坐禅の仕方と悟り,見性,身心脱落:井上貫道老師の庵 まとめサイト

Dharma Talks of an enlightened Japanese Zen Master Kando Inoue Roshi 井上貫道老師が、悟りを体現された経験から坐禅の方法や仏道について語られたものを掲載しています web上に散見される井上貫道老師のことばも引用掲載し、まとめブログとしました ( これは参禅者によるブログであり、公式サイトではありません ) このブログが正師への参禅のきっかけになりますように

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更新情報

真実、悟り、禅修行とは(1)道元禅師『学道用心集』『普勧坐禅儀』、黄檗希運禅師『伝心法要』提唱録』(井上貫道提唱、2016年)※書籍タイトルを『井上貫道老師提唱録 修行の大前提:真実とは、悟りとは、修行とは、禅とは』から変更しました詳細・ご注文はこちらから(
『書籍の注文方法 『真実、悟り、禅修行とは1』』の画像

真実、悟り、禅修行とは(1): 道元禅師『学道用心集・普勧坐禅儀』、黄檗希運禅師『伝心法要』提唱録ー井上貫道老師語録がAmazonから出版されました  修行の大前提:悟りとは、修行とは 井上貫道老師語る井上貫道老師提唱録が8月28日、出版されました※書籍タイトルが『
『井上貫道老師提唱録が出版されました Amazon と製本版』の画像

「この頃諸方坐禅をゆるくするが故に、仏道衰えたるなり」  ー道元禅師▶死ぬまでに一度でいいから自分自身が本当はどうなっているか、自己の真相に気づいてほしいですねビックリしますから  ―井上貫道老師まもなく、井上貫道老師語録(今までに未掲載のもの)がまとまる
『春季大攝心(摂心)―井上貫道老師』の画像

真実というのは、自分の思慮、分別、考えかたをやめてみたときの自分のすがたです。事実を人は思考で汚しています「思い」というものが人をたぶらかして、真実からかけ離れさせてしまうのです。―井上貫道老師*************************************************************
『意根を断つ―死に切る(大死一番),自己を忘じる 続き』の画像

▶思考回路は真実からいつも乗りおくれているから、自分のなかで葛藤が起きるのです。―井上貫道老師『意根を断つ今一度坐禅について』前編静岡県少林寺住職 井上貫道 悟りの体現者・井上貫道老師のプロフィールはこちら真実に目を向ける  ようこそ一泊坐禅会にご参加く
『意根を断つ―死に切る(大死一番),自己を忘じる』の画像

「この頃諸方坐禅をゆるくするが故に、仏道衰えたるなり」  ー道元禅師▶死ぬまでに一度でいいから自分自身が本当はどうなっているか、自己の真相に気づいてほしいですねビックリしますから  ―井上貫道老師   井上貫道老師参禅者の体験談 をもご覧下さい。過去の少林
『夏季大摂心ー曹洞宗井上貫道老師』の画像

▶自分の見解を起こさずに、本当に相手がしゃべってる時そのまま聞いているっていう事が穏やかな生活ができている証拠じゃないですか?ー井上貫道老師 2013年4月の井上貫道老師の静岡禅会でのお話です。② 道元禅師・正法眼蔵春秋の提唱から ①の続きこの前も紹介したんだ

▶私達は毎日朝から晩まで真実の中に生きていながら「おそらく一度も真実に直接触れた事はない」って言っていいでしょう。▶ 「お寺に座禅をしたいから」と言って座禅に来る。「何かわからない事ありませんか?」と聞く。誰も何も言わない。 「では、座りましょう。」と言っ

「佛道をならふといふは、自己をならふなり」 ―道元禅師▶仏道とは、本来の自己を自分で本当に見届けて、それに動かされることです。  ―井上貫道老師▶修行とは、どっか他所(よそ)でやるんじゃないんですよ。 ここでやるんです。いつもここでしか生きていないんだから
『修行とは、いまここ自分ー自分の考え方・人間らしい見解なんてものは全く要らない』の画像

坐禅の組み方 http://zazen.blog.jp/archives/1029047318.html   ※に図を挿入しました 法界定印(ほっかいじょういん) 坐禅の組み方 つまり坐禅の時にどのように身体を整えるかについては、上記※にありますが、坐禅する間、どのようにして過ごすのか、坐禅の仕方に
『坐禅の組み方・坐禅の仕方』の画像

仏道は理想を追求することではない仏道は人間が描く理想とは関係がない▶多くの人が、坐禅中においてさえ、理想を求める境地を頭で探しています。それは一見坐禅らしく見えますが、真実から外れています。ー井上貫道老師 ●人間が理想を画(えが)いていると、いかにも立派そ
『仏道は理想を求めて修行することではない』の画像

「坐禅が進んで、内も外もなくなった人がいますこうなると人生観が変わりますよ」[ これが悟りだと言われているのではありません 念のため ]ー(2014年夏の緑陰接心の提唱:接心3日目)井上貫道老師 (このブログは実践を前提に書かれています更新がなくても、今までの過去記
『内も外もない(内外打成一片)―本当の坐禅修行の方法』の画像

今日、昔の人のように本当に大悟などできるものかという人が多いけど、これはうそです。 絶対にそういうことはない。今日の人だって、必ずできるということです。 ただ、そういうことのあることを信じない。 それですから、せつかく坐禅儀などに方法も手段も説いてあって
『今の人に大悟は無理? 悟りは必要がないのか 悟りは今の人に役に立たないのか』の画像

