坐禅の仕方と悟り,見性,身心脱落:井上貫道老師の庵 まとめブログ

Dharma Talks of an Enlightened Japanese Zen Master Kando Inoue Roshi 井上貫道老師が、悟りを体現された経験から坐禅の方法や仏道について語られたものを掲載しています web上に散見される井上貫道老師のことばも引用掲載し、まとめブログとしました ( これは参禅者によるブログであり、公式サイトではありません ) このブログが正師への参禅のきっかけになりますように

井上貫道老師の記事が雑誌『サンガジャパン』に掲載中


《 ニュース 》 2017年8月25日発売:サンガジャパンVol.27 禅ー世界を魅了する修行の系譜  に、
井上貫道老師 『決着がついたら自由になる』
の記事が掲載されています → こちら
sanghajapanvol27













坐禅会情報も、サンガジャパンに掲載

サンガジャパンVOL27坐禅会ガイド























『井上義衍老師伝』も『サンガジャパン』に掲載


また、この書籍には、
星飛雄馬氏『井上義衍老師伝』pp.99-111 も掲載されています。

「井上義衍老師をご存知でしょうか。
私が高校生のころに、テレビに出られました。
これはねぇ、もう『本物を見た』という感じでした。」
―臨済宗円覚寺派管長・円覚僧堂師家 横田南嶺老師 (同著p.71)


臨済宗の現・円覚寺派管長 横田南嶺老師も修行時代に井上貫道老師に参禅

「その後、[井上義衍老師には]お会いすることはありませんでしたが、後年井上貫道老師には修行の合間にお訪ねをして、いろいろと教えをいただき大変お世話になりました。」―円覚僧堂師家・白山道場龍雲院師家 横田南嶺老師 (同著p.71)

(井上義衍老師は、井上貫道老師の師匠)

青松軒・横田南嶺老師の記事も、同著pp.68-86 に掲載されています。







『井上義衍老師伝』も『サンガジャパン』に掲載中

悟りを曹洞宗に復活させた井上義衍老師



《 ニュース 》 2017年8月25日発売:サンガジャパンVol.27 禅ー世界を魅了する修行の系譜  に、
 星飛雄馬氏『井上義衍老師伝』pp.99-111 も掲載されています。→ こちら

サンガジャパン井上義衍老師伝表紙


「井上義衍老師をご存知でしょうか。
私が高校生のころに、テレビに出られました。
これはねぇ、もう『本物を見た』という感じでした…」―臨済宗円覚寺派管長・円覚僧堂師家 横田南嶺老師 (同著p.71)

(井上義衍ぎえん老師は、井上貫道老師の師匠)








井上義衍老師についての詳細を知る
→ こちら












悟りの体現者・井上貫道老師の大阪坐禅会提唱DVD6/29頒布開始しました


仏教DVD:道元禅師『普勧坐禅儀』提唱 by 井上貫道老師

【頒布対象】
井上貫道老師の坐禅会に参加されたことのない人もご購入になれます。
 参禅未経験の方が、これをきっかけに、各地方の貫道老師坐禅会に参禅してくだされば幸いです。
200dvd0915








1日分が1枚のDVDに収められています(プラスチックケース入り)


dvdの注文ボタン
上記ボタンがうまく行かない場合はこちらからご注文ください⇒ https://ssl.form-mailer.jp/fms/581a3b42462652



 
【12/15 質疑内容】 3/23 6/29の分の内容は後日別記事に掲載予定です
・坐禅の本当の方法;
・坐禅中にほとんどの人が陥るあやまち;
・坐禅中によいアイデアが浮かんだり、忘れていたことを思い出すことについて;
・考え方を離れるとは;
・坐禅は楽なもの;
・事実とは;
・修行をうんと積むことではない;
・他人がなんと言おうが追求を続けた人;
・坐禅中に模様が見えるのはなぜか;
・坐禅すると眠くなるがどうしたものかについて;
・考え方をやめると生き生きとしてくる;
・坐禅は、思いを出ないようにすることではない;
・坐禅は、出てきた思いを押さえ込むことではない;
・外の景色が綺麗に見える;
・月に1回だけ真面目に禅会に通い続けるが、あとはほとんど坐禅をしない人々;
・坐禅の実践:一日でスキマ時間を見つけて坐禅をする;
・病と坐禅;
・坐禅で底抜けに人は救われる




