井上貫道老師が中野成願寺じょうがんじの坐禅会で云われた言葉から

在家の人が悟る

世界的パンデミックの様相を示してきた今こそ、修行に励む時だと思います

明治19年(1887年)、コレラが蔓延して人が次々と亡くなりました 10万8千人に及んだとされています
巨匠・飯田欓隠(いいだとういん)老師は、東京大学附属病院の医師としてその治療にあたっていましたが、ついに医師としての無力感から人生の無常を感じ、広島県に行って人生はじめての坐禅を始められました【続きはhttp://zazen.blog.jp/archives/1076855603.html の中程から



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「倶舎論(くしゃろん)にありますが、在家の人であっても、悟った人はいきなりお坊さんと同じ扱いなんだよね。
そういう人は、僧侶になる手続き無しで、僧侶と同じになる。
……
力のある人が坐禅会をすると人が集まりますね。
だれもすすめないのに人が行くようになる。」


仏道というものは皆があとを嗣いでも問題はない


「ここに居る全員が悟ってもいんですよ。全然構わない。
世間のことだったら、全員があとを嗣(つ)ぐなんてできないけれど、この道はそれができるんです」
―2019年4月井上貫道老師

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今回は、代々木の松本自證師も成願寺坐禅会に参禅されていました。
松本自證師は在家で悟られています。
成願寺坐禅会を主催されている豊島徹禪(とよしまてつぜん) 宗師(しゅうし)は、料理人をされていた在家の時に自己を忘じられています。

松本自證老師の 「悟後の修行はないのが本当」を読む