんでした。
恐れ入りますが、プロバイダアドレスまたはYahoo!アドレスで再登録をお願いいたします。









 




悟ると感情がなくなってしまうのでしょうか?



悟るとどうなるのかということは、参禅者の気になることの一つです。
中でも、

・悟りを開くと、喜怒哀楽の感情がなくなるのではないか
・逆に、悟った人はいつもニコニコしているはずだ。

などと思ってしまいがちです。



なぜか涙が流れて来るのです―松本自證師

123bba1b2c02fccc2f54bda1d23b099b_s(松本自證師いわく)
以前、Mさんとは一緒に修行していましたが、病気でなくなりました。

彼と一緒にあるお店に何回か入ったことがあるのですが、いまでもその前を通ることが時々あるんですね。


そのお店の前を通ると、知らないうちに、涙が流れて来るのです。

その前を通るたびに、なぜか、涙が頬を伝わって来るのです。


でも、そこを通り過ぎると、いつの間にか涙は止まって、別の様子になっているのですね。


(少し笑いながら) 坐禅をしているご主人が怒ったからと言って、「そんなんでは修行が足らないわね」などと言わないでくださいね。


―松本自證師


関連記事 【質 問】悟った人は、人の気持ちを超越してしまうのですか? をご覧下さい。


 
 「松本自證師とは」 に登録する  ハンドルネーム可 今まで400名様以上が登録されています


◯松本自證師の関西禅会は次回2020年5月または6月の日曜日に、神戸三宮で行われます。 ネットでの申込みは2ヶ月前から。お申込みは、こちらへ


◯松本自證師のサイト(ホームページ)はこちらへ
遠方で東京や関西に行けない方、スケジュールが合わない方は、パソコンやスマホを使ってのネット坐禅会もされています



koshojisodonaibumini[管理人註 ] Mさんは、管理人も存じ上げていました。熱心に修行をされている方でおまけにとても謙虚であり、好感のもてる青年でした。

修行に打ち込んでおられ、この方こそ、出家されたら理想の雲水になるのではと思わせるような方で、立ち居振る舞いも美しかったのです。

お寺に泊まると、布団を敷いたあとは、消灯後も自分の寝具の上で坐禅を楽しんでから休まれるのが常でした。一日中接心で坐ると夜には脚がかなり痛いものです。 それを、彼は夜具を展(の)べてから1時間以上坐られていたかもしれません。

大企業に勤めておられましたが、やがて修行に専念するために若いのにそこを退職して、師匠と同じ町に移って近くにアパートを借りて、そこからお寺に通って修行をする生活をされました。
病気発覚後は、出家をされて専心されました。 合掌礼拝




午前3時に起きて坐禅をしていた女性ー井上義衍老師の時代

井上義衍老師の時代には、専門僧堂でもなく、肉山でもなく、また、都会でもないのに、義衍(ぎえん)老師のお寺に全国から修行僧(雲水うんすい)が集まりました。

※肉山にくさん=経済的に豊かな寺院  井上義衍老師のお寺の龍泉寺は、現在のような住宅地ではなくて、当時は、山の頂上にボツンとある山寺と呼ばれるような所にあった


当時、曹洞宗の鬼僧堂と言われ、悟りを標榜する道場であったので、俊英が集まった福井小浜の発心寺専門僧堂でも、多くの修行僧が発心寺(ほっしんじ)を捨てて、井上義衍(ぎえん)老師の龍泉寺に掛搭(かた)しました。

また、悟りを肯定しない派閥の有力僧の弟子たちでさえ、井上義衍老師のもとに馳せ参じました。

※発心寺専門僧堂の当時の師家は、原田祖岳(はらだそがく)老師と次の原田雪水(はらだせっすい)老師です。


義衍老師には、また、多くの在家の男女が参禅しました。
天皇家に書道を教える書家の女性も参禅していました。


zazenjosei2toblack_FotoSketcher_FotoSketcherそのうちの一人の女性は、毎朝3時にソッと起床して、何人かと一緒に禅堂に通いました。

そして、午前7時には、自宅に戻り、自営業のお店を開く準備をしました。


そのような生活を10年間続けましたが、早朝に坐禅に行っているとは家族の誰一人として気づかなかったそうです。


井上義衍老師に参じて、
烏がカァと鳴いてアラッということがあったということです。


松本うたさんという女性です。

本気の道友はありがたいです。
今日はやめとこうかと思うことがあっても、道友が通っているので、頑張れるということがあります。

⇒ 午前3時に起きて自主的に坐禅をしていた小僧さん を読む

⇒ 多忙な一流企業会社員が、離婚と元カノの死で無常を感じて毎朝30分の座禅に励んだ結果 を読む

⇒ 3日間坐禅し続けた修行僧ー井上義衍老師の会下の雲水達を読む



ちょっと待ってください。このままブログを閉じずに、↓↓

瞑想中・座禅中に眠くなる原因ー僧侶やベテラン一般人はなぜ坐禅中に眠るのか

坐禅中・瞑想中に眠くならない方法

現代の日本に夜中も眠らず坐禅できる人たちがいる

座禅・瞑想中の眠気の原因【続き】―室温や服装に注意


座禅や瞑想・スポーツでの眠気対策に仮眠が良い
もご覧ください。












遊女が悟りを開く―悟りに、善業・悪業は関係なくて、頓悟


坐禅は必ず目を開いて行ないます


律女は、旗本の家に生まれるが、事情にて京都島原の遊女となる


1278681江戸時代のことです。

1千石の旗本の家に生まれた律女は、父がさる事情で浪人ろうにんとなり一家が京都に移住して落魄(らくはく=零落)しました。


やがて律は売られて、京都の島原の遊女となって、大橋と名乗りました。

※浪人とは、仕つかえる主君がなくなった武士 よって禄(ろく=サラリー)がない

心に煩悶の生じる日々

美貌であり、才芸もあったからたちまち売れっ子になったものの、心中うつうつとして楽しまない日々が続きました。


太夫(たゆう)となった今は、余裕も出てきていたのですが、親のためとは言え、遊女に身を落としてしまった自分の人生は一体何だのだったのだろうかと苦悶の日々を過ごすようになりました。

「人生は何なのか? 一体人は何のために生きているのか?」そのように思う日々でした。


※遊女が自分の稼いだお金で遊郭を出られないように、借金には高利子がついていた 抜け出せる方法は、唯一、富豪のお客に気に入られて、妾(めかけ)としてまたは稀に妻として身請けされることだった