【12/15提唱DVDからの抜粋 ( DVD製作者様から ) 】

自分を中心にしてよそを眺めるようなことばかりしているのをやめて、自分自身の今のあり様に目を向けてみる。


その通り、見えている様子、ある様子だけでいてみる。


それはどういうことだろう、何だろうと、見た時に、触れた時にすぐ、そういう考え方で取り扱うことが世の常です。


それをしない。ただこうなっているだけ。



何で探るかというと、探らないと分からないと思うのでしょうね。でも、探る前に味がしてるのじゃないですか。


考えたら味が出てくるのかしら。探ったらもっと違うものが出てくるのかしら。


本当の味は飲んでいる時にしているだけなんでしょう。

それをそのまま十分に味わったらいいのでしょう。最初からこの通りの事実がいきなりあるのでしょう。


真実って、皆さんが思っている以上に素晴らしい出来映えでしょう




丁寧に自分のことを見てみると、こうやっているしかないじゃないですか、一日。この身体のあるところでやるだけでしょう、生活って。他に生活できる場所ありますか。


難しいことでは絶対ない。

誰もやってますよ。


でも考え方がちらっとはさまると、こういうこと(事実)はどうでもよくなるんだね。



ああなりたい、こうなりたい、ああじゃ嫌だ、こうじゃ嫌だ、とか


その思いを相手にして、その思いの通りに自分を仕向けていくことと、今実際にこうやって生きている様子は、違いますよ。


自分の思っている方に真実を歪められますか。変えられますか。無理でしょう。


その無理なことを何で生涯かけてやるんですか。



この身心ひとつ、一人一人自分自身の有り様だけで学んでいくんです。


しかも今、時間もこれからじゃなくて今。


場所を選ぶことなくここで。こんな素晴らしい修行って、他にないじゃないですか。




手放れた様子に本当に学ぶってことでしょう。


手放れたままでいてみるってことでしょう。



どんなことがそこに出てきても、それに対して手を付けずにいる。


とにかくいろんなことが出て来る。


出て来てもそれを一切取り上げない。


全てのものから本当に手を付けずにいてみるっていう行です。


本当のありのままってどういうことですか。


ありのまま聞くってどういうことですか。


ありのまま見るってどういうことですか。


やってますか、


本当に。



あ、そういう風にやるのがありのままだっていうぐらいの程度じゃないですか。

みな、理解じゃないですか。



自分の認識を通した上の、ありのままじゃないですか。



本当のありのままには、人間の認識なんか付いてませんよ。


知ってますか。そんなもの付いてない、一切。


だから素晴らしいんですよ




出てくる思いを抑えるとか、

出ないようにするとか、

気にならないようにするとか、

そういう行じゃないですよ、坐禅て。



何にも思わないように、空っぽになる、それみんな手を付けた話でしょう。


あああったらいい、こうあったらいい、そういうことをするなって言ってるんですよ。


それが手を付けないとかありのままっていうことなんでしょう。




仏様というのは自分自身の真相を自覚した人ですよ。


ただそれだけですよ。他には無いんですよ。



迷ってないことを知らないってだけですよ。分からないと思い込んでいるだけ。


今のこの事実だけでこうやっていて、その事実の内容がどうなってるか、考えをやめて、学んでいくんですね。


そうすると、人の考え方を付けてみていた時と違うんだよ。




(考え方をやめると眠くなるという質問に対して)考え方をやめると生き生きとしてくることを知らないんですよ。


いつも心に気にかけている必要がある。


時間があったらちょっとでもいいから座ってみる。



考え方から離れた時間ですね。どこででも出来るよ。


いくらでも一日の中でそういう時間はある。



だけどこのことに心がけを向けてない人は、そういうわずかな時間でももっと違ったことをやる。


頭をもっと働かす、いろんなことを思う方にその時間を費やしていくわけじゃないですか。

それ、逆にしてみると面白い。




間違いなく楽になるね、まず。


考え方をやめるともっと自由に頭が動く。


余裕が出てくる。


ゆとりがある。


優しくなる。


二三発叩かれてから、ちょっと怒ってみようかなって思うくらいですよ。


反応しないと悪いかなって。そのくらい余裕が出てくる。



座るとやっぱり楽になるんですね。


思いを離れたら間違いなく楽になる。


坐禅は大安楽の法門ていうけど、ただ単に楽になるためにやるっていうようなものでもないよね。


もっと底抜けに人を救うよね。


       (以上、2016/12/15分から)




【大阪坐禅会発行 井上貫道老師提唱DVDの内容】
井上貫道老師大阪坐禅会(年4回開催)の提唱と質疑のすべて
提唱講本は、道元禅師『普勧坐禅儀』
講本は各自でご用意下さい。(普勧坐禅儀がなくても、問題なくDVDは視聴できます)
曹洞宗の日課経本などに掲載されています。