井上貫道老師の『正法眼蔵現成公案』提唱から悟り体験をすれば、もう元には戻らないです以後は、諸仏の過ごされた境涯というものをこの身体で楽しむことが出来るのです   ―井上貫道老師修行ということに関しては、一応悟ってしまえばもう関係はないと思っている人もおり
『悟り(見性):もう元には戻らない―井上貫道老師』の画像

考え[思い・感情も]が出てきてもそれを取り扱わないのが坐禅です何もしないのが坐禅です自分のほうから探ったりたずねたりすることをやめれば、「事実」(真実)がそこにあるんですどうしたらそうなるかじゃないすでに出来ているそれを見極めるのが修行です今の自分が本当にど
『般若心経と坐禅修行の要点ー井上貫道老師』の画像

Q.「坐禅をしている最中、自分を観察しているもう一人の自分がいつまでも残って消えないんです。」井上貫道老師「それは間違ってますね。もともと自分なんてないんです。自分を観察している自分がいると感じるとすれば、それは一瞬でも過去の状態を振り返ろうとしているとい

(指一本立てて)こうやるだけで「自分」というものが死にますね                       ー 井上貫道老師「坐禅は修禅にはあらず」   ―道元禅師●漫然と坐っている人は寝ちゃうね。「何もしないのが坐禅」って言いながら・・・。三十年も坐ってる
『坐禅は年月を重ねて上達するものではない (坐禅は修禅にはあらず)』の画像

井上貫道老師が坐禅会で話されたことばから自分を中心にして物事を見てしまっているから自分が消えないんです。 もともと自分はないんです。 実は、考え方や見解も自分が作っているのではないんです。自分を中心に据えて物事を見るのではなく、物事の方からやってくるんで
『すべては自己なりー井上貫道老師』の画像

井上貫道老師が坐禅会で話されたことばから◇考えを「やめる」んじゃないですよ。事実に即していれば、考えが「やまる」んです。事実に触れれば念が切れるんです。 ―井上貫道老師●坐禅中にいろんな考えが出てくること自体は「事実」です。でもそれにひきずられたまま考え
『何も思わないようにするのではない、自己をならうー井上貫道老師』の画像

井上貫道老師が坐禅会で話されたことばから仏道をならうというは、自己をならうなり ―道元禅師 ●釈尊も道元禅師も、みんなあらゆる書物を勉強して理解できたほどに頭がいいのに、結局はそれを捨てて自分自身に学んだんです。なぜ大先輩達が自分のありように学んだのか、

井上貫道老師が坐禅会で話されたことばから●(手にした扇子の角度をいろいろ変えながら)こうやればこう見えるでしょ。こう変えればこう変わるでしょ。これが不思量底を思量するということです。坐禅はいくら姿勢を整えたって、この不思量底を思量するということがなければ

井上貫道老師のことばです。●眼は色を認識しないんです。これは世間の常識では理解されないんですけど、眼が色を認識しているのではありません。どこで色を認識しているかわかりますか?●耳は言葉を認識しませんね。耳は音を聞くだけです。言葉にしているのは、どこか別の

井上貫道老師が坐禅会の時に話されたことばから●坐禅するということは、生地(きじ)のままでいることです。自分の生地に触れる時間帯が坐禅です。 ●こうやってぱっと見ると、みなさん座ってますね。全部一度に見えるんです。遠いとか近いとかは無いんです。遠いとか近い

井上貫道老師のお話からの抜粋です●本当に事実に触れれば[=悟れば]、底が抜けてすっきりしますよ。●みんな、常日頃たくさん問題を抱えてますよね。修行を始めるとき、それらの問題には一切手をつけず、今、この状態そのままから修行を始めるんです。決して問題を整理解決

禅 茶話会また続き~2012年9月井上貫道老師東京都青梅禅会⑨2013年04月17日(水) 掛川 少林寺の井上貫道老師のお話です。うちに来る人なんかでもそう。「もう頭いっぱいで何もできなくて、どこにも行く気がしない」って。うちに来てるじゃない。「もう、食べるのも飲むのも
『只管打坐の基本―坐禅入門9 東京都禅会by井上貫道老師』の画像

只管打坐の基本―坐禅入門8  東京都禅会by井上貫道老師井上貫道老師の師・井上義衍老師のことば  井上義衍老師とは→こちら ▷ 「我見をこれから離れるのではない。我見の起る前があって、その前が自分の真実です。それが本来の私共の心の在り方です。空にする前に空で
『只管打坐の基本―坐禅入門8 東京都禅会by井上貫道老師』の画像

◇井上貫道老師のことば◇● 修行に時間がかかる人は、結局、何も実践していなんだね。(月1回の座禅会に2つ、3つ来て、坐禅して法話聞いて、1か月後にまた坐禅会に来て、坐禅して法話聞いて、それをまじめに長年繰り返すなど)● Q.坐禅はどうやればいいのですか?A.この身

禅 事実は人を騙さない、苦しめない~2012年9月井上貫道老師・東京都青梅禅会より⑥ うち[井上貫道老師の寺院・少林寺]の座禅会でもこの前、こんな事があった、おじいちゃん、人は生まれたら必ず死ぬのになんで働くの?って、小学校一年生の子がおじいちゃんに夏休み聞いた

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