不思議な訪問者

ところが、心に強い思いがあると人生には転機がやって来るものです。787b1aea9e866b1655db305d404abb46_s


ある時、不思議な人が訪問して来ました。

遊郭の客というより、お店に取引にやって来た商人のようでしたが、律を認めると、このように話をしてきました。

「あなたの心には解決しなければならない疑問があるようだが、実はその解決策が一つだけある。」


律「そのようなことがあるならば、是非とも聞かせていただきとうございます。」


客人「分かり申した。では、今から話することを誰にも話さず、必ず密かに実行するように。 

何をしていようが気を抜かず、本気で努め励むならば、必ずやある時、霧が晴れるがごとく、疑問が氷解し、小躍りして喜ぶ日が来るであろう。」

と言って、その客人は、目を開いてする坐禅の仕方、日常での工夫(功夫)の仕方を伝えました。


大橋、目を開いて坐禅を開始、そして遊女が大悟ー禅は頓悟

大橋は、それ以来、時間があれば、目は必ず開いて坐禅に励み、日常では、間断なくその工夫を念々相続しました。


坐禅功夫が純熟して来たある日、一日に20か所にも落ちるような激しい落雷がありました。

生来、雷の怖い大橋は、蚊帳を吊り夜具を被っていましたが、気を取り直して、坐禅工夫を続けました。


雷鳴で大悟

すると目の前の庭に落雷し、大悟しました。


自分の本当の姿を知った大橋は、それ以来、住むところが遊郭であっても以前とは全く違った心境で過ごすことができるようになりました。


大橋身請けされて、結婚

運命は不思議です。

大橋を身請けしたい旦那が現れ、そしてその人と結婚をすることになりました。

その頃から、律は、駿州・原(現在の静岡県沼津市)の白隠禅師はくいんぜんじの名声を聞き、悟りを確認してもらいに行きました。


白隠禅師、白隠慧鶴はくいんえかく は、臨済宗を復興させたとされる江戸時代の名僧。静岡県沼津の原の松蔭寺に住した。
法階を上げることを好まず、一生黒衣をまとって紫衣や赤い衣は着なかった。

そのため、本山の妙心寺で法話をする時も、法階が和尚としては最下位だったため一番下座にて説法をした。
現在は、臨済宗は白隠禅師に繋がる法系しか残っていないため、すべての和尚は白隠禅師の法孫である。

現代の師家(しけ)は白隠禅師に倣(なら)って、一番下座にて提唱を行う。そのため、上から下座に向かうのではなくて、本尊様の方向に向かって下座にて提唱をする

それ以来、禅師に参禅をするようになったそうです。

やがて、その夫が亡くなりました。
しかし、また律のことを気に入る男性が出現して、その人と再婚。

今度は夫は求道者であったので、ともに白隠禅師に参禅しました。


元・遊女は観世音菩薩の化身

幸せな夫婦生活と参禅の日々を過ごしたようです。のちに、律は夫の許可を得て、出家しました。
やがて、律が亡くなりました。

白隠禅師の上足(じょうそく=高弟)である、東嶺禅師(とうれいぜんじ)が、お参りにやって来ました。


仏壇を見ると、律の位牌はなく、ただ観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の像が祀られているだけでした。

東嶺禅師が不思議に思って夫に尋ねると、
「妻は、観音菩薩の化身だったのです。なので、これが妻です」
と言ったそうです。

-------------

素晴らしい旦那様ですね。









自分の娘が亡くなって、本気になって臘八ろうはつ摂心で只管打坐の坐禅に打ち込んだ結果

ある老師からお聞きした話です。

坐禅は必ず目を開いて行っています。

専門僧堂に行って真面目に修行して、お寺の住職にもなったある和尚さんがいました

お寺の住職ですから、葬式・法事もします。df1539bed25a52ebe9abaea22bc7f0eb_s

奥さんを持って、子供さんもいたそうですが、ある時、娘さんが若くして不治の病に倒れ、とうとう亡くなってしまいました。


父親である和尚が、お葬式をしたのですが、以来、亡くなった自分の娘のことが気になって仕方なくなりました。


住職として、今まで何人もの人にお葬式で引導を渡してきたのですが、いざ自分の最愛の娘が亡くなった場合は違いました。

「自分の娘は果たしてどうなったのだろうか。

成仏じょうぶつ というけれども一体、実際には、現実には、娘はどうなったのか。
どこへ行ったのか。

成仏できたのだろうか?

それが自分には、ハッキリとは分からない」


自分の娘はどうなったのか、それだけが気がかりとなった。

「修行をし直して、自分で解決するしかない」

和尚さんはお寺を捨てる覚悟が出来ていました。



「求めよ、さらば与えられん」 (新約聖書マタイ7:7-12)

幸いにも、井上義衍老師の本に出会い、初めて本当の修行方法、本当の坐禅のやり方を知りました。
(老師はすでに遷化せんげされていました)


そして、お寺を捨て、再行脚(さいあんぎゃ)の思いが湧いて来ました。


専門僧堂は、住職資格を取得するための道場ですが、やはり、修行に専念できます。

そう思って、和尚さんは、
再び、専門僧堂に掛搭 (かとう<済>・かた<洞>) し、自分の子供くらいの年齢の若い修行僧に混じって、修行を再開しました。

修行上の師は、本ではありますが、井上義衍老師です。


坐禅とは、何もしないこと そして臘八ろうはつ

お釈迦様が、坐禅に打ち込まれていた時に、明け方の明星(みょうじょう=金星)を見て、悟られたのが12月8日なので、それに因んで、禅宗では、8日の暁天が終わりになるように、12月1日から摂心をして、坐禅に専念します。

それに挑んだ和尚さんは?
詳しいお話は、こちらへ



アルバイト青年が、嫌な上司のお蔭で自宅で1日10時間の坐禅ができるようになった訳 も読む




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摂心の心得などは、
 こちらをご覧ください



70歳の参禅者が臘八(ろうはつ)摂心中に突然、見性(けんしょう)体験をした例

管理人です:
Tさんの臘八大攝心中の見性体験です。臘八(ろうはつ)

 臘八の臘は臘月(ろうげつ12月)、八は八日のこと  お釈迦様(ゴータマ・シッダールタ)が臘八つまり12月8日に悟られたことにちなんで、禅宗寺院では12月8日まで摂心(せっしん)という宿泊型坐禅会で、早朝から夜まで一日中坐禅をするところが多くあります。