井上貫道老師の提唱は、ご自身が言われているとおり、
「いつも1回完結です 次の話を聞かないと分からないというようにはなっていません。」
ですから、どの日付のDVDを視聴されても大丈夫です。

仏道修行、坐禅修行、自分の今の様子の参究にお役立てください。




【頒布状況】
3ヶ月に1枚ずつの発行です。

3月6月9月12月の3ヶ月ごとに開催されている大阪坐禅会終了後完成まで最短で約70日が必要です。ですので、最新版は、坐禅会終了後から約70日程お待ち下さい。
大阪坐禅会の日程はこちら です。


【製 品 詳 細】
参禅者である素人が撮影し、素人が作成した手製です。
坐禅会の参加者は映っていません。
音声は明瞭になるように、集音マイクを講師の傍に置くなどしています。
雑音は可能な限り処理してあります。

DVD-Video形式なので、DVDプレーヤ、パソコンで視聴可能です(すべての機器においての動作は保証いたしかねます)。

無断複製およびyoutube等の動画共有サービスなどへのアップロードは禁止とさせていただきます。
複製許可は、ご注文後の返信メールの返信で、大阪坐禅会にご相談下さい。 



【価 格】1枚500円、送料180円 (2枚以内180円、3枚以上360円)



【お支払い方法】振込:ゆうちょ銀行の口座    または、大阪坐禅会現地での現金払い



【お渡し方法】郵送(スマートレター による郵便受け投函)または井上貫道老師大阪坐禅会
日本郵便のスマートレターですので、受取日時の指定はできません。不在でも郵便受けに投函されます。

製作者は、毎日の仕事の後のプライベート時間の合間を見て無償で頒布を作業をされています。通常のネット通販のような迅速な対応・発送はできません。お申込からお受け取りまで1週間ほどはお待ちくださることをお願いします。



【販売元・発行人】大阪坐禅会 
他の貫道老師坐禅会(関西も含みます)や老師関係寺院でのお取扱はありません。
貫道老師神戸坐禅会での動画は、こちらでは取扱がありません。

 

【売 上】大阪坐禅会運営費として、会場使用料・講師交通費・宿泊費・備品代などに充当します。 年に一度会計報告の予定です。




【注 意】
DVD発行元は、参禅者による「大阪坐禅会」です。老師の許可のもとにDVDを頒布していますが、お寺では扱いがありません。関係がありません。
書籍の発行元とも関係がありません。

・今後若干値上がりすることがあります。


 
パソコンにDVD再生ソフトが入っていない場合、無料のDVDプレーヤーがネットでダウンロードできます。⇒    http://www.gigafree.net/media/MediaPlayer/ などを参考にしてください。    (ただし自己責任でお願いします)


dvdの注文ボタン
上記ボタンがうまく行かない場合はこちらからご注文ください⇒ https://ssl.form-mailer.jp/fms/581a3b42462652
製作者は、毎日の仕事の後のプライベート時間の合間を見て無償で頒布をされています。従いまして通常のネット通販のような迅速な対応・発送はできません。お申込からお受け取りまで1週間ほどはお待ちくださることをお願いします。











「事実」に触れるためには、実践してみる



「本当に『事実』に触れると、今まで体験したことがないものだから、驚くんです」


本当にこういうことの内容に触れたかったら、やってみるしかないんじゃないですかね。

やらないで評価してみてもどうしようもないと思う。

やったら自ずから分かるようになってる。


実践するまでは修行をしているとは言えない

触れあっていく中でだんだん、あの人の言っていることはどういうことなんだろう、じゃ一度本当にやってみようっていう風に変わった時に初めて、この仏道の修行になってくるんだろうと思う。

それまでは仏道の修行ではないね。



坐禅中の「思い」の性質、「思い」の対処法


坐禅中の思いは自分で起こしているのではない

坐っている(=坐禅している)時にいろんなことが出てくるというのは、自分で思い起こしたことはほとんどない。出てきたものに気が付くだけですよ。

出てきた時に出てきた通りのことがあるだけで、終わっていくんですね。重なることはない。


坐っていて(=坐禅していて)精細に自分の様子に親しくいないと、自分で思いをつけて過ごしているか、そのままでいるかということが、容易に見ることが出来ないね。そのくらい瞬時に起こるものですよ、思いって。


