井上貫道老師に参禅を始めて1年で気がついたサラリーマン



 
これはある人Yさんの体験談です


わたし [このブログ投稿者] が、井上貫道老師の坐禅会に出た帰りのことでした。駅近くでYさんに出会って、多分初めてこの人に話しかけました。

前日の他所での貫道老師の坐禅会での一参禅者の人がちょっとした見解を話されたので、そのことについて、前夜も出席されていたYさんはどう思われますかということを尋ねました。


Yさんは、坐禅に真剣に取り組んでおられること、かならず井上貫道老師の独参の列に並んでおられること、経行(きんひん)(歩行禅)の姿が美しいことで、以前からはその存在には気づいていました。

僧侶ではなくて、企業に勤めていた一般人の方です。 


その時のわたしの質問に対してどう答えられたかは覚えていませんが、続いてこう言われたことをハッキリと覚えています。



「こういう会話って、この坐禅会の人ってあまりしないんですね。

実は、わたしは貫道老師に参禅始めてちょうど1年くらいの時、見性したんです。
[ 当時は、この「見性」という用語をYさんが使われたかどうか、記憶が定かではありません ]


攝心の時に朝の坐禅で、坐禅終了の鐘が鳴った時に体験がありました。
zendohansho 


貫道老師に出会ってから、言われたとおりに修行していただけです。

修行ってとても簡単なことだなと思いました。

 


そうそう、
そのあとの体操の時に、雨だったから本堂で体操があったのですが、インストラクターの人に向かうと、インストラクターの人以外誰もいないんですよ。
とても面白かったですよ。※




でも、そういう体験があるとどうしてもつかんじゃうんですね。」





投稿者「その体験のことを老師には独参で言われたのですか?」


Yさん「はい。 老師にも、その体験の内容ではないぞ、掴んではいけないよと言われたのですが、つかんじゃいました。」
(実際には老師とYさんとの間にどのようなやり取りがあったのかは不明ですのでご注意下さい)




Yさんの体験について、その時はもっと質問したいことがあったというか、体験の時は、どんな感じだったかもう少し詳しく知りたかったのですが、修行上の先輩であるMさんの所に行く約束があるということで時間切れになりました。

その後もYさんと話す機会はありましたが、人の体験については、興味がなくなってしまっていましたので、彼の上記の体験については、それ以上尋ねたりすることはありませんでした。


      *            *           *            *           *            *           *            *

 

Yさんは貫道老師に参禅を始めて1年で気づきを得られたのです。
その前に一度だけ、宗門の専門僧堂で修行僧に混じって、攝心をしたことがあったと話されていました。

体験を掴んでしまわれたので、終わりとはならず、それ以後も坐禅修行と参師聞法を続けられました。


ずっと、あとから分かったことですが、その人は、老師の指導される正しい坐禅が本当にすぐにできるようになったそうです。



「真っ正直な人って、修行が速く進みますね」 ―― 井上貫道老師


「一ヶ月に一度坐禅会にやって来て、そこで修行を思い出すのでしょう。 普段は何もやっていないんだね。
それでは、絶対に [修行成就は] 無理ですよ。
何年かけても無理。

世の中のことでもそうでしょう。

実践したら、一ヶ月もあれば何かあるはずだから、どうなったか教えてください。
やっていないと疑問も何も出てこないでしょう?」

―― 井上貫道老師
[ 井上貫道老師坐禅会では、必ず、質疑応答の時間があります ]





※[攝心 (せっしん) というのは、在家の人も、仕事は休み、人間関係を絶ち、ニュースやTVやスマホを見ずに、日記もつけず、すべてをお預けにして、道場に泊まり込んで行なう合宿型の坐禅修行期間のことです。
朝から寝るときまで坐禅を中心に一心不乱に修行に専念します。この期間は、心おきなく自分の様子に親しくいることができる大変貴重な時間です。

師家(老師)を指導者として、坐禅、提唱(ていしょう)、独参(個人指導)で構成されています。 食事は1日3度ありますが、食事を摂るのも、トイレも、昼の休憩中も、形の異なる坐禅修行になります。
提唱の講本以外、文章を読み書きするのも禁止です。 


よくある荒行のように、食事も睡眠も制限されることはありませんし、1日11炷と言っても、人と一緒にするので、よほどでなければリタイアするような厳しさはないので、ついつい、甘く見て真正面から取り組まずに、ただ外見上は坐禅の形を守るだけで数日を過ごす人もいないわけではありません。

あくまでも内面でどのように自分の今の様子と親しくいるかが問われますので、摂心のあとは、人によって大きな差が生まれてしまう行でもあります。


道元禅師や井上義衍老師は道場で、一夏90日間の安居期間中は、隣で坐禅している人の顔を見たことがなかったと言われています。 




この体験談当時は、攝心の暁天2炷の坐禅のあと、朝課(朝のお経)があって、その後、戸外で体操をしていました。その時は雨降りだったので、本堂でしていたようです]



井上貫道老師関連摂心情報

ネットで公表がない今後の摂心(せっしん)・連続坐禅会のお知らせがあります。

昨年2017年もネットでは発表されない攝心が2回ありました。

摂心には、初心とかベテランとかは何の関係もなく参禅ができます。
修行には、「初めて」とか「何年もしている」とかは無関係だからです。



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【投稿後記】
ここに記載した・これから掲載する参禅者体験は、1年を経過しているものを選んで投稿しています。
投稿者は、インタビュアーやレポーターではありませんので、その後、その人がどのように修行されているかは知りませんし、その後の修行をインタビューはしていません。


上記Yさんのように、個人を知っている人であってもできるだけ個人を特定できないように余分な情報は書かないようにしています。使用した人名のアルファベットは、その人の本名とは全く関係がありません。ZからAまでを、日本人の姓にならないものは除外して使っていきますので、まずはYさん、次はWさん、次はUさん、Tさんという順番になります。