井上貫道老師・金曜坐禅会に参加されていた60代後半か70代くらいのTさんがいらっしゃいました。
その人に、話しかけることはありませんでしたが、Tさんのことは存じていました。


10年以上(約15年)にわたる相当長い間摂心にも参禅し続けられていた古参の方のようですが、
そのTさんがある冬の接心(臘八摂心)で体験された事が某ブログに詳細に記述されていますので、
見つけにくい方のためのここに引用をさせていただきます。 引用箇所は下部に記載しています。

元のブログで既にお読みの方もいらっしゃるかもしれません。



 
<ここから-->
 
今年 [数年前です]、一般のかた [ Tさん ] が見性されました。老師にも認められたようです。

[ Tさんが摂心をされていた道場は、掛川のお寺ではありませんでした。この「老師に認められた」の「老師」とは掛川の老師のことではないと思われます  この方は、掛川の老師以外に浜松の老師にも参禅されていました ]


禅堂から帰ってくるやいなや、
みんなの前で

「しゃべっておらずに坐らなければいかん! 坐れば分かる! 俺は分かった!」

と明言されましたので、
周囲も、えっ、と驚いて、質問攻めにされていました。





「もう自分には無理かな…」
と悩まれていたようなかたでもいらっしゃいましたので、
そのかたがひょっとしたきっかけで気づかれ、
一夜にして堂々と法を語り始められるということは、
実に興味深いことだと思います。


なお、いつ頃、どこのお寺で、誰が、ということについては、ご本人への興味や詮索等が高じてご迷惑をおかけすることが万が一にもあってはいけませんので、あえて伏せさせていただきます。
変に詮索することもお避けいただければと思います。あくまでも一般のかたですので。

見性というものが迷信ではなく、本当に誰でもできるということだけ信じていただければと思います。


Q・・・周囲の参禅者(複数)
A・・・ご本人


Q.
すごい明るくなっちゃった。ニコニコしてる。(笑)

A.
スパーンと分かっちゃった。



Q.
へえ、スパーンと分かる。

A.
変な言い方ですけどね、それしか言いようがないね。




Q.
何か事実が、ポーンとやってきたとか? 例えば鳥の鳴く声やセミの声を聞いてとか。

A.
それだとちょっと劇的でいいんですけどね。(笑)

なーんにもせずに坐ってて、「ああ!」だけです。

まあ、実はその前に伏線はあるんです。
(一昨日)ここで夜中まで話ししたということもありますし、みなさんでお風呂行ったでしょ、その時、風が強くて、笹がこう、動いてたんです。
それがねえ、なんとなく「んんん」という気にはしていたんです。

だから、まあ、それが、あとから考えりゃ伏線だと思えば伏線だし、関係ないと言やあ関係ない。

だから、あの、撃竹のようなね、ああいう、あの、絵になるような話はございません。(笑)



Q.
ああ、あの、風呂の窓の所の。

hata


A.
そうそう、あの笹すごかったよね、風が強いから。

あれがざーっとねえ、こう、あの、揺れてたんです。

それ見て「ああ…」というのはありました。





Q.
じゃあ、逆に、坐禅中に、なにか考え事をしていて、そのきっかけでふと気づいたとか。

そうではなく、本当に空白になっちゃったとか?





A.
あっ、私ね、最近、坐禅してもあんまりね、考えないようになった。

ただ本当に坐ってる感じが強くなってきました。


だから、あの、十何年こう坐っていて[坐禅していて]、もう毎回毎回「どうして、どういうふうに坐禅すればいいんだ、これでいいのか、どうのこうの」とだけが頭にありました。


それがねえ、ここちょっと[どのように坐禅していたら良いのかという]悩みがなくなっちゃって、こういうふうに坐っとけばいいんだというのが出て来た。

で、そういうふうにうち [家]でも坐ってるんです。

だから、そういうのもあるのかとも思うんですけどね。



よく分かりません。(笑)



Q.
じゃあ、本当にその時はほったらかしになってたら、いきなりバッと?

A.
あ、そう、そうですね。本当に、ただ、こう、時間に行って坐ってたら、「ええっ」という感じですね。

よく分かりませんね。説明のしようがない。




Q.
「ええっ」となって、「なんだこれか」って感じですか?


A.
「ええっ」→「えっ」→「あ、なんだそうかぁ」(笑)ってな感じですね。

だからよく考えれば本当にどうってことないことなんですねえ。


先ほども老師とお話しした時に、「そのものは本当に保育園の子供でも分かるんですねぇ」ということですよ。
* この方は同系列の他の老師にも参禅されています


私はすごく勉強が好きだったから、正法眼蔵 [しょうぼうげんぞう] をざーっと読んでいたんです。

このお寺へ来て、老師に本を読むなと言われて、でもなかなか読まずにはおれなくて、でも確かに読む必要はないなと思いましたね。



Q.
じゃあ、結果的には、読まなくてもよかった?

A.
いや、読まなかったとかいうんじゃなしにね、まあ、読んで、覚えたこともあるだろうし。



Q.
分からないね。

A.
うん。



Q.
笹の話をもう一度お願いできますか?

A.
ああ、風呂入っててねえ、風が強かったでしょ、昨日。
笹がありましたですよ。
それがこう、かなり動いてた。

それを見てね、なんとも「うーん」という感じがあったんです、その時にね。

「ああ風かあ、うん竹かあ」、
あの、まあ、幡がねえ、ありますでしょ。
風が動かしてんのか幡が動いてんのかっていう、そういう問答※が頭にあるので、
「ああなるほどなあ、風がってか、笹が動いてんなあ」ってのがやっぱり、思いをしてるんですね、その時。