「思い」の評価はしてはいけない


出て来るものに対して、人って本当に不思議なくらい評価するんだよね、自分で。

その評価が自分の中で混乱を起こす。


どんなことが思えても、それによって人が苦しむことは、本当にない。

出てきたものに対して自分の思いがくっついたことで苦しむ。




――井上貫道老師17/3/23提唱から 【3/23提唱DVDからの抜粋】 
DVD製作者様による文字起こしになります
不明点、疑問、足らないところは、坐禅会への参禅をお願い致します  実践して何か体験を得た場合も正師への参禅が必須です


【重  要】
神戸楽の森「坐る会」のサイト https://tinyurl.com/kobeteisho
にも、井上貫道老師の神戸坐禅会の提唱の一部が文字に起こされています。

大切なことを分かりやすく提唱されている部分ですので、ぜひ、ご覧ください。



今生きている事実から目をそらさない

あれだけいろんなものを見てきたのに、今見えているものはこれだけだからね。

これだけで十分だからね、どこへ行っても。

そこへ行った時にそこへ行ったものがその通りに見えさえすれば、それで十分。


どんなものでも、実物というのはたったひとつなんですよ。

実物が二つも三つも同じようなものがあるんだったら、どれにしようかって必ずなるよね。

ひとつだから要らないこと。何もしなくていい。


私達絶対忘れてはならないのは、今こうやって生きているこの事実から目をそらさない、ということ。

管理人註:この事実というのは、頭や心に浮かぶ色々な思いを取り上げて何かすることではありません。


そこで生きているんだもん。そのうえで、いろんなことやるんでしょう。



頭が先行するのではなくて、事実に触れて生きる

事実に生きると、ゆとりが生まれる  やらなくていいことが沢山あることに気づく

ものにこうやって触れていると、そういう風な生き方をしていると、ゆとりがあるじゃんね。
だけど頭の方が先行していると、常に準備をしとかなきゃとか、それだけ余分なことしならがら生きているじゃん。

ものを本当に見切ったら、やらなくてもいいこと沢山あるわけでしょ。


武術の極意――人がいなくなる・何もしない

この前 武術家の人と会った時に、武術は二通りあるって言ってた。
ひとつは自分に力をつけてねじ伏せること。
もうひとつはよけること。
最終的なのは自分がいなくなることだって。

武術の極意は自分がいなくなること。
争わないんだね。

そこにいなきゃ、大丈夫なんだ。
人気を感じさせない。殺気がない。

人がいなくなる。

本当に強くなったら、やっぱり何もしないんだろうね。

強いんだか弱いんだか分からなくなるくらいになるのが、一番いいね。





――井上貫道老師17/3/23提唱から 【3/23提唱DVDからの抜粋】 
DVD製作者様による文字起こしになります
不明点、疑問、足らないところは、坐禅会への参禅をお願い致します  実践して何か体験を得た場合も正師への参禅が必須です


【重  要】
神戸楽の森「坐る会」のサイト https://tinyurl.com/kobeteisho
にも、井上貫道老師の神戸坐禅会の提唱の一部が文字に起こされています。

大切なことを分かりやすく提唱されている部分ですので、ぜひ、ご覧ください。





六感の働きで学ぶ・六感の働きでいればよい


純粋に耳の働きだけで学んで下さい。

耳には人の聞き方はないんですよ。

[どんな音でもその通りに聞こえる 人間の好き嫌いに関係なく聞こえる
 自分の見解に合致することでも聞こえるし、自分とは反対の意見の発言でもそのとおり聞こえる、
褒められようと非難されようと耳には内容に関係なく聞こえるetc]

知ってますか。


眼には人の見方はついてないのですよ。
[自分が見たいものでも見たくないものでもそういうことに関係なく眼に見えるetc.]


そういうことに用がある。


どこに目を向けて学ぶかってこと。


人間の考え方のうえの話をしているわけではない。



自分の聞き方というものが残っている上に継ぎ足していくのと、全部それを外しておいて本当に聞くのとでは、違うんですよ。


ものを学ぶのに、どうして自分の考え方を中心にするんでしょうか。

本当にものを学ぶんだったら、どんなに今まで学んだことがあったって、しばらくそれを使わなくたっていいじゃないですか。

なくなるわけじゃないから。


本当に空っぽで聞いて。





――井上貫道老師17/3/23提唱から 【3/23提唱DVDからの抜粋】 DVD製作者様による文字起こしになります
不明点、疑問、足らないところは、坐禅会への参禅をお願い致します  実践して何か体験を得た場合も正師への参禅が必須です

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