それがその縁の中に入ってるのか、それは分からないですけど。
ただそれをなんとなく気になってたですね。



Q.
一昨日、あんだけバトルをしていたというのに。(笑)

A.
あれは、本当に、わあわあ言っててね、それでね、自分の中でね、知らぬ間に整理が出来てたかもしれませんね。



Q.
じゃあ、ぜひまた提唱を。(笑)

A.
そういう皮肉をおっしゃらないでください。(笑)



Q.
そういうのがまた、どんな縁になって他の方が見性されるかもしれませんよ。

A.
縁って、作ろうと思って作れるもんじゃないじゃないですか。



Q.
運命的なものですか? 自分の問題ですか? それとも、いわゆる他力っていうか、どこか他から? それともあくまで自分自身の力ですか?

A.
言葉で単純に言えば、本来の面目がバンと現前したということですわね。
本来の面目、まあ出ますけどね。
その、本当、それが、現状したということですかね、自分の中にね。
「ああ、そうか」っていうのはそういうことですね。



Q.
ああ、本来の面目ね…よく分からん。(笑)

A.
だから言葉はいけないんです。なるほどなあ、いかんなあと思いましたねえ。



Q.
一昨日と逆の事を言ってる。(笑)

Q.
「ハッ」と思うでしょ、その後は、もう、今までの疑問みたいなものがなくなる?

A.
うん、分かる。

さっき老師に言われたんですけどね、「(語録は)読みゃ分かるだろ」って言われたんですけどね、そうなんです。



Q.
古い言葉は分からなくても?

A.
ええ。別に翻訳することじゃないから。
言われていることが「ああ、そのままだなあ」と、そのままに。

要するに書いてあることが分かる。



Q.
何が起きても、今あるものとかは、もう絶対に揺るがないものなんですか?

A.
分かったことはね、もう、そのものだから、揺れやしないし倒れやしないし。
だって私が立てたんじゃなしに、昔から立ってるそれだけのことを、立ってるのが分かっただけのことだから、揺るぎもしなけりゃ無くなりもしないし。


Q.
「無」とか「空」とかそういうことも分かっちゃうの?

A.
ああ、あんなもんねえ、どうでもいいことなんです。(笑)

「無」「空」なんて、そんなあほくさいこと言ってる必要はないんです。

だから、「無」っていうのはこんなもんか、ということは分かります。

「空」って、じゃあ、こういうことかというのは分かります。

だけど、じゃあそれが分かっても、言葉じゃなんにもならないです。
 



Q.
一昨日までは分かんなかった?

A.
理屈でね、こういうもんじゃないのかなあというのは、誰でもやっぱり理屈で考えますよね。
それはあったんです。

だけど、「コン」、こっちが分かってみたら、「空はなんだ、無はなんだ」なんてことは、そんな面倒くさいことはする必要がないなあって思って。



Q.
じゃあ般若心経はどうなっちゃうんですか?

A.
だから、「色即是空」、本当そのとおりなんです。
だからね、「色に対して空がある」と思ってたから大間違いなのね。
文章だから、「色は空だ」と読むから間違うんです。

そうじゃない。

いやいやえらそうに言っちゃって恥ずかしい。(照)
<--ここまで>



以上は、『浜松で禅修行』からの引用です。

記事を見つけにくい人のために引用させていただきました。
 

お願い:読み違えないでくださいませ 長年参禅しないと悟れない例ではありません むしろこの方は、長年摂心や坐禅会に通っていたにも関わらず、坐禅の仕方が分からず、 坐禅のやり方が分かった途端に、数カ月後に摂心という縁を得て、見性されたのです
⇒ 


 自分の娘が亡くなって、本気になって坐禅に打ち込んだら、悟りが開けた和尚さん


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※非風非幡=五祖弘忍禅師のもとで、のちの六祖・大鑑慧能禅師が米搗きをして、まだ居士のまま、印可証明を受けて、五祖弘忍禅師の下を密かに抜け出した
そのあとかなり経ってから、ある寺院を慧能が通りかかった時に、
僧たちが「風が動いているのか、幡が動いているのか」と論争していた。
まだお坊さんになっていなかった六祖大師が、「風が動いているのでも、幡が動いているのでもなく、仁者(あなた方)の心が動いている」
と答えたという故事のことを指します。(無門関第29則)
この寺院の主は、この人こそ、噂の五祖の法を嗣いだ方だと直観し、慧能は、この寺院ではじめて出家得度することになります。
のちの六祖慧能大鑑禅師です。この方からたくさんの法嗣が出て、中国で禅宗が勢いつきます。
中国初祖達磨大師から六祖大師に至って、のち一華五葉を開くといわれたゆえんです。


六祖、因ミニ風、刹幡ヲ揚グ。二僧有リ対論ス。一(ヒト)リハ云ク幡動くクト、一(ヒト)リハ云ク風動クト、往復シテ未ダ曾テ理ニ契ハズ、祖云ク、是レ風ノ動クニ非ズ、是レ幡ノ動クニアラズ、仁者ガ心動クナリト。
二僧慄然タリ。




【投稿後記】
このお話には大変重要なポイントがあるとされています。 それは次の新記事であらためてお伝えします。


ここに記載した・これから掲載する参禅者体験は、1年を経過しているものを選んで投稿しています。
投稿者は、インタビュアーやレポーターではありませんので、その後、その人がどのようにされているかは存じていませんし、その後の修行をインタビューしていません。

上記Tさんのように、個人を知っている人であってもできるだけ個人を特定できないように余分な情報は書かないようにしています。使用した人名のアルファベットは、その人の本名とは全く関係がありません。ZからAまでを、日本人の姓にならないものは除外して使っていきますので、まずはYさん、次はWさん、次はUさん、Tさん、Sさんという順番になります。
 


井上貫道老師関連摂心情報

ネットで公表がない今後の摂心(せっしん)・連続坐禅会のお知らせがあります。

昨年2017年もネットでは発表されない攝心が2回ありました。

摂心には、初心とかベテランとかは何の関係もなく参禅ができます。
修行には、「初めて」とか「何年もしている」とかは無関係だからです。



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参禅歴15年で見性(けんしょう)した参禅者は、15年のうち、実は1年しか修行していなかった

[ 管理人 ] 大変失礼な言い方かもしれませんが、14年間、間違った坐禅をしていた=14年間、坐禅の仕方が分かっていなかった の意味です。

この記事では、正師に出会って、長年摂心や坐禅会に通っていたにも関わらず、坐禅の仕方が分からず*、 坐禅のやり方が分かった途端に、数カ月後に摂心という縁を得て、見性 (けんしょう) された方のご紹介です。

*坐禅の仕方が分からないのは、ひとごとではないと思います。
われわれ(出家も在家も関係ありません)は得てして、老師の話をちゃんと聞いていない・分からない点を質問しないとかで、「坐禅の仕方について」だけでなく、他のことでも、問題・疑問を放置しながら、年数がいつの間にか経ってしまうということがあります。ボヤボヤしていると2年、3年、5年、10年とあっという間に経ちます。
まして、坐禅中に眠くなるのを放っておくと、眠るのが癖になります。
「三十年坐禅しているという人は、皆眠っています」と老師が言われますが、本当に、
出家も、在家も「古参(こさん=古株)ほど、坐禅中に眠っている(坐禅の姿のまま、居眠りをしている)」
ということになります。

他の習い事と違って、運良く正師に巡り合って、その坐禅会や摂心に
欠かさず通えば、なんとかなるのでないのです、仏道修行だけは。
出家すれば、なんとかなるのでないのです。道場に安居(あんご)すれば、なんとかなるのでないのです。

十分注意しないといけない点だと思います。


「修行して解脱するんじゃないです。

すでに解脱してるんです。

そのことに気づき、ああ、なるほど、確かに解脱してるな、となるのが坐禅です。

こういう実証方法を伝えてきたのが仏教のすばらしいところですね。」ー 井上貫道老師



70歳の参禅者が摂心中に突然、見性体験をした例
 Tさんの参禅体験談の続編です


Tさんの体験談をインタビューして『浜松で…』のブログに載せたの管理人Sさんは、別の記事でこのように追記されています。



「20年間の修行期間のうち、19年は修行の方法、坐禅の方法がわかっていなかったのだ」と。

(事実関係としては、20年は、15年の、19年は、14年の間違いです)


「15年間の修行期間のうち、14年は修行の方法、坐禅の方法がわかっていなかったのだと。」




以下、当ブログ管理人の感想ですので、主観が入っています:
ところが、本ブログの管理人わたしが、ちょうど、初心で、Tさんに出会った時は、本当に修行底(しゅぎょうてい)の人だなあという印象でした。

と、言いますのは、初めて出会ったのが体験談 70歳の参禅者が摂心中に突然、見性体験をした例  と同じ年の半年前夏の摂心の時なのですが、その時に、
Tさんは、遠方からお寺に車でやって来られた様でした。

バッグを控室に置いて、やれやれ一休み、
として、同じ参加者に挨拶して、雑談しながら、
「坐禅が始まるまであと30分あるな」とか「摂心は明日からだから」
という感じの人が多い中、
そのTさんはバッグを控室に置くとすぐに、禅堂に向かわれたのです。
 
坐禅会が始まると、あるいは、摂心に突入すると、おはようございます こんにちは お久しぶりです などの挨拶は要らないとされています 非礼にはならないのです

摂心の途中でやむを得ず帰宅する場合も、参加者の方々には挨拶はせず、黙って他の人の邪魔にならないように帰るのが良いとされています 食事の関係があるので、寺院(主催者)には当然下山することを報告します 
]



くしくも『浜松で禅修行』の管理人Sさんも、当時は全く同じでした。

Sさんも、お寺に到着して、バッグを控室に置くと、すぐに禅堂に行く。

日常の工夫と坐禅工夫がシームレスなんです。
これは日常、これは坐禅 という風な修行ではない ということです。


TさんとSさん(40代)はそうでした。


そんなTさんでした。

zendonaibu

 
さて、禅堂でですが、
世の中の普通の講演会などでご高齢の方に居眠りをしている人が多いのと同じで、 
高齢の方が坐禅をするとどうしても居眠り坐禅やボーっと坐禅されていることが多いのですが、Tさんの坐禅はそうではありませんでした。



金曜坐禅会の始まるずっと前や摂心の抽解時(坐禅と坐禅の間のブレイク時間)にも広い禅堂に、
一人ポツンと坐禅されていることも多いTさんでしたが、その姿は、重心が低く大変安定のあるものでした。


もちろん身体は揺れていません。

目は開いて坐禅をされていることが遠方からも分かります。



まるで臨済宗のそれと同じように、2列の単が並ぶ大きな見通しの良い禅堂なので、遠くから坐禅姿が見られたのです。


「坐禅を楽しんでいる」
そんな姿でした。 
あくまでも個人的感想です。 



そして、その年の12月。
わたしは親の急な入院で、残念ながらその年の臘八摂心は参加できませんでしたが、のちに『…で禅修行』のTさんの体験記事を知った時は、すぐに、その見性体験記は、多分Tさんのことに違いないと確信できました。

以上のようなTさんの姿を知っていたからです。 




本人は、こう言っておられます、 70歳の参禅者が摂心中に突然、見性体験をした例 参照

「十何年こう坐っていて[坐禅していて]、もう毎回毎回
『どうして、どういうふうに坐禅すればいいんだ、これでいいのか、どうのこうの』とだけが頭にありました。


それがねえ、ここちょっと [どのように坐禅していたら良いのかという] 悩みがなくなっちゃって、
こういうふうに坐っとけばいいんだ
というのが出て来た。

で、そういうふうにうちでも坐ってるんです。」


これが参禅歴15年のうち、直近の1年だけが、坐禅ができるようになった ということです。

本当に坐禅ができるようになった(迷いなく坐禅ができるようになった)年にちょうど管理人は出会っていたのです。




修行上の先輩の方によると、

「世の中で自覚している人が少ないように思える理由は、2つあります。

まず、井上貫道老師のように本当の坐禅を教えている人になかなか出会えないこと。

次に、正師に出会えても、話を聞いた本人がどうしても自分の考えを入れたり概念で捉えて聞くので、坐禅がどういうものであるかが分かり実践できるまでに時間がかかるのです

正しい楽な坐禅ができるようになると、誰でも間違いなく自覚(悟り)は起こります。


自覚しても、『わたしは悟った』みたいにはなりませんよ。

私のいない体験です。

いや、そういう意味では体験とは言えないかもしれませんね。


 疑いは微塵もなくなります。」――松本自證
※松本自證師は、貫道老師のように幼少期から悟っている人の法話を聴いていて、すんなりと悟った方とは違い、坐禅をする前に、色々な瞑想法をし、正法に出会ってからも試行錯誤をされた方なので、やるべきこと、やらなくてもよい事をよく分かっておられる方です。松本自證師の坐禅会はそういう意味でおすすめです。




Tさんは、15年間のうち、ちゃんと坐禅が出来ていたのは、たった1年間だけだったということになります。
(実を言うと、Tさんの15年目のこの体験は悟りではありません そこで修行が終わったのではありません   さすがに実質1年の修行では、大事了畢とはなりません) 

この方は、長年摂心や坐禅会に通っていたにも関わらず、坐禅の仕方が分からず、 坐禅のやり方が分かった途端に、数カ月後に摂心という縁を得て、見性されたのです。

Tさんのことは、実はわれわれのことです。
本当に坐禅ができているのか自分自身に問わねばなりません。
師に確認をしてもらわないといけません。





以下は、貫道老師のことばです。


「本当は[坐禅に来ている]一人一人に、お尋ねをしてみたい。

長い人は何十年も坐ってるって言うんだけど、坐ってる時、どういうふうに過ごしてるのか。

さらにそれを推し進めれば、今度は、人に尋ねられた時、
「あなたは何十年も坐っておられるけど、
坐るってどういうことですか? 
坐禅ってどういうことなんですか?」
って言われた時に、
どういうふうに答えられるのか、
どういうふうに示されるのか、教えられるのか、
ということが必要だと思いますよ。


もし教えられないような坐禅ておかしいですよね、
人に、聞かれて。

そう思いませんか。


要はどうやってるか自分に分からないってことでしょ。

だから教えられないっていうことでしょ。



ていうことは、坐禅をしていても、
どうしているか自分でも坐禅のありようが分かっていないで、
ただ時を過ごしているっていうことになってくるんじゃないですか。

そう思いませんか。論理的に話をしても。(笑)」





「だから、坐禅があんまり本当に効果が上がらないのは、それが一番、元かと思うな。

分かったような顔して坐ってるだけ。

それらしい格好して坐ってるだけ。

本当はそこらへんが十分に理解が行かないまま坐ってる。


それ、長くやって苦労した人、話してごらん、聞いてごらん、きっとそうだよ。(笑)

そこが分からなくて時間がかかるんだよ。」 ーー井上貫道老師
以上は、どこかよその坐禅会の人たちのことを言われているわけではありません。

参禅者、我々のことです。
自分の修行の方向をハッキリさせるために、質疑応答や独参の時間を設けてくださっています。



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【投稿後記】
井上貫道老師は、
ある参禅者が、見性とか小悟とか大悟とか段階を経るものかという質問をされた時に、
「元に戻ってしまったら悟りではない」、
「見性とか小悟とか大悟とか、そういうことがあるのは、その参禅者の師が許すからだ」

「悟るまでは、よく似た体験をするものなんです」

と言われたことがあります。



井上貫道老師関連摂心情報

ネットで公表がない今後の摂心(せっしん)・連続坐禅会のお知らせがあります。

昨年2017年もネットでは発表されない攝心が2回ありました。

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修行には、「初めて」とか「何年もしている」とかは無関係だからです。



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  自分の娘が亡くなって、本気になって坐禅に打ち込んだら、悟りが開けた和尚さん


ここに記載した・これから掲載する参禅者体験は、1年を経過しているものを選んで投稿しています。
投稿者は、インタビュアーやレポーターではありませんので、その後、その人がどのようにされているかは存じていませんし、その後の修行をインタビューしていません。

使用した人名のアルファベットは、その人の本名とは全く関係がありません。
ZからAまでを、日本人の姓にならないものは除外して使っていきますので、まずはYさん、Wさん、Uさん、Tさん、Sさん、、、、という順番になります。



坐禅をしていても、すぐに眠るようになってしまう人がいます。10年接心に通っても、眠いだけ

そのような人には、このままブログを閉じずに、↓↓


瞑想中・座禅中に眠くなる原因ー僧侶やベテラン一般人はなぜ坐禅中に眠るのか

坐禅中・瞑想中に眠くならない方法

現代の日本に夜中も眠らず坐禅できる人たちがいる

座禅・瞑想中の眠気の原因【続き】―室温や服装に注意


座禅や瞑想・スポーツでの眠気対策に仮眠が良い
もご覧ください。



 

[ 付録 ]  番外編1

東京大学卒業者で大悟した現代人たち

著書などで世に知られている3人だけのご紹介です

飯田トウ隠老師 医師・飯田氏 この節一部追加あり



tokyouniv
飯田欓隠老師は、山口県の生まれ 旧姓片野だったが、飯田家の養子となる。

東京大学医学部出身で、東京大学附属病院医師であった。

その時代にコレラで人がつぎつぎと亡くなるのに無常を感じて、広島の大本山佛通寺(臨済宗)の香川寛量老師に参禅開始。


初めての7日間摂心(せっしん)で見性(けんしょう)に似た体験をする。
ここで、仏通寺・寛量老師の印可証明を受けるも、満足せず、当代臨済宗随一の師家(しけ)とされた南天棒中原橙州老師(なかはらとうじゅう)に参禅する。

南天棒老師は、当時臨済宗の老師(師家(しけ)・師家分上(しけぶんじょう))の悟りがあやしいと思って、『宗匠検定法』しゅうしょうけんていほう というのを考えて、各地の師家(しけ)の点検を行おうとしたとされる
(明治時代 臨済宗の公案体系を使う公案禅も江戸末期から始まった)
※『宗匠検定法』は、当時の師家会の反対にあって、結局実現しなかった

中原橙州老師は、いつも南天の木から作った棒を竹篦(しっぺい)として携えていたため、南天棒と称される。



医師飯田居士は開業医をしながら、師匠・南天棒老師に師事 ひそかに、曹洞宗の師家にも同時に参禅し、只管打坐(祇管打坐しかんたざ)を修していたとされる。

その後、飯田居士は、自分ではまだと思っているのに、南天棒老師が「そろそろ印可証明をやってもよいと思っている」と第三者に話すのをたまたま聴いてしまい、老師に疑問を感じて見限り、老師のもとを辞して、公案禅を捨てた[自分が大悟徹底したという実感がないのに、印可証明をやろうというのはおかしいと思った]

爾後、公案禅を捨てて、只管打坐(祇管打坐 しかんたざ)に専心。 

岐阜県・多治見の虎渓山(こけいざん)永保寺で独摂心をし、大悟徹底して修行が終わる。
ある朝、洗面の後、スズメが道を歩いているのを見て、身心脱落したとされている。
飯田欓隠老師の決着の体験(未掲載) を読む

※独攝心(どくぜっしん)とは、一人でどこかに籠もって摂心をすること 
基本は7日間など期限を切る 通常は食事を摂り、夜は適度な睡眠を摂って行なう 一人で籠もれる空間だけでなく、トイレも必要になるので、場所の選択も難しい
独摂心(どくぜっしん)は、一度は見性しているとかの力のある人でないとできないとされる  
(形だけの独接心なら少しの根性だけでだれでもできるから)



この後、
遂翁和尚(すいおうおしょう)の法系の敬峰和尚に安芸(広島)で偶々出会い、即座に印可証明を受ける。 56歳。
※この敬峰老師は、阿波(あわ・徳島)の鬼文常と言われた懶翁文常老師の印可。
※出会って、少し問答を交わしてすぐに印可証明を受けるということがある。

飯田老師は、居士の身で、各地で禅会に呼ばれる。
東京大学卒業者であり、山口県の名家の出身でもあったので、皇族貴族などの参禅者も多かったという。
また大学創始者、今の一流企業の創業者などの参禅者もいたとされる。


参禅会の人々の懇願があり、のちに60歳で、福井県小浜の発心寺僧堂で曹洞宗の僧侶として出家。





飯田トウ隠老師の提唱の前座として、井上貫道老師の師である井上義衍老師が提唱をされることがあった。
その縁で、この飯田とう隠老師に、すでに大悟に近い体験を25歳の時にされていた(鑑覚の病があったと言われている)井上義衍老師が修行の完成のために参禅された。
大阪府高槻市古曽部町の少林窟道場で参禅されたのであった。

つまり、飯田欓隠老師は、井上義衍老師最後の参禅の師。


この高槻市の少林窟道場は禅堂・方丈・衆寮などが今なお当時のまま現存していて、飯田老師の児孫である京都大学元教授の管理下にある。






玉城康四郎博士 東京大学教授

たまきこうしろう

東大文学部卒のインド哲学の学者 故人。

26歳の時に、専門道場の7日間摂心に僧侶とともに参加して、終了後の直後に、東大図書館で見性に似た体験をする。



のち、原田祖岳老師の系統の老師に師事して、本人の言葉では、大悟はしたが悟りを忘れることができなかった[大悟徹底できなかった・身心脱落できなかった]という。

明眼の宗師とは縁がなくそこまでだったと言われている(本人の述懐)
http://tardiozine.tumblr.com/post/882009230/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E6%95%99%E6%8E%88%E7%8E%89%E5%9F%8E%E5%BA%B7%E5%9B%9B%E9%83%8E%E5%8D%9A%E5%A3%AB
 
に詳細がある。



「難しいのは悟りを開くことより、むしろそれを忘れることです。誰でもようやく達成した結果にしがみつくのは人情ですが、その間違いを指摘してくれる人は容易にはおりません。」―― 玉城康四郎

この方の例は、結局「悟り損ねた」ということだと思われます。

 悟後の修行はない、悟りそこねたということです という記事を読む


川上雪担老師 元・高校数学科教師


東京大学 理III (医学部) に入学したが、考える所あり、文系に転部 東大文学部卒業後、高校数学教師を経て、出家。

当時、曹洞宗で一番厳しいとされた小浜の発心寺僧堂に掛搭するも、浜松の井上義衍老師の名声を聞いて、僧堂を飛び出して浜松龍泉寺に至って修行 ( 当時の発心寺僧堂師家は原田祖岳老師の次の原田雪水老師 )
当時、井上義衍老師が指導されていた龍泉寺は、常摂心と言って、常に摂心をしている状態。

そこに天下の鬼叢林とされる小浜の發心寺専門僧堂を密かに抜け出て、やってくるもの多数。 中には原田祖岳老師の印可証明を持つ修行僧、臨済宗の印可証明を持つ修行僧もいたと言われている。
発心寺の弟子であった蜂須賀雪渓師(のちの原田雪渓老師)も、発心寺僧堂を抜け出して、龍泉寺に掛搭されています。

常摂心なので、一度も坐禅の終わりの鐘がならず、ずっと坐禅しっぱなしだったという。
臨済宗で長年修行してきたつわものの修行僧が、苦痛で逃げ出したということもあったらしい。

現代のような専門僧堂ではないので、一般からの供養体制もなく、食べ物にも不自由したが、少ない食べ物をみんなで分け合って修行に励んだという。


川上雪担師は、頭脳明晰なるがゆえに苦労をしたと自分でも言われている。


龍泉寺を出て新潟東山寺に住職するも修行を続けてある時、決着がついたとされる。
文才豊かで、独特の家風がある。


「分かる人はすぐに分かる 頭の良さは関係がない」
ある時などは普通の女の子がやって来て、坐禅の仕方を伝えたらその日の午後には本当の坐禅ができるようになったという。

平成23年遷化(せんげ)された。


東大卒で悟られた方として、3人を挙げました。
以上の方々は、貫道老師より以前の方々ですので、貫道老師の会下(えか=参禅者)ではありません
※会下(えか)≠弟子 (会下とは参禅者のことであって、弟子とは区別します 弟子には、得度の弟子(お坊さんにしていただいた)や嗣法の弟子などがあります 嗣法には形式的な嗣法、実質の嗣法とあります 寺院嗣法もあります)

 最高の知能を誇る物理学者が悟りを開いている人に徹底的に質問をした結果 もお読み下さい

 自分の娘が亡くなって、本気になって坐禅に打ち込んだら、悟りが開けた和尚さん


いずれの方も、攝心(せっしん 摂心)などで坐禅に励んだ結果として、悟りを得ておられます。
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摂心の心得などは、
 こちらをご覧ください











「坐禅は習禅にはあらず」・坐禅はトレーニングではない  坐禅は本当に何もする必要が無かった 呼吸にも集中しない 



「修行は「思い」ではないんです。

『こうやればいいんだ』
って方程式を立てておいて、それに沿ってやることではないです。」
― 井上貫道老師

坐禅の形・組み方(目・手・脚・口)―井上貫道老師 はこちら


以下は、Sさんのブログからの引用です  
3日間ぶっ続けに坐禅できた体験談です
本当に坐禅できるようになるとはこういう事だということが述べられています:


[ 事実に触れる体験前ページ参照 のあとです ]


帰宅後、近所のファミレスで禅の本を読んでいると、「坐禅は習禅にあらず」という道元禅師の言葉が目に入りました。

「うわぁ、そういうことか・・・本当にそうだった」


さっそく家に帰って坐禅すると、本当に何もする必要がありません。


kodomozazen_Foto
壁に向かって坐禅の足を組む前から、もう壁が壁そのままです。


「なんだ、坐禅はトレーニングじゃないんだ。」

「禅の初心者が最初の日に足を組んだその時から、もうちゃんとこうなってるじゃないか。」

「なーんにも練習も努力もする必要がなかったじゃないか。」


新人が先輩に仕事を習うとき、「まず俺のやることをただ見てろ」と言われたら、わけなどわからず、ただ横に立って見ているだけでいいんです。

下手に手出しをすると怒られます。そんな感じでしょうか。


   *   *   *

幸福感に包まれて、3日間ぶっ続けに坐禅した

そんなこんなで、とにかく気持ちがいい。

「リアル極楽浄土とはこのことか・・・」

鳥肌が立つような快感と幸福感に包まれながら、3日間ほど続けて坐禅ばっかりしていました。


そうこうしているうちに買い置きの食材もなくなったので、買い物に出かけました。




帰ってきて車から外を見ると、雑草が風にゆれています。


ジョギングをしているおじさんが目の前を走り過ぎていきます。

「草も木も、みんな、昔から、ずっと一緒に、このとおりいてくれたじゃないか・・・」

涙が少し出ました。


「もしかして、悟ったか!」

そう思ってしまうほどのものでした。


[自身が、ブログに「以上は坐禅の誤りに気づいたということであり、悟ったということではありません。」とブログの冒頭にコメントを付加されています]


ということで、1月の坐禅会にて老師に確認してもらうことにしました。[下に一部分 引用しています]
   
   引用元:http://ameblo.jp/hamamatsu-zen/entry-11254771638.html




老師の点検

私 [ Sさん ] :
先月のクリスマス坐禅会以降、また気づいたことがいくつかありますので、だらだら長くなりますが…。


掛川の老師:
どうぞ、どうぞ。(笑)

私:
老師から「坐禅をやめたらどうですか」と言われたんで、坐禅をやめて街をブラブラしてました。
で、地下道から地上に出た時、ふと見上げるとビルがあるんです。

その時に「あれっ、これじゃないか」と気づいたんです。


どういうことかというと、坐禅や仏法に出会う前から、いつでもこのビルを見たらこういうふうに見えてたじゃないか、昔からの平凡な自分の感覚のまんまでいいんじゃないかと気づいたということです。


本当か?と思ってしばらく確認しながら歩いてたんですが、交差点に来ると赤信号がある。
待ってると青信号に変わる。

渡り終えると向こう側に渡っている。

なんだ、やっぱりこれじゃないか、と。


「坐禅を始めて2年半、俺はいったい何を見当違いのことをやっていたんだろう」とがっくりきて、
笑いがこみあげてきました。


嬉しくなってさらにブラブラしてたら、
10分ぐらいして「なんだ~これらは全て出てきちゃったものじゃないか。
出来上がってるんじゃないか。

結果として表れてきたものであって、
自分はそれに手の付けようがなく、
ただ立ち会っているしかないんだな」と気づきました。

で、家に帰って普勧坐禅義を読み返していたら、
「坐禅は習禅に非ず」という言葉が目に入って、
「ああ、そういうことか!」と本当に意味が分かりました。

坐禅の形に足を組んで、あとはもうすでに表れている昔からの平凡な自分に立ち会うというか、確認するというか、一緒にいるというか、それだけでいいんだ、と。


坐禅の初心者が最初に座ったその瞬間からちゃんと坐禅できてるじゃないか、と。

あまりに気持ち良くて、
そのまま3日間ほど坐禅やってたんですが、
買い物に出ようとして外に出ると風に草がなびいている。
おじさんがジョギングしている。

「な~んだ~、昔から今までみんなずっと一緒にいてくれたんじゃないか」と気づいてウルウルしました。

というところまで気づきました。


引き続きこんな感じで坐禅を続けていきますが、続ける上でさらにご指導ありましたらお願いします。



掛川の老師:
そのまま坐禅を続けてよいです。

ただ…今話を聞いている様子では、やっぱり、そういう様子っていうものをこっちで見ている。
どうしても「教え」と「自分」というものがあるね。

それ、それだけ。


観察しないこと、眺めないこと、事実にいるだけ。
見る人がいなくなって事実だけになります。

そうやって座ってください。

まあ、今おっしゃったとおり、どうするこうするということがなくなってるからいいじゃないですか。

    全文を読む




「今のありように本当にこう、いてごらん。他で見つかることはないんですよ。

「他の時間帯で」「どっか他所で」「何か」。そんなことはないです。今の様子の中にあるんだから、いつでも。

一番厄介な問題なんですよ、これ。坐禅して。
一番厄介な問題でしょ。

一応、形を作らせて止静を入れて、坐禅始めますよってって、一応そこに坐ってるけど、
鐘が鳴って、経行ですよとか、抽解があって止まって、
また坐るんです。

だけど坐ってる時のありようはどうあったらいいかっていうことが、一番問題なんでしょ。」― 井上貫道老師





坐禅の形・組み方(目・手・脚・口)―井上貫道老師 はこちら

大切なのは、どのように坐禅するかということです

井上貫道老師は、今の自分自身の様子(「事実」)を本当に見届ける(悟る・見性する)ための坐禅を教えておられます

体験談をすべて読む



上のボタンをクリックすると井上貫道老師参禅者の体験談がすべて最初から読めます。



【投稿後記】
Sさんは、井上貫道老師に参禅されている修行者の一人です。
(浜松の老師にも参禅されています)

すでにSさん自身が自分のブログに詳細に体験談を書かれていますが、すでに過去の記事となってしまっており、それを見つけにくいのでここに引用をさせていただきました。

3日間ぶっ続けに坐禅したときは、ご飯一回炊いたままでそれを食べていたと確か言われていました。

大変真摯な姿勢で修行に取り組んでおられることが分かります。
分からないことはそのままにせずに、老師に質問をし、体験があれば、老師に確認を求めておられます。

そこでお願いです。
Sさんのブログにコメントをして質問されることはご遠慮ください。Sさんに要らぬ負担をかけることになります。
Sさんはまだ修行者の一人です。法の上の質問は、師つまり仏道を体得し終わった人にするのが修行者としてのただしい尋ね方です。ですので、くれぐれもよろしくお願いをします。



ここに記載した・これから掲載する参禅者体験は、1年を経過しているものを選んで投稿しています。
投稿者は、インタビュアーやレポーターではありませんので、その後、その人がどのようにされているかは存じていませんし、その後の修行をインタビューしていません。

上記Sさんのように、個人を知っている人であってもできるだけ個人を特定できないように余分な情報は書かないようにしています。使用した人名のアルファベットは、その人の本名とは全く関係がありません。ZからAまでを逆順に使っていきますので、まずはYさん、Wさん、Uさん、Tさん、Sさんという順番になります。



ちょっと待ってください。このままブログを閉じずに、↓↓

瞑想中・座禅中に眠くなる原因ー僧侶やベテラン一般人はなぜ坐禅中に眠るのか

坐禅中・瞑想中に眠くならない方法

現代の日本に夜中も眠らず坐禅できる人たちがいる

座禅・瞑想中の眠気の原因【続き】―室温や服装に注意


座禅や瞑想・スポーツでの眠気対策に仮眠が良い
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